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結婚すれば君を一途に愛すと誓うから、今だけは許してくれ?赦せるわけないじゃないですか。

作者: 織子
掲載日:2026/10/09


「結婚すれば君を一途に愛すと誓うから、今だけは許してくれ」


そう言うのは私の婚約者、ベルナント・アクシオス伯爵令息。その隣には、彼の幼馴染、レティ・オルド伯爵令嬢。

【真実の愛は君の隣で】という舞台を見に来ていた私は、カップルシートに座る二人を見つけ、その場で婚約者を問いただした。


『どうしてレティ嬢とこの席に座っているの?』

『たまたまさ。ここしか空いていなかったんだ』

『この演目、私が誘った時は興味がないと言って断ったじゃない……』

『先にレティと観る約束をしていたものだから』

『だったら先にそう言ってちょうだい。誠実じゃないわ!』

『……そう言われてもな――』


そして冒頭のこのセリフである。


”今だけは許してくれ?”――は?何を言っているの?……つまり、何だ?浮気を認めるということだろうか。ふざけるのも大概にしてほしい。


私が眉間に皺を寄せると、隣で心配そうな視線を向けていたレティが立ち上がった。

「ごめんなさい!今だけなの!私ももう少ししたら、隣国の伯爵家の後妻に入ることになって……!思い出が欲しいだけだから……」


隣国の伯爵家の後妻……なるほど。あからさまな政略婚。うん。それは可哀そうだけど、だとしても、知らんがな。それは貴女の都合であって、「じゃあ良いですよ」とは言えないわ。


「――ふぅ」

深く深呼吸をして、優雅に、冷静に、お辞儀をした。


「ベルナント。あなたの意向は分かりました」

(私は何度も何度も言いましたよね?貴方とレティ嬢の距離感はおかしいと)

「もうあなた方の関係に関しては口出しは致しません」

(年頃の男女がそんな距離感でこんな所にいて、周りが何も言わないはずないでしょう)

そして精いっぱい綺麗に見えるよう微笑んだ。

「もう二度と顔も見たくないわ。私の前に現れないで頂戴」

(然るべき対応をさせてもらいますので、後日連絡をしますね)


……最後の一言は思考と言葉が逆だったかもしれないが、もうどうでもいい。


「あっ、待ってくれヴィオレッタ……!」


二度と私の名前も呼ばないで欲しい。



ヴィオレッタ・クロイツ。私は公爵家の長女である。貴族間でありふれている浮気、二股、愛人……私には到底理解できない。


「――お父様!」


公爵邸に戻り、父の執務室を訪ねた。


「やあ。ヴィオ。観劇は楽しめたかい?」

「ええ。ベルナントの浮気現場に見事に遭遇致しました。もう限界です。婚約は白紙に戻してくださいませ」


父が驚いて立ち上がった。机の書類の塔が一束崩れる。

「何だと?不誠実な……!いますぐ書信を送る。ルーカス!筆と文を!」


横で書類を整えていた執事のルーカスが、頷いて部屋を出ていった。


コンコン。


ルーカスと入れ替わるように執務室に訪ねて来たのは、母だ。


「お母様!」

「何かあったの?ルーカスが急いで出て来たけれど」


父がこめかみをぴくりと動かせながら言った。


「ヴィオがアクシオスの愚息の浮気現場に遭遇したらしい。もう婚約は破棄だ」

「まあ……!それは破棄ね。当然だわ。ヴィオ、辛かったわね……」


そう言いながら母が抱きしめてくれた。


”自分の婚約者には誠実に”――難しいことではないはずなのだ。現にうちの両親の婚約も幼い頃に決まったらしいが、不実はせずに今も思い合った仲良し夫婦だ。なので父も母も『一度の浮気は大目に見なさい』などと言うことはない。



「お嬢様、お客さまがいらしております」

扉の外で侍従の声がした。

「誰かしら?」

「レティ・オルド伯爵令嬢です。お約束はないのですが……」


そう。貴族のマナーとして、普通は先触れなしの訪問はしない。だがレティはベルナントの幼馴染と紹介されてから、たびたび先触れなしで訪問して来ることがあった。

そのような事をする知人は初めてで、厳しく対処していいか分からず、婚約者の友人であったこともあり、何度か許してしまったのだ。


「……追い返してもいいのよ?」

低い声でそう言ったのは母だ。たしかにそうしても良いのだが、こんな状況の中で、どんな用があって訪ねてきたのだろうか?

