7話 口入屋
カルラという女性の雰囲気が伝われば嬉しいです。
厚手の小袖の上に、硬革の仏胴。腰帯には小太刀、背に大太刀を負い、頭は斬りっぱなしのざんばら髪。もじゃついたこめかみから無精ひげがつながり、顔全体を覆っている。むさ苦しいその口元はだらしなく開き、前歯が二本、欠けていた。
「しまいだ、しまい! そこまでにしてくれや」
墨で描いたような太い眉をひそめ、四角い顔の男が下品なダミ声を張り上げる。男は力のこもった瞳をぎらつかせたまま、どかどかと店内へ踏み込んできた。その後から、手槍を携えた武芸者風の男が続く。
「おや、強そうな助っ人が二人も来ちまった――あぁ怖い怖い。屈強な男たちに囲まれて、あたしゃどんな目にあわされちまうんだろうね」
カルラはちらりと男たちを見やり、笑みを深くする。そのままわざとらしく肩をすくめ、両腕で肩を抱くようにして身を縮めてみせる。
「またてめぇか、カルラ。あっちこっちで噛みつきやがって、ほんと狂犬みたいな女だなぁ」
男の唸るような大声に、年嵩の男がはっとした顔で振り向いた。
「か、頭ぁ……」
張りつめていた空気がわずかに緩み、男は安堵したように息を吐く。
「ガキと合わせて金貨一〇枚だ! その女が欲しいんだろ?」
男が提示した金額に、カルラは小さく鼻を鳴らす。その瞳をすっと細めて、値踏みするような視線を女に向けた。
「なにを言ってんだい。こんな貧相な女に、あんたんとこは金貨を一〇枚も貸すのかい? 景気のいい話だねぇ」
「なんだとぉ!」
眉毛男が目を剥いた。
「女! あんた、こいつらから幾ら借りたんだい」
土間の隅で息を潜めるように丸くなっている女が、カルラの声にビクリと肩を震わせて顔を上げた。怯えきった瞳がカルラを見やり、すぐに頭と呼ばれた眉毛の男へと視線を向ける。
「ぎ、銀貨を、その……三〇まい――です」
女は綻びた服の胸元を合わせるようにしてギュッと襟を握りしめ、俯きながら、蚊の鳴くような声で応えた。
「はっ! ほら見た事かい。金貨一枚! これで貰ってくよ」
カルラは鼻で嗤い、腰袋に手をかけて巾着を引っ張り出す。ジャラリ、と重たい音が土間に響いた。 彼女は中から金色に輝く硬貨を一枚つまみ出すと、年嵩の男に向けて放り投げた。硬貨は短い音を立てて、男の掌に収まる。
「これで三方良しってね、万事解決さね」
「なんだそりゃ?」
聞きなれないカルラの言葉に、眉毛の男が怪訝そうに眉をひそめる。
「あんたは貸した金が三倍以上になった」
そう言って年嵩の男に笑顔を向ける。
「あたしはこの女からケジメが取れる」
続いて、小さく震えている女に視線を落とす。
「この女は客を取らずに、外に居る娘と暮らせる……三人みんな、良いことずくめじゃないか」
最後にカルラは土間の先、店の入り口から、外で保護されている娘に視線を向けた。
「……わかった、それでいい」
眉毛の男が吐き捨てるように言った。
「頭……」
年嵩の男が口を開きかけるが、鋭い視線で制され、黙り込んだ。
「頭が痛くなってきたぜ。いいからそいつを連れて、さっさと出てけ!」
「ふっ、さすが頭くらいになると話が分かるじゃないか。そういうところは嫌いじゃないよ」
カルラは眉毛男に悠然と歩み寄ると、その頬にそっと顔を近づけ、ちゅっと小さく唇を付けた。 男が硬直するのを尻目に、彼女はうずくまったままの女の傍にしゃがみ込み、その痩せた肩に手をかけて薄く笑みを浮かべる。
「さて、あんたの身柄はウチのもんだ。きっちり働いてもらうよ」
「あ、あぁ……はい」
目まぐるしく変わる状況についていけないのか、女は訳が分からないといった戸惑いの表情を浮かべながら、ただ促されるままに頷いた。
「立ちな。自分の足で歩くんだよ」
カルラは脇に手を入れて立ちあがらせると、足をもつれさせる女を引きずるようにして、外へと連れ出していく。
背後から、男たちのひそひそ話がカルラの耳に届いた。
「か、頭、ほんとにこれでいいんですかい」
「いいんだよ。あの女が本気で暴れりゃ、いまごろあの城ん中の雛壇にはあいつが座ってるだろうさ。カルラが天下を取ったって聞いても、俺ぁ驚かねぇぜ」
「そ、それはあまりにも……」
「とにかくだ、あいつは災害みたいな奴なんだ。この程度の事は、運が悪かったと諦めるしかねぇ」
カルラは振り返ることなく、店を出る。眩しい日差しに目を細めながら、背中で男の最後の言葉を聞いた。
「それに、ああ見えて意外と人情家でな。きっちりと筋は通す女だ、話の通じない荒くれじゃねぇ」
カルラはふっと口元に薄い笑みを浮かべ、シンザとゴンタ、二人の従者へ女を預けた。心配そうに母を見上げる少女の頭に左の手を置き、髪を漉くようにひと撫でする。
「いくよ」
右手の鉄扇をぱちん、と鳴らし、そのまま右肩をとんとんと叩きながら――カルラは去っていった。
