短編 嫌いであること
――僕が何かをするのは、北郷正輝様の……正義の英雄が指し示す世界の為だけ
僕の生きる理由なんてそれだけでいいし、静かに暮らせる日々さえあればそれでいい。
負の契約者や一般人たちの様に、利益や見返りなんて余計な物なんていらない。
医者として成すべき事を成し、純粋に医療の発展に従事する――人なんて本当はそれだけでいい。
――無欲で何が悪い?
欲望に本質を埋もらせ、ただひたすらに見境なく食い荒らし、矛盾を突きつけるしか出来ない者達が、何をもって否定する?
自分以外の人間は迷惑な欲望なんて持たず、ただ正しく生きていればそれでいい――そんな自分勝手な平和の実現を僕達に押しつけておきながら、その願いが齎した結果で何故悪者にする?
自分が願った事すら認めず、都合がいい物だけを抽出し、悪い物は全てを他人に擦り付けのうのうと生きようとする――所詮人はどこまで行こうと、自分勝手なだけ
――僕は、欲望が大嫌いだ。
コンっ! コンっ!
「? どうぞ」
正義の医療連の病室。
以前ひばり達との接触の際負った負傷で大事を取り、今はベッドで医療の勉強をしながら療養中の“正義の鉄槌鍛冶”、東城太助。
「東城先生」
太助は基本的に、医者であり技術者でもある――といっても本職はあくまで医者で、技術者は副職の様な物。
その所為か、東城先生――あるいは東城博士と、2通りの呼び方をされる。
「ああ、冬野隊長代理。お見舞いに来て下さったのですか?」
「――今はプライベートです。そんな言葉づかい、おやめ下さい」
“正義”戦闘部隊長代理、冬野智香。
――彼女は大地の賛美者のテロに巻き込まれ、両親を殺された。
それを太助が見つけ、救った事から正義の傘下に入った経緯を持つ。
その所為か、はたまた幾度となく負傷の手当てを受け持った事もあってか、彼女にとって太助は親であり兄であり――
「――遠くなってしまったように思えますから」
――1人の男性であった。
「ははっ――いつまで経っても甘えん坊だね、智香は。普段はクールな女性闘士ってイメージなのに、僕の前では別人だよ」
「……」
「――だけど、君ももう戦闘部隊長なんだ。甘えん坊は卒業しないと、他に示しがつかないよ?」
と言いつつ、太助は智香の頭に手を乗せ、優しく撫でる。
――智香も目を細め、心地よさそうにその撫で心地に身をゆだねた。
「まだ代理ですし、責任はしっかりと果たしてるつもりです」
「そう――じゃあもうこれはやめようか」
「……」
「はいはい、そんな悲しそうな顔しない――別にもういらないなんて言ってないだろ?」
「――そんな事言われたら、私はどうしていいかわかりません」
「――僕が世話したの、失敗だったかな? ……ごめん。依存症がうつっちゃったね」
苦笑して、太助は読んでいた医療書を閉じる。
「――正輝様も、こんな気持ちだったのかな? ――本当はもっと、楽しい事や嬉しい事を提示したかったのにって思うよ」
「――いえ、後悔はありません。私は……貴方を勝手な理由で傷つけ、貴方の未来に光明を見いだせる功績を踏み躙った挙句悪用し、恥も知らず限界を晒し続けている者たちが許せないだけです」
「――その気持ちがわかるだけに、否定しづらいなあ……ああ、そうか。そう言う事か」
――正輝が本当に願っていた事。
それを実感として――人を介して、理解した
――ただ
「――それでも僕は、欲望が大嫌いだ」
――嫌いである事は、枷となりジレンマともなり、呪いともなる。
時には苦痛を強いる程――大切な存在の願いすらも否定する形にする。
ただ、太助にとっては苦痛もまた救いにはなった。
――正輝の幼馴染であることを理由に、当時10かそこらの自分から全てを奪い、傷を刻んだ大の大人達が抱いた“嫌い”に比べれば。
「来島アキ……君の答えは、どんなジレンマの上に成り立っているか――いや、やめよう」
「……」
「ん? どうかしたかな?」
「いえ――なんでもありません」




