第110話
“進化を齎す眼”
その眼は自身と同格である、最強格たちの長所、戦闘スタイルの本質を見抜き、自身の物に出来る観察眼、洞察眼としての機能を有し、更に相手の技をも無力化出来る。
「……」
ひばりは実感していた。
自身の五感は優れていると言う自信はあったが、それでも“進化を齎す眼”と同じ事を、仮に持ったとしても決してできない事を。
“人は善にも悪にもなれん、なれるのは自分だけ”
「……だったら!」
ひばりは五感を研ぎ澄ませ、白夜に意識を集中させる。
そのひばりと“同調”により、意識を共有させたユウが……
「ああ、そうだな」
ひばりの頭にポンと手を乗せる。
「まだやる気か?」
「やめるって言った覚えはねえな」
「……方向性のない希望等、害悪以外の何物でもないぞ?」
「だから探すんだろうが。善にも悪にもなれない――なら、なりたい自分になるしかないんだ。無理やり周りを変えるんじゃなく、自分も変わってこそ成長だろ」
その答えに対し、白夜はふんっと鼻で笑う。
「ぬかせ」
ぐっと拳を握りしめ、白夜は駆け距離を詰め拳を突き出し――。
ユウはそれを回避する。
「……ほうっ」
ひばりが出した答え――それは、相手の雰囲気からどの攻撃が来るかを予測する事。
ひばりとて、他の大罪や美徳と面識がない訳ではないし、戦った事もない訳ではない。
ただ白夜の再現が、オリジナルを自然に連想させる程に完成度が高いなら……
その感覚を、同調によってユウに送り、対処する事は出来る。
「……よし、行ける」
「……」
それに対して、白夜は相も変わらず表情を変えず、ユウの突き出した剣を受け流し――。
ドシイっ!
「……ほうっ」
水鏡怜奈の舞う様な受け流しからの、回し蹴り。
それをユウは、身体を捻って突き出していない、もう片方の腕でガードし、刀を横なぎに振るう。
ツッ……!
「……」
回避した者の、白夜の頬に1筋の切り傷が刻まれ、少量の血が流れ……。
「……!」
「ん? ……!」
ひばりとユウは、白夜の眼が異様な程に充血している事に気付き――。
その次に、白夜の右目から赤い涙……と言うより、鮮血が流れ始める。
「……ちっ」
「どうやらお前のその眼、本気で使うには使用制限があるらしいな――絵的に気味悪いが、まさかお前の涙なんてレアなもん見れるなんて、思わなかったぜ」
ユウの知っている限りでも、白夜が表情を変えた事等数える程度しか見た事がない。
特に涙を流す所等、恐らく誰1人として見た事はないだろう事は、容易に想像がついた。
「見せものではないぞ。それに――それでも足りない。正義はこれから、より強力になる」
「……椎名九十九に何かあったのか?」
椎名九十九。
首相の提案に激怒し、全面戦争を促そうとしてユウに捕えられ、今は傲慢のナワバリに存在する契約者専用刑務所兼懲罰房“ヘルオンアース”
生き地獄の名を冠している通り、ここに入った者はブレイカーを見るだけで恐れ慄くようになり、獄内の事は誰一人として語る事も恐怖する程。
「――その椎名九十九だが、ヘルオンアースでの日々は思わぬ力を与えた様でな。今やヘタな上級系譜では相手にならん程、意思の力が強力になっている」
「なんだと……?」
「正直、私も予想外だった。まさかヘルオンアースの懲罰を耐え抜く者が現れる等、まだまだ正義が内包する狂気を甘く見ていた」
そう言い放つ白夜は、とても驚いている様には見えないどころか、今の状況を楽しんでいる様に、ユウには見えていた。
「――まさか、解放する気かよ?」
「首相との期日も迫っているのでな。少なくとも、正義の強硬思想はより激化することは明白――そして」
「慈愛に友情さえも、攻撃対象と見る……だろ」
椎名九十九と対峙した経験上、その可能性は考えられるものだった。
少なくとも、彼は正義に反する者の存在を許さない――そしてそれは、正義の方針に対して、批判的な者にさえも向けられるだろう事は、予想は出来た。
認めない、ではなく許さない。
欲望も情も……その存在自体を許さない。
我儘でもなく偏見でもない――あの眼は間違いなく、北郷正輝の掲げる正義以外の意思の存在を、決して許さない。
「――そんなのおかしい! 慈愛に友情が敵なんて」
「人等信じなくていい――そう言う事だろ。なんせ、欲望を斬り捨てようなんて考えの奴らだ。人なんて信じてやしない、信じているのは北郷の正義だけ……それに」
――そうでなければ、ここまでの事を平然と出来る訳がないしな。
「それがわかっててかよ?」
「肉が食える分際で、迷える子羊気分の甘え腐った野良犬が、前だの成長だのと、守れもせん言いわけを重ねるから、ボロが出るのだとでも言わせて貰う……さて、そろそろ潮時か」
白夜が拳をふるい、空間をたたき割り--。
「最後は、この一撃で決める」
その裂け目から取り出したのは、先ほどの大剣……それとは違う、一回り大きく、まがまがしい形状を取る一本の大剣。
それを--
荒川公人の“超重隕石”の要領で、思い切り体ごと回し始めた。
「--ユウさん」
「……行くぞ」
「はい」
ユウは、“焔群”を鞘におさめ、居合の構えをとる。
「「--この一撃に、すべてを懸ける」」




