3話 カルラという女
とりあえず、主人公の説明まで。
「伝令!」
炎に照らされ、ひときわ目を引く女の姿が浮かび上がる。腰まで垂れた黒髪は絹のような艶を帯び、硬革の鎧に包まれた肢体はなめらかな曲線を描きながら、濃密な色香を漂わせていた。その立ち姿からは、鎧越しであっても、むせ返るような色気が立ちのぼる。
だが――その背丈は、周囲の男たちよりも二回りは大きい。
巨躯に相応しい豊かな胸元を包むのは、鮮血のような濃密な赤。威風堂々たる威容の裏に、見る者の理性を溶かす猛毒のごとき妖艶さを秘めている。愛欲の女神と見まがうような艶やかさと、辺りを血に染めるであろう暴力の予感。
その鮮烈な立ち姿は、見る者の記憶に否応なく焼き付いた。
「はっ」
音もなく黒ずくめの男が二人、背後に跪く。短い返事とともに深く頭を下げた。
「ザンジローの小隊を迎えに出す、皆を集めな」
女は視線も向けず、腕を組んだまま仁王立ちで命じた。
「かしこまりました」
静かな返答だけがその場に残る。
「一小隊集まれ!」
「集合! 集合! 二小隊は広場に集まれ!」
「三小隊集合! ただちに広場に集まれ!」
ほんの一拍の沈黙ののち、伝令を受けた各指揮官の声が、次々と闇の中に響き渡る。
やがて悪党の面々が広場へ集結し、女の前に整列を完了した。要した時間は二分半――この集団の練度の高さがうかがえる。
「一小隊! 総員四〇名! 死亡一、重症三を除き、三六名、集合完了!」
同じ要領で第二、第三と小隊長が報告を終えていく。
その端に、わらわらと一〇人ほどの男たちが集まり始めた。その中にはアニキと呼ばれた男と、その仲間五人の姿もある。
「はぁ……やっぱ余所の連中を混ぜるとダメだね。寄り合いの紹介だってんで入れたけど――まるで足手まといだ」
女はそう吐き捨て、かーっと喉を鳴らすと、足元へ唾を吐いた。
「よし。休め」
威圧するように全員を見渡し、ゆっくりと視線を流す。胸を反らせ、顎を引く。その仕草ひとつで、場の空気が張り詰めた。
「ザンジロー。小隊を連れて、旦那衆を迎えに行くんだ。ヨヒチの分隊を付ける」
女はそこで一拍置き、口元に薄い笑みを浮かべる。
「向こうも戦支度はしてるだろうけどね……トーシロに毛が生えた程度だ。当てにするんじゃないよ」
「はっ!」
ザンジローと呼ばれた男が姿勢を正し、頭を十五度下げる。額に大きな切り傷のある、四角い顔の男だ。
「ヨヒチ!」
「はっ!」
「移動中は索敵が命だ。ぬかるんじゃないよ」
「ははっ!」
やや小柄で、見るからにすばしっこそうな男――ヨヒチもまた、同じように頭を下げた。
「残りの者は、引き渡しまでこの村を確保する」
この村が属していた庄が異変を察知したか、あるいは一人二人が逃げ延びて助けを呼んでいる可能性はある。だが、村はすでに落ち、占領しているのは十分な人数と練度を備えた悪党だ。
「この状況を見て、命を捨ててまで取り返そうなんて馬鹿がいるとも思えないけどね……一応、警戒は緩めるな。いいね」
さらに念を押すように続ける。
「それと――女の中には自害しようとする者が出るかもしれない」
女はそこで言葉を切り、整列した悪党たちを見渡した。
「勝手に死なせるな。引き渡しが終わるまで――それが、あたしたちの仕事だ。分かったね」
「おおっ!」
男たちが声を揃えて、雄たけびで応えた。
「あと、そっちの十人は後片付けでもしてな」
そう言って目を細め、女は統率の取れていない男たちを睨みつける。
「きっちり、あたしが見廻りをするからね。働きが悪けりゃ……分かってるだろうね」
「はは、はいー!」
怯えたように腰が引け、一人の男が声を裏返して返事をした――あの“アニキ”と呼ばれていた男だ。
「よし! 解散!」
女は視線を切るようにして踵を返し、空を見上げた。橙が闇を照らし、その向こうには瞬く星々。雲一つない夜空の端で、大きな月が真ん丸に輝き、こちらを見おろしていた。
