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カルラ任侠伝 ~暴力と金で乱世を喰らう、天下無双の女傑~  作者: 隣野ゴロー
1章 動乱

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6話 栄の町

カルラさんは、武将とか武人と言うよりも、ヤクザに近いです。


赤星は、戦国時代の経済ヤクザ敵ポジションです。

「栄に行ってくる。北の口入屋だ」


「はっ。行ってらっしゃいませ」


 戦で焼け落ちた寺のひとつ、鳳財寺に属していた塔頭(たっちゅう)。その跡地を借り受けて設えられたのが、赤星の屯所(とんしょ)である。鳳財寺全山の最南端に突き出た小山にあり、平地からの侵攻に備える砦としての役割も担っていた。


 屯所の奥、カルラの寝所を兼ねた本屋敷の庁舎を出ると、すかさず二つの影が背後に従う。従者として付き従う、シンザとゴンタ――主に伝令役を務める忍だ。


 カルラ自身の戦闘力が規格外であるため、従者に求められるのは護衛よりも伝令としての役割である。二人とも兵法を一通り嗜んではいるが、それ以上に身軽さと機転、そして何より粘り強い持久力を備えていた。


 一日でも二日でも、走れと言われれば走り続ける。赤星の兵の中でも、特に高い資質を持つ優秀な若者だ。


 そんな二人の合流を気にもとめず、カルラは腰に身幅(みはば)の太い頑健な太刀を佩き、鉄扇を腰帯に差して堂々と歩みを進める。いつもの鮮血色の革鎧のうえに、黒地に金糸の縁取りの長いマントを羽織り、背には瑠璃色の大きな蝶が風に踊っていた。


 兵たちが暮らす長屋群を抜けると、視界が一気に開ける。眼の前に広々とした空間、練兵場が現れた。この屯所の郭は、周囲をぐるりと高さ四メートルはあろうかという高土塁に囲まれている。出入口は二箇所のみ。そこは土塁を切り下げ、重厚な櫓門が据えられていた。


 門を守る警衛所の前には、門番の任に就く兵士たちが並んでいる。直立不動で見送る彼らに軽く手を振り、「ごくろう。留守を頼んだよ」そう言い残して、カルラは門をくぐった。


 脳と一体化された有機ストレージ、そこに記録されたデータ――旧文明時代の日本地図と照らし合わせれば、ここはかつて佐賀と呼ばれていた地域だ。その山際に位置する久池井という場所に、今あたしは立っている。


 これから向かう栄の町は、当時の佐賀市中心部にあたる場所。


 ここから徒歩ならおよそ二時間、一刻ほどで辿り着く距離だ。船で川を下れば、その四分の一で済むという。


 平地との境に広がる緩やかな丘陵地を抜けると、足元は次第に湿地へと変わっていく。水抜きのための水路や小運河が縦横に走り、海まで続く広大な平野が目の前に広がっていた。


 背後には、屏風のように連なる背振の山々。周囲には見渡す限り田畑が続き、行く先には地平の彼方まで、視界を遮るものは何もない。そんな雄大な景色の中を歩き続けていると、やがてひときわ大きな運河に行き当たった。


 その橋を渡った先で、重厚な三層構えの櫓門が、行く手を塞ぐようにそびえ立っている。


「お、おい……カルラさんだ。みんな呼んで来い。今日は付いてるぜ」

「やべぇ――相変わらず、すげぇ色気だな」

「あー、くそっ! あんな女を抱ける奴が羨ましいぜ、ったく」

「けどよ、あの人の浮ついた話って、聞かねぇよな」


「当たり前だろ。仮にやれたとしても――だ。下手に言いふらしてみろ、赤星の連中になぶり殺しにされるぞ」


「一晩好きにさせてくれるなら、殺されてもいい」


 門番の詰め所から、ぞろぞろと一個小隊規模の衛兵が姿を現し、ずらりと並ぶ。まるでここの主人を迎えるかのような出迎えだ。いつもながら、こいつらは暇なのかと勘ぐってしまう。


