第96話
“思念”
下級系譜と上級系譜を分ける要因ともいえる技能であり、上級系譜以上は全員がこの技能を体得している。
その用途は様々存在し、“誠実”の契約者、御影凪が得意とする思念獣もまた、この技能の1つとして数えられている。
そして――
「――何なんだよ、無理やり頭に……?」
「――超感覚の思念。精神感応とは異なり、気配、力の大きさ、抱く感情を生物の形としてとらえる能力。これにより相手の動きの先読み、力の大きさに相手の敵意の程、ぶつかり合いの強弱を正確に探知できる……最も、この思念は扱いが難しく消耗も激しい為、意識的なオンオフの切り替えが必要となる」
「よりにもよって……大罪でも最強格のぶつかり合いなんて、頭がパンクしなかったのが不思議な位だよ」
「――どうせ北郷のなりそこないが精一杯だ。その方がまだよかったかも知れんな」
「そんな――修哉をそうした原因をつくっておきながら、何を勝手な!!」
頭を抑え、うずくまる修哉を
「――他人が意志を持つ事が気に入らんなら、北郷の正義を支持する事だな」
視線を向けただけで、和人は言葉を発するどころか呼吸すらも出来ない程、すくみあがる。
視線が外されたと同時に、全身から汗が噴き出て洗い呼吸をしながら脱力。
そして白夜は、一歩踏み出し――
「――イメージしろ」
「――?」
「まずは頭に流れ込んでくる情報……そして、その流れを少しずつ緩やかにしていくイメージだ。急に遮断するイメージはするな」
「うっ……くっ、うぅっ……」
「感覚的には、ゆっくり深呼吸するように」
「はぁっ……はぁっ……すぅーーーっ……はぁーーーっ……」
「流れが落ち着いた後に、遮断するイメージ」
――言う事を聞くのは癪
と言う考えすら、湧き出てはこなかった。
ただ、急な頭痛――それも、頭の中に膨大な何かを流しこまれ、それが頭に刻み込まれるような激痛と不快感。
その前では、白夜の言葉に従うと言う屈辱など、頭いは浮かばなかった。
「――理解したか? お前は生きているのではなく、生かされていると言う事を」
「――!」
「覚えておけ。その程度の性根では、お前に出来るのは泣きわめく事だけだ。その超感覚の思念を使いこなした所で、この言葉を覆す事も私の記憶に残る事も――系譜に至る事もない……出来るのは北郷のなりそこないになる事のみ――屈辱に嘆き続けろ、“どこかの誰か”」
それだけを言って、白夜は修哉達から完全に意識を離し、ユウに意識を向ける。
「――貴方にとって」
「ん?」
「――貴方にとって、正義のやり方は正当な物――なんですか?」
「正当でなければ、私と北郷が戦った後に乱れた世は何だと言う?」
「……貴方は!」
「――それを無視出来るなら、北郷への否定は逆に肯定にしかならん」
他人が意思を持ってはならない――それが優先事項である証明だからだ。
「大神……!」
「変えられるのか? ――第三次世界大戦を終わらせた事を無意味にしたこの世界を」
「意味を取り戻す為の戦い――俺は元々そのつもりだ」
「――あたしも同じ意見です」
ユウに触発されたか、言われたままではいられないのか
ひばりもユウに背負われつつ、白夜の目を見据えてそう告げた。
「同じ意見である事はいいが――わかっているのか“悲愴”? お前が力を持つ意味を」
「あたしの力は悲しみから生まれた物……あたしが力を持てば持つほど、世は悲しみで満ちている証明になる――わかってます、それ位」
「――自身のジレンマを理解し、それでも戦う……か。覚悟ならば、北郷や一条にも負けない様だな」
「あたしは1人じゃないからです。1人なら、貴方にこんな覚悟は示せなかった――あたしが信じる力は、結束の力です。どんなに忌み嫌われる物だろうと、あたしはこの力を信じます」
――白夜はじっと、ひばりの瞳を見据える。
そして納得する様に頷き――
「ならば、さっさと移動するか。そいつも連れてこい」
「――ひばり」
「大丈夫です――あっ、あの! 修哉君たちの事、お願いします!」
そう言って、白夜達はその場を去り――
「さ、こちらへ。申し訳ありませんが、事情が事情故しばらくは軟禁させていただきます」
「もしもし、至急保護管理施設の用意を――いえ、久遠さん達の大事な友人との事ですから、出来れば来賓用の対応を」
「ええ、護送用意を――それと、辺りが派手に吹き飛んだので至急復興準備と、この区域の住民にお知らせをして、しばらくは……」
「「「「…………」」」」
4人はひばり達の部下の契約者があれこれと連絡をかわし、護送準備が整うまでただ茫然としていた。
悔しさも悲しさも湧きあがらず――あるのは、傲慢に対する絶対的な敗北感。
――正義の対。
その事実がさらに、重くのしかかる中で。
――一方その頃
「――斬られた?」
新田一馬 VS 夏目綾香
腕に刻まれた刀傷。
それを見て、まずは綾香の能力“幻想舞踏について、冷静に分析し始めた。
「――奴の力は、“瞬間移動”と“催眠能力”の組み合わせ。ならば落ちつけ、これは恐らく“催眠能力”の幻覚だ」
痛覚催眠、そして傷があると言う幻覚催眠。
それを組み合わせ、傷があると錯覚させている――そう判断し、一馬は目を閉じる。
「――小手調べか、まだ深い傷は刻めない、か……どちらにせよ、やる事は同じだ」
まず、分身たちのモーション、ステップ等、視覚的な物を遮断。
次に耳をふさぎ、ステップ音、口笛、手拍子などの、聴覚的な物を遮断。
来たのは、肩に何か金属的な物が触れる感触。
痛みが走ると同時に、一馬は腕を振るい綾香を薙ぎ払う。
「……?」
――と思われたその瞬間。
甘いにおいをかぎ取ったその瞬間、頭痛とめまいが一馬を襲い、バランスを崩してその場に倒れ込んだ。
「香水だと? ……“色欲”の真似事か!?」
「こういうのは、得意な奴の模倣が一番だからな――ただ、やっぱあたしに香水なんてあわねーや」
「――ちぃっ!」
舌打ちをして、一馬は水の入ったペットボトルを取り出す。
それを自身の手にかけ――その全てを取り込み、融合させていく。
ダイヤモンドの光沢を放つ身体が、じゃぽっと波をうち――ゆらりと輪郭がゆらいだ。
「液体と融合って――マジかよ!?」
「同じ一能突出型だ。ただ1つの用途に頼るだけだと思ったか!?」
「――嘘だろおい」




