第13話
『――成程、そう言う事か』
「すみません。俺も罠にはまって、今は海洋のど真ん中です。もう全面戦争は避けられそうに――」
『いや――動いてくれたんだ。寧ろ感謝してるよ、ありがとう』
「宇宙さん……」
『こっちはこっちで何とかする。だから光一は、戻ることだけ考えてくれればいい――くれぐれも、無理はするな?』
旅客船ウンディーネ
慈愛のナワバリで開発された、最新鋭の旅客船である
故に警備システムは厳しく、無断侵入した光一達は――
『不法侵入! 不法侵入!』
警備システム、警備ロボに足止めを喰らっていた。
最新鋭の旅客船だけあり、警備システムは当然の様に最新式で――
「! こっちもか!?」
「やばいで、追撃が来る!」
光一と深紅は悉く行く手を阻まれていた。
――更に言えば、光一と深紅は無断で侵入してきており、攻撃は一切出来ない。
彼等が現在乗り込んでいる旅客船ウンディーネは、あくまで慈愛の物であり、憤怒の人間が無断侵入して壊した、と言う事実は正と負の軋轢になりかねないためである。
「――これじゃキリがあらへん」
「わかってるよ。でもヘタな事すれば、これからに響く」
「それはわかっとるけど――」
閉じた障壁はハッキングで。
警備ロボ、警備システムは傷つけないよう突破し――苦戦を強いられていた。
「――せやけど、これからどないすん?」
「ウェストロードを救出してから――船舶制御システムに干渉して、何とか陸に戻るしかないな。悪いが、制御の方頼めるか?」
「……物壊さずにって、難易高いなあ
――一方、憤怒のナワバリにて。
「――これから、どうなるんだろうな? 俺達」
炊き出しのカレーを食べつつ、錬がつぶやいた言葉。
修哉、和人、紫苑、愛奈の4人の顔に、不安を滲みださせた。
「――修哉、あの大罪の朝霧さんだっけ? あの人ってどれ位強いか知ってる?」
「いや、俺もあの人とは面識あるだけで、負の勇者って呼ばれてる事と契約者随一の剣の使い手って事、くらいしか知らないんだ。ただ――やっぱり、光一達とは別格らしいよ?」
「――あれ以上の強さって事になるわね。それだと」
「……考えてみたら、あの人と同格の人達が戦争起こすってだけでこの騒ぎになる位だから、異様に納得できるね」
結局、先行きが不安になる事しか考えられなかった。
なまじ、上級系譜の強さを片鱗とはいえ見ているだけに、実感も一際違う
「――何事もなく終わって欲しいな。せめて」
一方、旅客船ウンディーネの営倉階。
「…………」
「おい、大丈夫か!?」
その1つで、光一は縛られてもいないクリスティーナ・ウェストロードを発見。
駆け寄り声をかけるが、うつろな目でぼーっと虚空を眺めるだけで、反応がない。
「……よっぽど強い中毒性のある物使いやがったか――ん?」
ふと、クリスティーナの口元付近に、妙な光沢を発見した。
そっと指で、それをすくい上げ――
「この色に……! まさか、フレッシュEX!?」
指についた特徴的な光沢を放つ、黄色い粉末が少量
それを見た瞬間、光一の目は驚愕で見開かれた
フレッシュEX
性的欲求促進を促す興奮剤だが、過度の使用は自我崩壊に至る程の危険な薬品
しかし、開発コストが高いという欠点があり、麻薬としては高価な部類の為、中毒例は極めて少ない
「――ここまでやれて、尚且つ資金豊富と言うなら」
ゴゴッ!
「――おっ、やったか深紅。さて、こっからどう証明するか」
光一は、思案し始める
「…………あっ……」
「ん?」
「――なんだと!?」
「どういう事です!?」
――それが、杞憂である事を、まだ知らぬ間に。
「――言った通りさ。この戦いは、大地の賛美者により仕組まれた可能性があると、そう言っているんだ」
勇気の契約者、一条宇宙
慈愛の契約者、水鏡怜奈。
この両名が、いざぶつかると思われたその瞬間、割りこまれ中断していた。
――知識の契約者、天草昴により。
「フレッシュEXの製造、販売を行っている組織をこの前一網打尽に出来た事は、知ってるだろう? そこで押収したデータに、慈愛の提携企業から大量の購入記録があったのさ」
「!」
「勿論、一部の人間だよ。それらを調べてみたら、大地の賛美者と繋がりがあってね。これが証拠だ」
そう言って、紙の束を怜奈に向けて投げ渡す。
「――蓮華ちゃん」
「了解、すぐに一網打尽にして見せます」
「さて――宇宙君、物は相談なのだが」
「?」
「憤怒との同盟を破棄し、美徳側に戻りたまえ――今ならこの功績を使い、僕が北郷さんにとりなしてあげるよ」
「すまないが、断らせてもらう」
即断での拒否に、やれやれと昴はため息をつく
その様子は、呆れと同情が混じったような、複雑な物だった。
「――まだ怒っているのかい?」
「当たり前だ! ――俺は、あんな事の為に美徳の一角になった訳じゃない!」
「負の契約者はそれ以上の事を、子供の癇癪よりひどい理由で行っているんだが?」
「それとこれとは違う! 何もやっていない奴を、家族ごと殺すなんて――」
「無駄な犠牲ではないさ。少なくとも、負の契約者の犯罪は減った事に貢献できた以上、躾の一環に――」
「そう言う問題じゃない! このまま殺して殺されを続けたその先に、一体何がある? 俺達が第三次世界大戦を止めた意味を、否定する物じゃないのか!?」
「今友好を掲げた所で無駄――と、今言った所で無駄か。では、僕はこれで」
踵を返し、昴はその場を後にした。
「……」
「宇宙兄?」
「――おわらんさ。まだ、やれる事はあるんだ」
ヴィーっ! ヴィーっ!
「もしもし?」
『あっ、宇宙はんですか? わっち、久遠光一さんの補佐やっとる者ですけど』
「どうした? まさか、あいつ等の身に何か――」
『一応、あったと言えば、あった……事になるんかな?』
「?」
「――大丈夫か、光一?」
「えっ、ええ――心配、掛けました……」
「そう言えば昴さん、フレッシュEXの大量購入がどうとかって――まさか、ウェストロードさんを中毒に陥らせて、口封じする為だったなんて」
「――で、どうする? 早く医者に見せないと!」
「――ちょっと、携帯取らせて。腕ききに頼むから」




