第108話
「――善である事に固執する事程、愚かな事はない」
そこまで話した所で、白夜はそう締めくくる。
「……そう締めるのかよ?」
「サイボーグ義肢を売った者だけの所為なのか? ――元凶が全て悪いから、便乗した者は関係ないとでも? 素晴らしい話だな、善である事はペテン師か詐欺師か……」
「……善はそんな物だと言いたいんですか?」
「善がではなく、善であろうとする事がだ。善である事と、善であろうとする事は違えば、善とはなろうとした時点で善ではない――それは、人にとっての善は、欲望を持たない者の事だからだ」
誰かの為に、我儘を言わない、誰もに慕われる行動を取る……そこに欲望も自我もない
「そりゃ確かに素敵な話だ――けどな、そんなのが人間だなんて言えるのかよ?」
「それを望んでいるのが、その人間だろう? 契約者さえいなければ、東城太助さえいなければ、北郷正輝さえいなければ――そして、勝手な人間さえいなければだ」
「――違う」
――東城太助との会合を思い出した。
彼が一体、どれだけの思いで北郷正輝の正義に賛同したか。
一体どれだけの願いを込めて、サイボーグ義肢開発に取り組んでいたか。
自分の前に、自分の努力の成果が歪んだ形となって姿を現した時、どれだけの苦痛があったか。
ひばりにはわからないが、それでも――
「そんなので誰かが笑っていられる訳がないでしょう!? ――平和って言うのは、もっと尊い物で、誰もが穏やかに笑っていられる物じゃないんですか!?」
握手した時の手も、彼の身体に刻まれた傷跡も、今でも覚えている。
正しいか間違っているか、善なのか悪なのか等、自分たちと彼らでは全く違って――。
彼等にとってはそれが正しくて、自分にとってはこれが正しくて――わかり合えない結果になって終わった。
それでも、わかり合えない訳じゃなかった。
「――間違いなんて正せばいい。正せないなら、考えなきゃいけない。考えてもわからないなら、誰かに頼ってでも答えを見つける。そうしなきゃ、何も変わらない」
「古今東西、変化は忌み嫌われる――それに、言った筈だ。そう言う事は」
「俺が立って、ひばり達の導になってやるさ。その為のボスだ」
――そう言い放ったユウを見据え、白夜は眼を閉じ、頷いた。
「私は北郷正輝に――そして一条宇宙にも、朝霧裕樹、お前にも敵である事を望む」
「……?」
そう言い放つと、白夜はくわっと目を見開いた。
「――人と言うのは、突き詰めていけばあらゆる可能性を内包している。力、速さ、技術……そして五感、呼吸等、誰もが普通に持っている物もまた同じ」
白夜は踏み込み、一条宇宙の身のこなしでダッシュ。
一気にユウと距離を詰め、ユウは踏み込み――。
タンっ!
「――!?」
「だが当然、それらは条件が伴ってこそ成り立つ物――条件を崩してやれば、この通り簡単に瓦解する」
白夜が切り返した途端、ユウはバランスを崩し、その場に尻もちをついた。
「私の眼は、お前達の動きすらも正確に捉える――それこそ、筋肉の伸縮から重心の位置。人体の稼働、力の向きもな。それが最強格の技術の再現から、動きで重心を崩す事をも可能にする」
ユウを見下ろしながら、白夜は淡々とそう告げる。
「大罪、そして美徳――私ですら届かない物を持っているお前達は、経緯に値する……しかしそれでも、最強はこの私だ」
そう言い放ち、白夜は数歩下がり立つのを待つように腕を組む。
「……随分と余裕じゃねえか」
「傲慢とは、どうにもならない現実の前に簡単に崩れる物……しかし私の傲慢は、どんな強者だろうと現実だろうと、決して揺るがす事は出来ない。故に傲慢こそが、限られた者にのみ持つ事が出来る、最強の欲望――お前達が意思を示すならば、私はそれを示そう」
「ご丁寧にどうも……なら、相応の物を示してやろうじゃねえか!」
ひばりはユウの背中により強くしがみつき、白夜を見据える。
「――全てを懸けて、五感を研ぎ澄ませる……あたしに出来る事を成す為に」
「さあ来い、我が敵よ」