(謝罪?)


追い返しても気になってしまいそうだ。ヴィオレッタはため息を吐いた。

「応接室にお通ししてちょうだい。すぐに行くわ」


◇



「ヴィオレッタ嬢……!」


応接室に入ると、空色の瞳に涙を溜めたレティがハンカチを握りしめて立ち上がった。なんだか、ものすごく気に障る。


「レティ嬢。何の御用ですか?それと……もう先触れなしの訪問は遠慮していただきたいわ」

短く息を吐くと、レティの瞳にさらに涙が溜まり、ぼろぼろと流れた。


(え、ええ~)

会って数秒での号泣に、ヴィオレッタもさすがに身が引く。


「ご、ごめんなさいっ!私ったら、焦ってしまって……。ヴィオレッタ嬢がそこまで怒ると思わなくて……」

「そうかしら?婚約者が他の女性と二人きりで、暗闇でデートをしていたら、怒るのが普通じゃなくて?」

「く、暗闇だなんてっ……!他にも人はいましたよ!」

(反応するのそこなの?)


真っ赤になり慌てて言いつくろうレティに、呆れる事しか出来ない。


もともとはアクシオス伯爵家から希望してきた縁談だ。顔合わせでも、その後何度か行ったお茶会でも、ベルナントは好青年だったし、婚約して一年目はとても誠実だった。二年目でレティを紹介された。しばらくして二人の距離感がおかしいことに気付いたけれど、その時にはベルナンドに好意を持ち始めていたので、どうにかレティとの接し方を改めてほしいと何度かお願いした。その都度、『わかった。傷つけてごめんね。改めることにするよ』と言われたのだが、変わらないまま三年目を迎え、そして今、婚約して四年目になる。蔑ろにされるようになった期間に比例して、もちろんベルナントに感じていた好意も減っていった。



「うう……」

レティはしゃくりあげる程ではないが、まあまあ泣いている。

(どうすればいいかしら)

様子を窺っていると、レティも視線に気づいたようだ。何故か胸元のネックレスを触りながらこちらを見ている。

「これ……先程ベルナントから貰ったものなのだけど、気になりますよね。すみません……外します」

「え?」


(気にもならないし、外さなくてもいいけれど?)


否定するのも面倒になり、好きにさせておく。するとレティが視線を俯けて言った。見ようによっては悲観した令嬢に見えなくもない。


「私、アカデミーを卒業したら、隣国の伯爵家の後妻になることになったんです」

「そう。それはさっき聞いたけれど」

ピーチティーを口に運ぶ。いらいらしては負けである。糖分を摂取しなければ。


「伯爵は、今32歳で……私よりも10歳以上年上で……!」

「そう」

(思ったよりも若いわね。彼女の悲壮感がすごいから、50歳くらいの方なのかと思ったわ)


