第98話
“幻想舞踏”の新バリエーション
“神の左手、悪魔の右手”
それを習得する、少し前の話。
「――あたし、もっと“催眠能力”についておさらいしてみるよ」
「僕もちょっと新技のヒントと、背負うべきリスクが見えてきたから、それを試してみようと思う」
「そっか――タカ、あたしは宇宙兄もタカも信じてる。だからこの気持ちを嘘にしない為にも、もうあんな無様は晒さない……絶対に!」
「うん――もう一度立とう。まずは宇宙さんの顔に泥を塗らないように……そして、宇宙さんの願う未来を守れるようになるために」
それを習得する際に、2人にはある思いと葛藤があった。
まずは勇気の系譜“活気”の契約者、夏目綾香
彼女に起因しているのは、正義の上級系譜“一徹”の契約者、椎名九十九に手も足も出せなかった事。
「……くそっ!」
――他の相手ならばここまではなかっただろうが、九十九だけは違った。
“人など放っておいても勝手に生まれる”
それを躊躇も容赦もなく実行し、味方だろうと一般人だろうと犠牲を意にも介さない九十九と、人一倍人情に厚い綾香とでは考え方は正反対。
彼女の脳裏に浮かぶのは、北郷正輝と一条宇宙が対立し、決闘に発展する1年前。
「ほい、到着!」
「あそこか……すみません、吉田鷹久です。現場責任者の方は……」
綾香と鷹久が“思念”をマスターし、上級系譜になってからの初任務。
綾香は意気揚々と“瞬間移動”で現場に到着し――テロリスト“大地の賛美者”が立て籠る小学校の校舎、そして人質が集められている体育館を見据える。
「あれかあ……ったく、子供を人質にする何て」
「それより綾香、作戦立てるよ」
「そうだな。えーっと……」
「人質は800人――生徒の子供から教師や職員の大人までが、全員あの体育館に集められてるって話だよ」
「――流石に厄介だな。あたしでも2、300人なら……」
「その辺りも踏まえて、だろうね。それじゃ僕がある程度気を引くおとりになるから、その間に……」
「わかった。上級系譜が直接出れば、流石に……」
「――“破滅の暴風雨”」
鷹久と綾香が、体育館を見据えてふと聞こえた声――そして。
「えっ……!?」
「なっ……!?」
見据えていた体育館、小学校の校舎が爆撃され、炎上する光景。
“800人近くの人質がいた”
――その事実が綾香と鷹久の意識を凍りつかせ、呼吸は荒くなり、身体中から嫌な汗がどっと噴き出してくる事だけが、感覚として残る。
「うっ……うわああああああああああああっ!!」
「隆……? ――そんな! 隆! 隆―っ!!」
「なっ、なんだ!? どうした!!?」
「それが、正義の上級系譜の方が――!」
――その周囲に展開されていた警察の機動隊や、生徒たちの親御達の悲鳴。
「――何をチンタラやっている? 勇気の上級系譜」
ふとかけられた声で2人は我に帰り、振り返る。
「――おい。これ、お前がやったのか?」
「そうだ。悪はこの通り、正義の上級系譜“一徹”の契約者、椎名九十九が成敗した」
「悪って……ちょっと待て。あそこには人質が――」
「うわあああああああああああっ!」
綾香が詰め寄ろうとした所で、周囲の動揺していたヤジ馬――生徒の親御と思われる1人が、泣いて激怒しながら九十九に突っかかって来た。
「貴方の……貴方の所為で!! 返して!! 私の息子を返してよおっ!!
1人の親御が詰め寄ったのを機に、周囲も堰が決壊したかのように九十九に押しかけようとして――
カチャッ!
「え?」
「バカが。子供等また産めばいいだろう」
詰め寄る親御に向け、九十九は謝罪の言葉でなく、額に銃口を突きつけ――
ドンっ!