*****
二十年前。ユーラシア大陸の西、大河のほとり。
小高い丘の上にそびえる城が、黒煙を噴き上げながら紅蓮の炎に包まれていた。
「秩序の八輪」――通称、八輪教。ユーラシア大陸西端のユーロと呼ばれる地域で、広く信仰を集める巨大宗教だ。教主はその領地として地中海へと突き出た細長い半島を支配し、聖王国と名乗っていた。
八輪聖王国――その宗教国家には、魔を払う守護者として崇められる『十三の家』が存在していた。その当主たちは人外の力を秘め、教会から認定された勇者であり、魔族との生存競争における人類の希望。人々からは、十三神将と呼ばれていた。
だが今、その最強の一角――十三番目の家。その居城が、陥落しようとしている。
「御前――もはやなりませぬ。外郭が抜かれ、ここが戦場となるのも時間の問題かと……」
鈍色の甲冑を纏った城将、ヴォルフラム・ディアスが淡々と告げる。その報告を受けた大柄な女――御前は、静かに頷いた。
「いよいよかい……」
真面目くさった部下の顔を瞳に移し、彼女はふっ、と小さく息を吐いた。
「もういいよ。あんたたちの矜持も、忠誠も、十分すぎるほど見せてもらった。これ以上は犬死さね――さっさと降伏しな」
薄い笑みを浮かべ、女は追い払うように手をひらひらとさせた。
「なりませぬ。我らに非は御座いません。かような言いがかりに屈しては、我が家への罪状を認めたことになりまする」
鉄面皮と呼ばれる寡黙な男。いつもと変わらぬ静かな眼差し、揺らぐことのない瞳――だが、ヴォルフラムの紅く染まった頬だけが、抑え込まれた怒りを雄弁に物語っていた。
「……それでいいじゃないか」
女は肩をすくめた。
「あたしはもう……生きることに疲れたんだよ」
言い捨てると、彼女は右手の鉄扇で自身の肩をひとつ打ち、歩き出す。
「御前、どちらへ」
「決まってるだろ、この首を差し出してくるのさ。その代わり、お前たちを許せとね」
そこで足を止め、鉄扇の先を顎の下に添えると、右斜め上へと視線を向けて空を見つめる。
「四の家……ミナモトの赤旗が見えた、アマネスなら話が通じるだろう」
立ち塞がろうと前に出たヴォルフラムの肩を押しのけ、手をひらひらと振りながら扉に向けて歩き出す。そこへ、音もなく影が忍び寄り、背後に従った。
「レイ、余計なことをするんじゃないよ。あたし一人で行く」
「だめです」
レイと呼ばれた女は大きく首を振り、間髪を入れずに即答する。大きな背中を見つめたまま、御前に歩調を揃えた。
「カルラ様が正気をなくして暴れたら、聖国の兵も神将も皆殺し……世界が滅びます」
カルラと呼ばれた女が足を止め、首だけで振り返る。
「だから、死にに行くと言ってるんだよ」
レイは見上げるようにして視線を合わせ、じっとそらさずに言葉を返す。
「ならば――最後まで見届けます。あの世の果てまで」
「ふん、勝手にしな」
カルラは鼻を鳴らし、再び前を向く。
「強すぎる力は、人の心に恐れと妬みを生む……いつか、こうなる運命だったのさ」
扉を開け放ち、カルラは最後に一度だけ振り返った。レイがそっとその隣に並ぶ。
「御前。貴方のような御方にお仕えできたこと――このヴォルフラム、ひとりの武人として、これ以上の誉れはございませんでした」
穏やかで、しかし重い、決別の言葉。 カルラはヴォルフラムに優しげな笑みを向けた。
「すまないね、ヴォルフラム。お前は真面目が過ぎる……つまらない男だったよ」
そう言い残すと、マントを翻し、迷いなく外へと踏み出す。屋敷の玄関を抜けた先、今まさに踏み込もうとしていた聖王国軍の波へ向かい、カルラは堂々と歩み出た。
***
こうして、十三神将最強と謳われた、勇者カルラは捕らえられた。配下はことごとく処刑され、彼女自身は地下牢にて、壮絶な拷問と凌辱の日々を送ることとなる。
