ヒモパン刑事
ウー!ウー!ウー!
○月×日、神奈川県緑警察署管内某所にて事件発生!
「道端で人が倒れている」
との通報を受け、
緑署刑事課の捜査員らは直ちに現場へと急行。
通報から十数分後、
署員達が現場へと到着すると、
倒れていたのは30~40代とおぼしき中年の男性。
閑静な住宅街の、普段から余り人通りの少ない平坦な街路で、
男はその道端、空き地の脇のガードパイプの側に、
ピッタリと寄り添うように、うつ伏せに倒れ込んでいた。
そこに塾帰りの女学生が自転車で通り掛かり、
驚いて110番通報をしたのだった。
時刻は夜の9時30分頃。
女学生からの通報に、
現場へは直ちに救急車のほうも手配したが、
彼ら救急隊員、および緑署の署員達が現場へと駆け付けたその時にはもう、
既に男性は亡くなってしまっていた。
しかもその亡くなった中年男性の、
倒れていた時の格好というのが異常だった。
「これは・・・」
「またか」
神奈川県警捜査一係巡査の青木と、同じく同署係長の三上は、
共に険しい表情で互いの顔を見合わせた。
男性は、上半身はきちんと上着を着ていたのだが
下半身のほうは下着一枚の丸出しで、
しかもその下着というのが・・・、
紐パンだった。
三上と青木の二人はその余りの光景に絶句し、息を飲んだ。
「・・・・・」
しかもであった。
その下半身丸出しのヒモパン男性の死体は今回だけではなく、
何と既に同様のヒモパン男性の変死体事件が、
今年に入ってから他に十数件以上も発生していたのだ。
「畜生、何だってんだ一体・・・」
普通では到底考えられぬ不可解事件の頻発に、
三上は頭を抱え込んだ。
「係長・・・」
平署員の青木もまた、三上と同様の不気味さを身に感じつつ、
隣から苦悩する青木のほうへと顔を向けた。
「くそ・・・ッ!何でだ?
何でどいつもこいつも皆、“ヒモパン”なんだッ!」
「えッ?い、いやそれは・・・」
係長の青木はこれまでこの謎のヒモパン事件を、
捜査の担当主任として調べてきていたのだが、
しかし未だ一向に手掛かりすら掴めず、苛立ちを募らせていた。
「ええッ!?な・ん・で、どいつもこいつも皆、ヒモパンなんだあッ!」
「ぐええッ!し、知りませんよそんな事・・・!く、首を絞めないでください!」
「チッ・・・!」
「フ、フゥ・・・」
青木から手を離すと、
三上はまた、膝を曲げてしゃがみ込み、ヒモパン姿の死体と向き合った。
「全く厄介な事件だぜ・・・」
「た、確かに・・・」
自殺なのか?他殺なのか?
それさえもハッキリとはわからなかった。
これまで類例の事件で、司法解剖の結果、死因はそれぞれバラバラで、
心臓発作、脳卒中、餓死、凍死、熱中症etc・・・と、
一見、自然死ばかりで顕著な他殺の痕跡は見付からなかったのだが、
しかし内容がとにかく普通ではない。
「しかも今回の、このやっこさんは特に異常だ」
「え?な、何がです・・・?」
「良く見てみろ」
と、三上は遺体に掛けられていたシートを下半身の方からバサッ!とめくって、
青木に広げて見せた。
「見ろ」
「ええ」
「このオッサン」
「はい」
「ヒモパンの紐が・・・」
「はい」
「ほどけてやがるぜ」
「・・・・・」
遺体の男性はうつ伏せに倒れていたのだが、
左側片方のヒモパンの紐がほどけ、
ケツの割れ目が露に、剥き出しになってしまっていた。
「全く何て卑猥な・・・」
「てか赤ッ恥でしょ」
「これがまだ青臭いガキなら、チ○コ、フルボッキのレベルだぜ」
「ええッ・・・!?」
「フゥ・・・」
三上はこれ以上はもう、堪らないといった感じに再びシートを被せた。
「ヒモパン着用の変質者・・・」
これまでヒモパン変死体男性の素性は大体皆30代~50代くらいまでの
中年男性達ばかりで、
しかも彼らは軒並み皆、医者、弁護士、教師、エンジニア、IT企業経営者、
あるいは政治家、高級官僚など、
誰もが非常に高学歴・高収入の身分の高い人達ばかりだった。
「それにしても全く何でこんなインテリな人達ばかりが」
未だ若く捜査経験も人生経験も浅い青木には、とても理解しがたいことだった。
「地位も名声も、全てが備わっているにも関わらず・・・」
「うむ、しかしこうした性癖の世界というのは、
むしろそういうタイプのほうが、転びやすい世界なのかも知れんな」
「ははあ・・・・・」
「女装趣味、下着愛好者。とにかくその辺りの線を
徹底的に洗ってみるしかないな」
「ははッ!」
三上と青木は主にインターネットを通じ、
そういった各種、変態趣味のコミュニティーを探し、
情報収集に忙しく駆け回った。
が・・・、
そんな矢先の事。
「係長ッ!大変ですッ!」
と、
青木が血相を変えて署内へと駆け込んできた。
何と、
また新たなヒモパン変死体が発見されてしまったのだった。
しかも今度は今までと違って20代の若い男性の死体だった。
「20代だと・・・?」