もう一度ピーチティーを口に運ぼうとすると、レティがわなわなと震え始めた。


「ひ、ひどいわ!ヴィオレッタ嬢……!私が嫁ぐ事を馬鹿にして……!」

「え?」


「私はずっとベルナントが好きだったの!ベルナントも私が好きって言ってたのよ!最後に思い出をくれたっていいでしょう!」


叫ぶように言うレティを、ヴィオレッタはぽかんと見つめた。


「こんなに冷たい方と結婚するなんて、ベルナントが可哀そうだわ……!」


そう言うとレティは泣きながら応接室を出て行った。



「な……?」

何の茶番だったのか。



「お嬢様、おつかれさまでした」

ルーカスが扉から顔を出した。


「何だったのかしら?あれは……」

ヴィオレッタが言うと、ルーカスは冷ややかな目でレティが去った先を見た。

「気になさらずともいい事です。彼女が公爵家の敷居を跨ぐことはもうありませんから」

そう言いながら、何か箱のような物を懐にしまった。


「お、お嬢様」

扉から、侍従が言いにくそうに声をかけて来る。嫌な予感がする。


「ベルナント様と、アクシオス伯爵がお越しになりました」


ルーカスが冷ややかな目のまま、ヴィオレッタに言った。

「閣下も同席してもらいましょう。呼んで参ります」


ベルナントだけならば追い返すところだが、伯爵も一緒ならばさすがにそうはいかない。ヴィオレッタはため息を吐いて答えた。

「ええ。お願い」


◇


「この度はヴィオレッタ公女にご不快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」


アクシオス親子が待つ応接室に入ると、開口一番アクシオス伯爵が頭を下げた。ベルナントも慌てて下げる。


「どうやら、劇場でベルナントとお会いしたようですが、あれは誤解なのです」


こちらには、ヴィオレッタ。父のクロイツ公爵、母の公爵夫人まで同席している。

「誤解……と言いますと、無理のある状況だったようですが、とりあえず弁明していただきましょう」


愛妻家として有名な父は、どちらかと言うと穏やかな方だか、今日に限ってはそうではない。冷ややかな視線をベルナントに向けている。顔が整っている分、冷たい印象が強く出ている。


伯爵が冷や汗をかきながら言った。

「今日の観劇は、劇場に投資している私がベルナントに依頼した視察でした。そこで偶然、幼馴染と会い、話をしていたところ、劇場側が勘違いしてあの席に案内したらしく……他の席は埋まっており、仕方なかったと……」


「何を……」

父が口を開きかけた時、母がとめた。


(ん?私に言わせてくれるのかしら?)

母が視線を送ってくる。

(まあたしかに。自分で言った方がすっきりするわよね)


息を吸い込んで、まっすぐ前にすわる二人を見た。ベルナントは気まずそうに座っているが、伯爵の方は納得いかないのが見て取れる。このまま婚約が破棄になっては困ると言う顔だ。


「――アクシオス伯爵。何も仕方なくありません。劇場側が勘違いしてあの席に案内したのなら、その時点で誤解を解けば済む話です。席がなければ、次の回を見れば良いだけの事。あの席に座ることにより起こるリスクを考えればそうするべきでした」


父が大きく頷く。

「その通りだ」


一旦開いた口は止まらない。ヴィオレッタは更に言った。

「それと、伯爵は今日の件を弁明すれば良いとお考えの様ですが、そうではありません。今日の一件はきっかけに過ぎません。この二年のベルナントからの不誠実な振る舞いを、私が看過する理由がありませんもの。彼に対する好意も当然なくなりました」


伯爵が狼狽えながら言った。

「ふ、不誠実とは……?閣下から注意を受けてから、息子にはレティ嬢との振る舞いには気を付けるよう言って参りました……そうだろう?ベルナント」


ベルナントが渋々口を開いた。恐ろしい視線を向ける父を避け、母と私に向かって。

「ええ。気を付けました。レティと二人きりにならない様にしたり、外で二人で出かけたりするのもやめました」


「アカデミー内は”外”に入らないようですわね。アカデミーで二人でいらっしゃるのを、よく見かけましたよ。二人で観劇に行かれたのも、今日が初めてではないでしょう?友人たちが心配して教えてくれましたもの」