最初の数年間、聖都の地下には「殺せ」と泣き叫ぶ彼女の声が響き続けた。しかし、絶え間ない凌辱の果てに、地下牢を震わせていた絶望の叫びは甘い吐息へと塗り替えられていく。かつて戦場で敵をなぎ倒した強靭な肢体は、今や男たちの欲を満たすための道具となり、彼女の元を訪れる男は後を絶たなかった。
彼女の牢獄はいつしか豪奢な寝室へと姿を変え、新たに設けられた浴室には常に清潔で温かな湯が張られるようになった。囚人というよりは、愛欲の奴隷として扱われ続け――そうして、十年が過ぎた頃。
彼女はこの地下牢での暮らしに、心の底から退屈していた。
転機は、魔族の大侵攻とともに訪れた。東方より雪崩れ込んだ魔族の大軍により、聖王国軍を主力とする人間の連合軍は各地で敗走を重ね、戦線は瞬く間に崩壊する。十二人の神将のうち四人が討たれ、聖王国は窮地に立たされていた。
追い詰められた八輪教の上層部は、これまでの尊大な態度をかなぐり捨てて、カルラの前に膝をついた。そして、慌ただしく声明を発表する。
――カルラの罪は冤罪であった。
――その名誉を回復し、彼女に従って戦い、命を落とした者たちの家名もまた復活させる。
――遺族には十分な補償を行い、社会的にしかるべき地位を与える。
それらの条件を受け入れ、カルラは再び――勇者として剣を握った。
魔族との戦いにおいて、カルラは神将最強の名に違わぬ働きを見せる。魔族軍の中核を担っていた部族は壊滅し、さらに有力な氏族も次々と討ち滅ぼした。戦線を大きく押し戻し、かつて魔族に蹂躙されていた地が、人の手へと戻っていった。
そうして、勇者として果たすべき役目を終えたのち――カルラは聖王国を出奔、ユーロから姿を消す。
彼女がたどり着いた先は、遥か極東。
かつて日本と呼ばれ、今はフソウと名を変えた島であった。
***
そして今――とある傭兵団、この世界では悪党と呼ばれる集団の中で、団長と呼ばれているこの女。彼女こそが、カルラだ。
彼女の正体は、伝説や物語、宗教の中で語られるような、神に祝福された勇者ではない。
日本名:八七式甲種人型強化兵三型
個体識別名称:カルラ
英語名:A.H.E.S. Mk-III[Alpha-87]
Designation:“KARURA”
超古代文明。科学を極限まで発達させ、やがて滅びを迎えた旧文明の遺産。睡眠保存されていた甲種強化兵の、最後にして唯一の生き残りである。
他の十二神将たちは、質で劣る丙種人型強化兵の末裔たちだ。彼らは繁殖で能力と特性を受け継ぐことが出来る生物として設計され、同系統同士で交配し、劣化を抑えながら血を繋いできた存在だ。
では、人類を脅かす魔族とは何か。
それもまた、同じ時代に生み出された強化兵の系譜である。動物などの因子を遺伝子に組み込んで能力を高めた結果、人と異なる姿となった異形たち。ゴリラなど類人猿の筋力を持つ大型種「オーガ」。素早い身のこなしと、狭い空間での生活に適応した小型種「ゴブリン」。獅子や熊など、獣の因子を色濃く残す「ライカン」。そして彼らの混血種。
人間と魔族の戦いとは、かつての主を失った生物兵器と人間との、果てなき生存競争に他ならない。
ここフソウでは人間が優位に立ち、その覇権を握っている。だがそれは、平和を意味するわけではない。魔族の脅威が去ったのち、そのに残るのは人間同士の戦いだ。この地では多くの軍閥、地方の豪族が割拠し、力のみを正義とする戦乱の時代を迎えていた。
その渦中に、カルラがいる。
超古代文明の遺産。繁殖能力を持たず、後天的な改造と強化を施された――最強の人間兵器、最後の甲種強化兵。
かつては勇者、神将と呼ばれ、今は団長と呼ばれる美しい女。
人と人とが奪い合い、騙し、殺し合う。闘争によってのみ秩序が保たれる修羅の世界で――カルラは今日も、稼働している。
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