「はい。それに今度の遺体は若いだけなく、
学歴も高卒のコンビニアルバイト店員でした」
これまでの傾向とはまた違う、別の世代の被害者の出現により、
三上らこの事件を追っていた捜査本部では、
彼らが今まで絞り込んでいた犯人像のプロファイルもボヤける結果と
なってしまった。
「くそッ!何て事だ・・・」
結局これでまた捜査は一から振り出しへと戻されてしまった。
「チィ・・・ッ!」
頭の髪の毛を掻き毟って身悶える捜査主任の三上。
人間には決して足を踏み入れてはならない、
心の闇の世界が存在している。
知らなければそれで何事もなく、
一生を平穏に終えることができるが、
しかし一度、その暗黒世界の深淵へと身を浸してしまえば、
もう後はズルズルとその奥深くまで、
無力に引きずり込まれていってしまうほかない。
が、
その一方で三上は警察官として、
そういった闇の世界を闇のままにはせず、
光をあて、表の世界へと明らかにすべき役割も負っていた。
できることなら、
見ないでも何も見ぬまま放っておけるのなら、
ずっとそのままにしておきたかった。
が、
しかし・・・。
「くそォ・・・ッ!」
ガンッ!ガンッ!ガン・・・ッ!
三上は狂ったように、何度も激しく自分の頭をデスクの上へと打ちつけた。
「か、係長・・・ッ!」
慌てて部下の青木が止めに入る。
「係長ッ!一体どうしたというんですか!止めてください!」
「ええーい!放せッ!」
ガンッ!ガンッ!
ガンッ!ガン・・・ッ!
青木の制止も振り切って、三上はその後も何度も自分の頭を
デスクに打ち続けた。
課内は騒然となって、部屋の職員総出で三上を取り押さえ、
三上はそのまま彼らの手で救急病院へと搬送をされた。
「係長・・・。係長は一体・・・・・」
三上は病院で手当を受けた後、1日検査入院しただけで、
直ぐに退院となった。
が、
当分の間は職場には復帰させず、緑署の署長の判断で、
自宅静養という処分にされた。
家へと戻った三上は、暫くは妻の介護を受けながら、
部屋のベッドの上から窓の外の景色をただジッと眺めるといった、
ゆったりとした穏やかな日々を過ごして暮らした。
が、やがて少しずつ、表へ一人で散歩にも出かけるようになった。
初めの内は妻が心配して付き添いで一緒に外へと出ていたが、
それも直ぐになくなった。
その代わり妻は三上に買い物の紙を渡し、用事を頼んだ。
すると三上はちゃんと、
その用事をこなして何事もなく、家へと帰ってきた。
三上の復帰は近いと思われた。
と、
そんな矢先の、
ある夕暮れの日の出来事だった・・・。
真っ赤な夕焼けの日の差す、河川敷の草むらの上、
一人、その場に立ち尽くす一人の男の姿があった。
「・・・・・」
三上だった。
三上は自分が追っていた謎の連続怪死事件の、
最後の変死体が見つかった発見現場にまでやってくると、
そこからまた物思いにふけるように、
遺体のうずくまっていた場所の跡をジッと見つめ続けていた。
と、
そこへ・・・、
「三上」
「あッ、これは小林さん・・・」
と、
そこに現れたのは緑署捜査一係課長の小林。
小林は三上の直接の上司で、三上の若い頃から先輩として
二人は非常に親密な関係だった。
しかし現場へとやってきた課長の小林は、
別に三上に対して何を言うでもなく、
そのまま三上と共に、
しばらくの間、ただ無言の内に事件現場の跡を眺め合っていた。
「・・・・・」
が、
するとやがて、
小林のほうが先に、三上へと向かって切り出すように、
ひどく優しげな表情で語り掛け始めた。
「どうだ三上?やはり未だ、事件解決への糸口は掴めんか?」
「はあ、申し訳ありません・・・」
「アッハッハ!やはりそんなところは、お前は昔から変わらんな」
「はあ、そうでしょうか・・・」
「少し考え過ぎのところがあるようだ。我々の若い頃などは
頭で考えるよりも先に、
先ず体を動かせと教えられたもんだ」
「確かに先輩は、何事にも積極的でした・・・」
「どうした!どうした!全く今の連中は扱いが難しいな」
「どうもすみません・・・」
すると、
小林は三上の肩をポンと叩き、
ニッコリと笑って三上へとささやいた。
「三上、お前だって本当はわかっているんだろう?」
「え・・・?」
「今、自分が何をしなければいけないのか」
「課長・・・」
すると突然、
小林は何を思ったか、
いきなりズバッ!と、下半身のズボンを豪快に脱ぎ去ってしまった。
「か、課長ッ・・・!?」
しかも、
「三上ィィィ・・・ッ!」
「課長、一体何を・・・!?」
「良く見るんだ、三上ィッ!」
「えッ・・・?」
良く見ろという小林の言葉に、
三上が見た、その小林の姿は何と・・・、
「!」
紐パンをはいていた。
「か、課長・・・!」
「そうだ三上、良く見るんだ!何故、彼らはこのような格好で、
そして何故、次々と死なねばならなかったのか?
