4話 村の若造
おっかないけど優しくて、すんごい美人で色っぽい。
東から朝日が昇り、穏やかな光が大地へと伸びるころ。あたり一面は白に覆われ、視界はすっかり閉ざされていた。
ここは、山地から平地へと移り変わる境に広がる、緩やかな丘陵地帯。海から平地を渡って来る湿った風と、山から流れ落ちる冷たい風がぶつかり合い、その狭間に濃い霧が生まれるのだ。
朝の光を受けてもなお晴れぬ白は、まるで大地そのものが息をひそめているかのようだった。
「団長、物見を捕らえました」
井戸から水を汲み上げ、たらいに移す。布を浸し、きつく絞った濡れ布で顔を拭う――朝の身だしなみを整えているカルラの傍らに、音もなく黒ずくめの男が現れ、跪いた。
「で、なんだって?」
手にした布を、ぎゅうと悲鳴を上げるほどに絞り上げ、視線だけを黒へ向ける。
「庄の後詰。縁者らが三〇余」
「たった三〇かい」
首筋からうなじにかけて、鎧が当たるところを念入りに拭く。
「中の様子をゆっくりとご案内差し上げた後、丁重にお見送りを……無事にお帰りいただきました」
黒はうつむいたまま、言葉を紡ぐ。
こちらの力を見せつけておけば、諦めて引き返すだろう。わざわざ他人の為に、死地に飛び込むバカはいない。
「よくやった。ご苦労だったね、引き続き頼むよ」
「はっ」
黒は一礼し、僅かな衣擦れの音を残して立ち去った。
カルラは再び布を水に浸してきつく絞り、皮鎧を留める紐を緩めて隙間から布を差し入れる。そうしてゆっくりと、手の届く範囲を拭き上げていく。
晒で何とか押さえてはいるが、とにかくこの大きすぎる乳房が邪魔だ。兵器として作られたこの身体に、なぜこんなものを付けたのか。
「まったく、余計なことしやがって。むだにデカいだけで何の役にもたちゃしない」
数千年の昔にこの世を去ったであろう、この身体の設計者に向けて――カルラは呪いにもならない文句をぶつけた。
そんな中、村の広場には急ごしらえの炊事場が設けられ、すでに朝食の準備が始まっている。
食料は、麦や米の一粒に至るまで立派な戦略物資だ。村にある食料は、すべて略奪品として依頼主に引き渡さねばならない。一人か二人分なら誤魔化しも利くだろうが、全員の糧食として拝借するわけにはいかない。
いつもどおり、野営の粗末な朝食で腹を満たし、捕らえた者たちにも芋粥と水を与える。闘争の痕跡を片づけ、引き渡しの準備を進めること数刻――日が中天を過ぎた頃になって、遠くの街道から、がやがやとした人の声が風に乗って届いた。
「富士野庄の方々、無事に着到いたしました」
先ぶれが報告を済ませると、しばらくして喧騒がすぐ近くまで迫り、四十人ほどの男たちが村の中へと入ってくる。先頭に立っていたのは、見事な甲冑を身にまとい、腰には大小二振りの刀、肩には十文字槍を担いだ偉丈夫であった。
ただし、腹当てに描かれていたであろう家紋は削り取られている――おそらく、誰かから奪った代物だ。
「これはこれは、カルラ殿。噂に違わぬ見事なお手際。感服仕った」
そう言って深々と頭を下げたのは、中年に差し掛かった無精ひげを生やす男だった。身長は一六〇センチほど、どっしりとした横広の体格――なかなかの田舎武者である。
「なんだい、あんた侍かい。どう見ても、農家の三男坊には見えないね」
カルラは左手首を太刀の柄に引っかけ、右手に持った鉄扇をパチリと鳴らす。
「いかにも。庄屋様からこの新しい村の村長、そして用心棒としての役目を承った。スグタ・ハンカイと申す、今後ともよしなに」
男は槍を肩に担いだまま胸を張り、静かに頭を下げた。
「ああ、よろしくね」
カルラは目元に薄い笑みを浮かべ、鉄扇で自分の肩をぽんと打つ。
「あ、あんたが赤星の棟梁、カルラさんかい」
甲高い声を上げてスグタの背後から姿を現したのは、十代半ばほど、成人したばかりの若造だった。
「すげえ、うわさ以上の女っぷりだな。どうだい、金貨五枚で今晩。俺はあんたの雇い主、庄屋の三男坊さ。金ならあるぜ。足りなきゃ親父に届けさせる。な、いいだろ?」
あまりに唐突な申し出に、カルラが若造を見る目が、すっと細くなる。周囲の兵たちがざわりと動き、刀の鯉口を切る音と、槍の石突が地を擦る音が重なった。
一触即発――場の空気がぴんと張り詰め、冷たい風がうなじを撫でる。
「ふっ……」
カルラは鼻で笑った。
「あたしは別に、抱かれてやっても構わないけどさ――周りをよく見てみなよ」
カルラは挑発するような視線を向け、口元に薄い笑いを浮かべる。そして、鉄扇を手の中で一度まわしてから、パチンと鳴らした。