躊躇いもなく引き金を引いた。
「――大丈夫ですか?」
「え? ……えっ、ええ。ありがとう、ございます」
「早く逃げて。あいつ、とても正気の沙汰とは思えない」
――その瞬間、綾香が瞬間移動でその親御をかっさらったおかげで、銃弾は当たる事はなかった。
しかしその異常な行動に、詰め寄ろうとした周囲の親御は怒りを忘れ、我先にと逃げ出してしまい、綾香が庇ったその親御が逃げ出すと同時に、綾香と鷹久は構えた。
「どけ――正義と勇気が敵対する意味、わからん訳ではあるまい?」
「どけねえよ。そりゃ、正義のやる事が秩序支えてんのは事実だから、無理やりだろうと仕方ないって思うしかねーけど……」
「――貴方はこれまで見た正義の兵の中でも、明らかに突出した異常さを持ってる。流石に野放しにする訳にはいかない」
「人など放っておいても勝手に生まれる――そんな事もわからんか」
――この時点では、秩序の要は勇気と正義の二本柱で成り立っている。
ここで正義と敵対すれば、秩序は瓦解し乱世へと移行してしまうかもしれない――が、綾香と鷹久としては、退く事は出来なかった。
ちっと舌打ちをし、九十九は――
「何やってんだよ九十九!!」
攻撃姿勢を取ろうとして、止められた
「――太助に、冬野か」
「正輝様から言われてたろ? 勇気との諍いは厳禁だって!」
「しかし……!」
「これは北郷正輝の名においての命令――逆らうのかい?」
「…………ちっ!」
舌打ちをして、九十九は下がった、
やれやれとため息をつき、太助は次に綾香と鷹久に顔を向ける。
「気に入らない。そう思うのも無理もないかもしれないけど、僕達正義と君等勇気のいざこざは、世に多大な影響を与える――言いたい事はわかるね?」
「綾香、退いた以上ここは……」
「――わかったよ。けど、そいつがやった事まで許せねえ!」
「許せない――それは本当に、僕達のやり方を許せないになるのか……本当に、命を蔑ろにした事を怒っているになるのかな?」
「――!」
太助の言葉に、綾香は一瞬揺さぶられ――動揺した。
「命を蔑ろにする、やり方を許せない――そんな物に意味などない」
「――九十九」
「命など、気に入らないで簡単に価値を失う。意思など、迷惑と言う言葉で簡単に無意味になる――理想が何だ、尊い物がどうだと言った所で、所詮は価値観が変われば簡単に意味を失う……絶対の基盤、それは正しさだ! 正しさこそが正義!! そして余計な物を切り捨て正しき物しか存在しない世界――正しき世界こそが、人の最善の未来だ!!」
瞳孔が開いた瞳で、狂喜するかのように九十九は叫ぶ
「情も欲望も理想も、全てが正しさの前ではただのゴミだ!! ゴミはゴミらしく処分されていれば良い。正しく生きれん者に、この世界を生きる資格等ない!! 正しくない者等、すべて正義の鉄槌で殺しつくしてやる!!」
「――マジでイカレてやがる」
「何を基準にイカレてるって認識してるのさ? ――ま、どうでもいいか」
――どうせ、絶望も知らないお嬢ちゃまだろうしね。
「――確かにあたしは、絶望なんて知ってやしねえさ。東城博士がサイボーグ義肢を悪用され一体何を思ったのかも、九十九があんなイカレちまったのかも、あたしにはわからないし、九十九に手も足も出せなかった以上、今のあたしにそれ以上何て望める訳がない」
だからこそ、綾香はこう望む。
「――見てろよ、椎名九十九。命も意思も理想も、余計な物じゃなければ正しさと両立できない物でもないって、わからせてやるからな!」
「――やっぱり、あの時の事をか……でも、この様子なら綾香は大丈夫そうだね。さて、僕も思いだして、色々と考えよう――東城先生と話した事を」