その全てを今、ここで明らかにするんだ!」
と言うや、
さらに小林はズババッ!と、死者達の全てがそうしていたように
下半身パン一姿のまま、
自らもまたうつ伏せに身を伏せて寝そべった。
「か、課長・・・!」
「フハハハ・・・!何だ三上?ビビッてんのか?
そうだ私には大学を卒業し結婚を控えた若い一人娘がいるが、
こんなところを誰か人に見られたら、それこそそこで私は身の破滅だ」
「課長ッ・・・!」
「だがそれがどうした?この私にもデカとしての意地がある!プライドがある!
そして何より、未知の謎に対しての飽くなき探究心がある!」
「か、課長ッ・・・!」
「三上ィ・・・ッ!!! 貴様もう完全に忘れてしまったのか!
この熱い・・・!熱い、デカ魂をッ!!!」
「!!!」
次の瞬間、
小林のその言葉に三上はもう、
何の迷いも無く、
「課長ッ・・・!」
ズバッ!と、
彼もまた自分の下半身のズボンを一気に脱ぎ去った。
「フッ、そうだ三上・・・」
が、
すると何と驚くべきことに、
「!」
ズボンを脱いでみれば、
三上もまた小林と同じように、青い紐パンを着用していたのだった。
「フ、フハハハハハ!そうかやはりな、
三上ィ!
お前もやはり、やはりそうだったんだな!」
「課長!私にも小学生に上がったばかりの息子と、
まだ幼稚園の可愛い娘の二人の子供達がいます。
ですが!ですがそれでもやはり、
私は刑事としての責務を果たさずにはいられない・・・!」
と、
そして彼もまた、
小林と同じ様に下半身丸出しのまま、
うつ伏せに身を伏せた。
「三上ッ・・・!」
「か、課長ッ・・・!」
「ハァ!ハァ・・・!」
「ハァ!ハァ・・・!」
二人はもう、異常なほどの興奮状態に包まれていた。
「ハァ!ハァ・・・!か、課長!
ダ、ダメです!私はもうこれ以上・・・!」
「ハァ!ハァ・・・!な、何を言っているんだ、三上?
ええ?
オレ達にはまだ何も見えてはいない。
え?
そうだろ?」
「・・・・・」
一瞬の静寂が、二人の間に流れた。
「三上・・・」
「・・・・・」
「外せ」
「!」
小林の突然の指示に、うろたえる三上。
「か、課長それは!それだけは・・・!」
「ハァ!ハァ・・・!
外せッ!
オレの紐パンの紐を、外すんだ!三上ィィィッ!」
「か、課長ッ・・・!」
「外すんだ!三上ッ!
そして、
そしてオレと・・・ッ!」
「か、課長ッ・・・!」
「外すんだ!三上ィィィッ・・・!!!!!」
「か、課長ォォォ・・・ッ!!!」
カッ・・・!!!
ピーポー!ピーポー!・・・・・
次の日、
緑警察署管内ではまた、
新たな二人のヒモパン変死体が発見されることなった。
「・・・・・」
青木は何事か察するところがあったが、
しかしそれ以上はもう何もせず、この事件から一切の手を引いた。
「このヤマは迷宮入りだ」
ヒモパン刑事!