「あんた、終わった後――こいつらの手で膾にされちまうよ?」
若造ははっとして辺りを見回し、顔色を変えた。額に冷や汗を浮かべながら、慌ててカルラに媚びるような笑顔を向ける。
「じょ、じょじょ、冗談だよ、カルラさん。なあ、スグタの旦那!」
若い男はスグタの背後へと逃げ込むように身を縮めた。
「坊。世の中にはねえ……」
スグタは振り返ることなく、低くい声で諭すように言った。
「言っていい冗談と、口にした瞬間に命のやり取りになる冗談がありましてな」
一拍、間を置く。
「今のは――斬られても、文句の言えん冗談でござるよ」
スグタのこめかみから一筋の汗が頬を伝い、そのまま顎まで流れて、足元に落ちた。
「ふふっ、そういうことだ。今日のところは、この旦那に免じて許してやるよ」
カルラは柔らかく表情を緩め、スグタに向かって微笑むと、小さく頷いた。
「そういう口を叩くのは――自分で稼げるようになってからにしな、クソガキ」
その後ろで身を縮める若者に視線を向け、鋭くひと睨みする。そして手をひらひらと振って兵士に合図を送ると、張り詰めた空気がすっとほどけていった。
「かたじけない、カルラ殿」
スグタは肩から槍を下ろし、穂先を地に向けるようにして右脇に抱え、深く頭を下げて詫びる。
「ふふっ、そうやって皆、大人になるのさ。あたしはね、そんなに心の狭い女じゃないよ。ほら、見てみなよ――この大きな胸をさ」
そう言って胸元をわずかにはだけると、その隙間から深い渓谷が覗いた。
スグタは咳払いで視線を誤魔化し、周囲の男たちは一斉に顔を赤らめる。しかし、取り巻く兵士たちの鋭い視線に気づくと、途端に居心地悪そうに目を伏せた。
「それじゃ、スグタの旦那。話の分かる奴を何人か連れてきな。ブツの確認と、銭勘定の時間だ」
まずカルラが連れて行ったのは、村の中でもひときわ大きな屋敷。その敷地内にある集会場だ。ここには村の女と子供たちが集めてある。
がらりと音を立てて、薄暗い建物の中に光が差す。入口の扉が開かれたのだ。
見張りの兵士たちが急いで戸板を開けて光を入れる、鮮血色の鎧を身に着けた大柄な女が入口に姿を見せ、先頭に立って中へと入る。その後ろにスグタ、そして二人の男が続いた。
男の一人が携帯用の墨壺を出し、筒から筆を取り出す。小さな墨壺から墨を付けては、帳面に何かを書き始めた。
「女だ。子が産める年頃が二三人。穴は使える年増が八人。女児が九人だな。手違いがあって一人傷ものだ、まだ子を産める歳だが……別にしてある」
アニキとその弟分によって乱暴された母親を、くいと顎で指す。女は自分の肩を抱くようにして身を縮めたが、それでも生きていくためにと気丈に笑ってみせた。
女が一人で放り出されたところで、生きる術がない。元の旦那は殺され、自らは捕らえられた。ここで新しい夫に引き取られなければ、女衒に売られ、娼婦となって――近い将来、性病で死ぬ。そう考えたのだ。
それならば、ここへ来た男たちの嫁として、新たに嫁ぎなおした方が何倍も良い暮らしが出来るはず。
「年頃と年増を全て貰おう。傷ものは半値だ。女児は養えん」
「わかった」
そのやり取りに、傷ものとされた女は安堵の表情を浮かべ、静かに頭を下げる。カルラはその女にそっと視線を向けて、小さく頷いた。
「次は男児だ」
短く告げると、カルラは隣の部屋へと向かう。
「数えで一二。それより下は養えん」
「一二から一四まで、六人だ。あとはこっちで処分しよう」
続いて男たちが繋いである小屋へ向かい、そこで一五人が農奴、下人として引き取られることになった。残りは連れ帰って奴隷として使うか、人買いに託すか、それは本人の適性を見て決めることになる。
「シロー! 続きは任せた。村の中をしっかり案内しておくれ。頼んだよ」
カルラはそう告げ、子供たちの選別のために集会所へ戻る。
男児は主に商人や職人の元に丁稚として出され、幼なすぎて買い手のつかない者は、連れ帰って孤児院で面倒を見ることになる。女児は基本的に女衒に託すが、孤児院に余裕があれば、そこで育てることもあった。
こうして昼から夕方まで、村の引き渡し作業は淡々と進んだ。夜になり、スグタが使用する村長宅で報酬の計算と受け取りを済ませる。
団は村で一晩を過ごす。そして翌朝、薄明かりの中で静かに撤収を済ませ、日の出とともに屯所に向けて移動を開始した。
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