「なんだい、雁首揃えて。見世物じゃないよ」


「い、いえっ。その――う、美しいカルラさんのお姿を一目見ようと」


 その言葉に、シンザとゴンタが揃って目を細め、殺気を帯びた視線を送る。


「はぁ? 馬鹿言ってんじゃないよ。あたしが反目に回っていたら、どうするつもりだい。あんたら一網打尽だよ」


「そ、それは……」


「門番は守りの要じゃないか。シャキッとしな、シャキッと」


「「はいっ!」」


 カルラが切れ長の瞳を細め、艶を帯びた視線を向ける。そうして活を入れた瞬間、門番たちの声が一斉に揃った。


 栄は、広大な湿地平野の只中に築かれた都市だ。東西を本庄江(ほんじょうえ)川と八田江(はたえ)川に挟まれ、南北は幅一〇メートルほどのクリーク――運河によって囲まれた、惣構えの要衝である。少し南へ下ると、運河で結ばれた海港、与賀(よか)港に通ずる。


 そこは六角川、嘉瀬川、筑後川といった大河の中心にあり、川船と海船、それぞれが荷の積み替えを行う物流の重要拠点であった。


 町の周囲では、湿地の特性を生かした稲作が盛んに行われている。平野全体に水抜きのための水路や小運河、それらが集まった人工の川が網の目のように張り巡らされ、一帯に架かる橋の数は万を超えるとも言われていた。


 もっとも、それをすべて数え上げた者はいないが。


 なにしろ、今この瞬間にも新しい橋が架けられ、不要になった橋や、船が通るたびに外される小さな橋もある。小運河や川には荷を満載した大小無数の舟が行き交い、川湊と町、そして周辺の村々とを結んでいた。


 ここ栄は、シラス王国でも最大の規模を誇る、賑やかで豊かな町だった。


 町の北門から入った先には、道幅八間――十五メートルほどの大通りが、真っ直ぐに伸びていた。左右には大小さまざまな問屋が軒を連ね、屋号を示す紋標が、色とりどりの暖簾に染め抜かれて通りを飾っている。


 (あで)やかで鮮やか。門を抜けてすぐの一帯は、戦乱で荒んだ外界とは異なり、一目でそれと分かる活気に満ちていた。


 各店は表を通りに向け、その裏手はすべて小運河に面している。裏庭に船着き場と倉庫が建ち、運河から船を直接横付けして荷の積み下ろしができる造りだ。


 大通りの先はまっすぐに視界が開けているが、町の内部にも小運河が縦横に巡らされている。奥に見える城の大手へ至るには、最短の道を通っても大小一八の橋を渡らねばならない。


 いざ戦となれば、その橋はすべて落とされ、水路の堰が切られる。すると城の周囲に設けられた広場へ水が流れ込み、一帯はたちまち沼地と化す。


 通称――沈み城。難攻不落を誇る城塞であった。


「さて、まずは口入れ屋だね」


 そう言って路地をひとつ右に折れ、幅一メートルほどの水路に掛かる橋をわたる。すると、その先の店から、怒声が響き渡った。


「てめぇ! そんな理屈が通ると思ってんのか! このアマ!」


 肉を打つような破裂音、その直後。


「あっ」


 影が店から飛び出し、慌てて立ち止まったカルラの足元へ、小さな悲鳴とともに激突した。顔をぶつけて転んだ少女は、足元で頭を押さえたまま怯えた視線を向ける。次の瞬間、膝をついたままがばりと上体を起こし、額を地面に擦りつけた。