伯爵の顔色が悪くなった。追い打ちのように、ベルナントが「アカデミー内では噂になったとしても構わないだろう?」などと抜かしたので更に蒼白になった。


「伯爵、まだ弁解があるか?」


父の問いかけに、蒼白になりながらも伯爵は口を開く。


「し、しかし婚約破棄だけは……!息子にも更に教育し直しますので…」

「そう言うから一年待った。しかし無駄だったようだ。伯爵、君の息子は変わらない」

父がぴしゃりと言ったが、伯爵はまだ諦めきれないようで口を濁す。

「し、しかし」


話が平行線になって来たところで、母がルーカスを手招きした。ルーカスは頷くと、持っていた四角い箱――おそらくなんらかの魔道具だろう。それのスイッチを押した。


『私はずっとベルナントが好きだったの!ベルナントも私が好きって言ってたのよ!最後に思い出をくれたっていいでしょう!こんなに冷たい方と結婚するなんて、ベルナントが可哀そうだわ』


室内に甲高い声が響いた。


「……ルーカス。それは?」

低い声で父が聞いた。

「録音の魔道具です。伯爵方がお越しになるほんの数刻前にいらしたレティ嬢のお言葉です」


「ほう。ほう。可哀そうなベルナント君とは、結婚させるわけにはいかないな」


公爵からの明確な答えを聞いたからか、ベルナントはようやく慌て始めた。

「――い、いえ。公爵閣下。私はヴィオレッタ嬢と結婚すると信じてまいりました。レティは妹のような存在で、心配なさるような関係ではありません」

「君とレティ嬢の関係などどうでもいい。君が相手を慮り、配慮が出来ない男であることが問題なのだ。今日の観劇、ヴィオがいたのは私も劇場に投資しているからだ。君が行かないと言うので、一人で行くのもなんだから、ルーカスと一緒に行くかヴィオに聞いた」


ベルナントが眉を顰めると、父は声を低くして続けた。


「だがヴィオは断ったよ。変な噂を立ててしまったら君に申し訳がないからと」


ベルナントがバツの悪そうな顔をすると、父がため息と共にさらに言った。


「わかったか?君にもし、次に婚約者が出来ることがあれば、気を付けるんだな。さて、ルーカス。お客様のお帰りだ」


ルーカスが扉を開く。ルーカスの口元には微笑が浮かんでいるが、眼が一切笑っていないのでむしろ恐ろしい。


伯爵とベルナントは立ち上がり扉へ向かった。ベルナントが振り向き、何か言いたげな顔でこちらを見た。睨んでいると言った方がいいかもしれない。ヴィオレッタは静かに言った。

「ベルナント?最後に言いたいことがあれば言ってもかまわないわよ」

「ヴィオ……」

「なあに?先ほど言っていた、『結婚すれば君を一途に愛すと誓うから、今だけは許してくれ?』と、もう一度言いたいのかしら?」


私の言葉を聞き、応接室は静まり返った。


「ヴァルター」

口を開いたのは母である。そして『ヴァルター』とは父の名だ。

「何だ?」

父は恐ろしい形相の母を見て、慎重に返事をする。


「私たちが結婚した時の誓いを覚えているかしら?」

「あ、ああ。君に対して不誠実な行いをすれば、その……」

「ええ。浮気などすれば、男性である証を切り落とすと誓いましたよね。ヴィオのパートナーになる方にも同じく誓いを立たせましょう」


男性陣は母の言葉に背筋を伸ばした。

「あら?伯爵?まだなにか?」


母がそう言うと、伯爵とベルナントは急いで立ち上がり、硬直した顔のまま一礼をして出て行った。


「ヴィオ。無理して嫁ごうとしなくてもいいのだからね?ずっとこの家にいても良いのよ?ね、ルーカス?」


母の言葉にルーカスは困ったような顔で微笑った。



余談ではあるが、執事のルーカスは隣国の公爵家の三男である。領地経営を学ぶため、五年前からクロイツ公爵の執事として預けられている―銀髪の美麗な青年であった。









読んでいただきありがとうございます。

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ルーカスの設定が盛ってくるなぁ。 あと伯爵は息子に甘過ぎぃ。伯爵夫人は心の中でため息ついてたんでは。
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