「……なんだ、またか」
目の前の大男が、呆れたように息を吐く。
ここは口入屋。仕事にあぶれた荒くれどもに仕事を斡旋する、いわば職業紹介所だ。
「ほんと、お前は来るたんびにやらかすな。揉め事を起こさずにいられない体質か?」
「いいじゃないか。何かあったほうが、生きてるって気がするだろ?」
大男はゼンタという。この口入屋で番頭を務める男だ。頬を斜めに走る大きな切り傷、六尺はあろうかという厳つい体躯。どこからどう見ても、カタギには見えない。
ゼンタの身長はカルラより一回り低いが、それでも一八〇センチはある。この世界では十分すぎるほどの巨漢だ。
ちなみに、この世界における男の平均身長は五尺――一五〇センチほど。五尺五寸、一六五センチもあればでかいと言われる。
口入屋は、街に出てきたばかりの者には普請の仕事を紹介し、腕自慢には用心棒や助っ人の荒事を回す。時には、赤星のような悪党に仕事を流すこともあった。
さすがに町中での悪事は扱わない。だが、それ以外なら――殺しも、盗みも、押し込みも、切り取りのような強盗仕事までなんでもござれ。そんな恐ろしい斡旋所である。
この街には他にも、西と東に口入屋がある。だが中でもここ、北の口入屋は悪党御用達――荒事を専門に扱う場所だった。
ちなみに、この世界で言う悪党とは、いわゆる主を持たない武装集団のことだ。
戦があれば腕貸しと言って勝手に参戦し、戦場で好き放題に暴れ回っては乱取りや強盗で食い扶持を稼ぐ。文字通りの無頼の者ども。領主の側も、鐚一文の負担もなく勝手に集まる便利な兵士として重宝していた。武具も鎧も食料も、悪党どもは全て自弁なのだ。
戦がなければ徒党を組み、乱取り目的で村を荒らすか、街道を塞いで野伏や山賊となる。そんな中で、町に根付いた者たちは地回りと呼ばれた。悪事も働くが、同時に町の治安維持にも一役買っている――そう、さっきの金貸しも、そんな地回りの一派だ。
「ゴンタ!」
カルラは従者の名を呼び、居酒屋のほうへ視線を投げた。
「はっ!」
席を立ったゴンタが、素早く駆け寄り、カルラの脇に跪いた。
「二人に飯だ。猪汁と飯、香物……あとは葛切りだな。蜂蜜は倍量、それにきな粉。とにかく甘いやつだ」
「すぐさま、手配いたします」
ゴンタが跪いたまま、軽く頷く。
「それと、あんたたちは隣の席に移るんだ、恐そうな男二人に見つめられたら、飯が喉を通らないよ」
「はっ」
短く応じ、居酒屋の方へと戻っていく。そこで近くの給仕を呼び止めて、食事を注文していた。
口入屋は荒くれ者どもの溜まり場にもなっており、建物の半分が口入屋、奥の一段高くなった半分は居酒屋になっている。酒と食事を出し、仕事待ちの連中が時間を潰す場所だ。
「ふっ、相変わらずお優しいこった」
ゼンタが鼻で笑い、湯呑をそっと持ち上げて口を付けた。
「ああやって恩に着せときゃ、必死になって働いてくれるのさ」
カルラは肩をすくめて、薄く笑う。
「それに……連中に食わせてもらってんだ。優しくして何が悪い」
そう言って彼女は母娘の方へと視線を向ける。机に二人きりになったことで、娘が何かを母親に話しかけていた。母親はまだ落ち着かない様子で、不安げに視線を泳がせている。
「変わった女だ。鬼か仏か……閻魔様も迷っちまうぜ」
ゼンタが背もたれに身を預け、静かに湯呑みを置いた。
「そんなことより、これだ。この前の仕事の分、持ってきたよ」
カルラが懐から取り出したのは、村の引き渡しを終え、代金と一緒にスグタから手渡された証文。口入屋に提出する業務完了の帳票で、仕事の出来具合、報酬の総額、内訳明細まで、こまごまと記されている。
「それで、こっちがあんたんとこの取り分だ」
革袋を机に置くと、じゃらりと重い音が鳴った。
「また甲評価か。全項目優じゃないか……相変わらず見事なもんだ」
ゼンタは証文を手に取り、目を走らせながら、思わずといった調子で言葉を漏らした。
「ふふ、またいい仕事があったら頼んどくよ」
そう言って笑顔を向け、片目をつむる。
「それよりカルラ――今夜あたり、一杯どうだい」
ゼンタは机に左肘をつき、身を乗り出すようにして、右手でくいっと猪口をあおる仕草をした。
「さあて、どうしようかねぇ……」
カルラは少しだけ間を置き、相手の顔を値踏みするように眺める。
「また美味しい仕事の一つか二つ、何か隠し玉があるってんなら、聞いてやろうじゃないか」
その答えに、わざとらしくがくりと肩を落とし、ゼンタが机にうなだれる。
「ちっ……残念。今は玉切れだ」
「あっそ、ご愁傷様」
カルラは両肘を机につき、指を絡め、その上に顎を乗せる。細めた目でゼンタを見返し、艶っぽく笑った。
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