「ご、ごめんなさい……!」


 何度も頭を下げ、必死に許しを乞うのは、十を少し過ぎた頃の少女だった。


「ごめんなさい、ごめんなさい」


「おい、ガキ! 手間かけさせんじゃねぇ!」


 少女を追って男が店から駆け出し、土下座する少女の背に手を伸ばした。その瞬間――カルラが男の腕をがしりと掴んだ。


「まちな」


「なんだ、てめぇ――」


 威勢よく振り向いた男は、視界に入ったカルラを認めた途端、顔を引きつらせる。


「あ、あんた……」


 そんな男には目もくれず、カルラは腕を握力任せに締め上げる。痛みに耐える男の呻きを聞きながら目を細め、唖然と見上げている少女と視線を合わせた。


「お気に入りのマントが汚れちまったじゃないか……どうしてくれんだい、このガキ」


「ま、まて、まてまて! 赤星の――」


 開け放たれた店の扉から、二人の男が飛び出してくる。そのうちの一人が右手を伸ばし、大声でカルラを制する。


 ふと声のほうに目を向けると、その奥、店の土間では――上半身を裸に剥かれた若い女が、慌てて身体を起こして前を押さえ、服をかき集めていた。


「あの女は」


 顎でしゃくるようにして、土間の女を指す。


「こ、こいつの母親だ」


「子の不始末だ、親からけじめをとらせてもらおうかね」


 腕を掴まれ痛がる男から手を離し、目線だけ後ろの従者に向ける。


「このガキ、逃がすんじゃないよ」


「「はっ」」


 シンザが少女を抱えるようにして抱き起し、ゴンタが男たちと少女の間に立つ。


 カルラはそれを見届けると、店の入口へと足を向けた。後から飛び出してきた二人のうちの一人、年嵩(としかさ)の男が媚びるような笑みを浮かべてカルラの行く手を遮ろうとする。


「な、なあ、カルラさんよ。勘弁してくれよ」


 カルラは男の肩をゆっくりと押すようにして、無言のまま開いた扉を抜けて店に踏み込んだ。


「なあ。そうだ、詫びに甘い菓子の詰め合わせでどうだい。与賀の甘味処が新作を出してよ……」


 後ろから追いかけてくる声には視線も向けず、カルラは(うずくま)る若い女を見下ろした。怯えるように女が顔を上げる。


 その女の背後には、壁に掛けてあった段平を掴んで腰を落とす男が一人。胸元の短刀に手をかけ、右足を半歩ずらして(はす)に構える男が二人。店の中には、計三人の男がいた。


「ちょっと待ってくれよ、なぁ」


 後を追うように店へ戻ってきた年嵩の男が、両手を軽く上げる。殺気立つ若い衆を手振りで制しながら、苦り切った顔で肩をすくめた。


「いくらあんたでも、こりゃ横暴が過ぎるってもんだぜ」


 カルラは視線だけを男に向ける。


「寄ってたかって手籠めにしようとしてたみたいだけどさ……この女、あんたらのなんだい」


 年嵩の男は一瞬だけ女を見やり、鼻で笑った。


「なんだいも何も、ここは質入屋だ。借金女に決まってんだろ」


 吐き捨てるように言うと、文句があるなら言ってみろとばかりに、目に力を込めてカルラを睨みつけた。


「返済期限はとうに過ぎて、利息も三度飛ばした。仏の顔も三度までよ。あとは身柄を押さえて、客を取ってもらうしかねぇ」


「なるほどね……」


 カルラはゆっくりと頷く。


「それで、客を取る前に、あんたらで具合を確かめようってわけかい」


 そして(さげす)むような色が混じった笑みを、その唇に浮かべた。


「小さな子供を連れた女だぜ?」


 男は肩をすくめ、言い訳めいた調子で続ける。


「追い込みかける方だって胸が痛むのさ。それなりに神経もすり減らしてんだ。ちょっとくらい役得があっても、罰は当たらねぇだろ」


 身振り手振り、額に汗をかきながら必死で言葉を紡ぐ男に向けて、カルラは一歩、前に出た。


「なら話が早い。この女……あたしが買うよ」


「はあ?」


 年嵩の男が間の抜けた声を上げる。


「それとも何だい」


 カルラが首を傾け、男たちを順に見渡す。帯に差した鉄扇を抜き、一つ開いて――ぱちんと閉じた。


「ここで、あたしと事を構えるつもりかい」


「ちょ、待てよ。なんでそうなるんだ」


 年嵩の男が一歩引く。


「町で肩が触れただけでも命のやり取りになる稼業……だったよな、あんたら」


 一拍。


「ならどうだい。こうして揉めてる時点で、もう十分だろ?」


 男たちとの距離は、剣一閃の間合い。


「斬った張ったになっても――おかしくないじゃないか」


 カルラの口の端が吊り上がり、艶っぽく細められた切れ長の目に、挑発的な笑みが浮かんだ。

皆さんからの応援が、物語を続けていくモチベーションであり、最高のご褒美です。


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