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カルラ任侠伝 ~暴力と金で乱世を喰らう、天下無双の女傑~  作者: 隣野ゴロー


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29話 山城燃ゆ

 ふと見上げると、山が燃えていた。


 祇園原の対岸には、ハンバの一族と重臣たちの武家屋敷が山裾にへばり付くように広がっている。その背後に聳える急峻な山の頂――牛頭(ごず)城はいま、劫火(ごうか)に包まれ、麓の屋敷をも巻き込んで燃え盛っていた。


 リュウドウ一族の主だった男子を(ことごと)く粛清し、残ったのは(よわい)九十に近い隠居と出家した僧侶、そして元服前の子供二人のみ。力の源泉ともいえる(さかえ)の町をはじめ、所領はすべて奪いつくし、牙は完全に抜いたはずだった。


 そのリュウドウが、わずか三カ月で大軍を率いて返り咲く。(はかりごと)の首謀者たるハンバ氏にとって、それは想像の埒外(らちがい)にある悪夢であったに違いない。


 祇園原(ぎおんばる)の川沿いに建つ松翔山(まつしょうざん)法統寺(ほうとうじ)。祭りの舞台ともなるこの古刹(こさつ)を、ゴウケン入道は牛頭城攻めの本陣としていた。


 喧騒に満ちた表の陣を離れ、庫裏(くり)の裏手へ回ると、川向こうに聳える牛頭の城山を借景(しゃっけい)とする庭園が広がっている。本来は四季の移ろいを愛でるために造られた庭だが――いま、その背景にあるのは劫火に包まれた城山。


 燃え盛る山城と屋敷群。それは儚くも凄惨な、散り際の美しさとして庭を飾っていた。


 縁側から黒煙を噴き上げる城山を静かに見つめるゴウケン。その脇へ、大柄な女がふらりと現れ、腰を下ろす。


 ――赤星のカルラである。


「この規模の城にしちゃぁ、ずいぶん早く終わったねぇ」


 ゴウケンの視線の先、燃え盛る城山を見上げながらカルラが問うた。


「あやつら、戦の備えなどまるでしておらなんだ。あまつさえ、のんきに門の普請などしておったほどよ」


 戦そのものは二刻――およそ四時間であっけなく終わった。実際に城へ籠もった兵は百にも満たぬという。ハンバの者どもがリュウドウの挙兵を知ったのは、つい昨日。ゴウケンが栄を奪還したとの報せが届いたときであった。


 そこから兵を掻き集めようにも、一夜ではどうにもならぬ……いや、正しくは時間だけが理由ではない。


 栄を通じて運ばれる赤星の生糸や蒸留酒、様々な食材、そして木製練炭といった産品の数々。それらがもたらす莫大な富は、町がシラス王家の直轄となり、オウダが代官になったことで途絶えてしまっていた。


 中には鳳財寺のお膝元、久池井まで赴き赤星と直接の取引をするものも居たが、それが叶うのは自前の運搬手段と護衛を用立てることのできる一部の豪商のみ。さらに彼らは、ここぞとばかりに暴利を貪ったのだ。


 安定的に良質な品を隅々まで行き渡らせていた、リュウドウと赤星によって整えられた流通の仕組みとは雲泥の差であった。


 ハンバ氏やシラス王家の威光よりも、実利を取る。この世界の人々は、どこまでも打算的な現実主義者なのだ。ゆえに、各町の有力者や民衆の多くがリュウドウの復権を渇望したのは、もはや必然であったといえる。


 広い情報網を持つ商人や、街道の荷役衆たち。彼らに働きかけることでなされた情報の封鎖と、事前の調略。これらはすべて赤星の軍師、コウメイによる根回しの賜物であった。


「おかげで、辺りもずいぶん静かになった。余所の連中は、取り分が少ないと文句を垂れていたくらいだよ」


 燃え盛る城を見つめていたゴウケンが、ふとカルラへ目を向ける。


「お主らはどうなのだ、カルラ」


 柄にもなく案じるような視線を受け、カルラは口の端を吊り上げて挑発的な笑みを見せた。


「昨日から手の者を潜ませておいたからね。準備は万端、結果は上々――ってところだよ」


 落城とともに戦は終わった。腕貸(うでか)しと称して参じた悪党どもにより、周辺の村や祇園原の町は一時、凄惨な略奪の坩堝(るつぼ)と化していた、しかしいまは、不気味なほどの静けさを取り戻している。


 なぜなら、組織的な戦闘の終了と同時に、ゴウケンの名で「狼藉無用」の禁令が布かれたからだ。以後の略奪や刃傷沙汰は、容赦なく首を刎ねる――リュウドウの面子を賭けた命令である。


 力こそがすべての乱世に於いて、面子を潰されて黙っている暴力組織は存在しない。


「それで、こんなところに呼び出して何の用だい」


 日に日に小さく枯れていくゴウケンの背を優しくさすりながら、カルラが問うた。


「ふむ……」


 視線を庭の一角にある庭石に向けたまま、ゴウケンは言いにくそうに口ごもる。


「実はな。セイエンの還俗(げんぞく)の儀……お主に相手を務めてもらえぬかと思うてな」


 しばしの沈黙ののち……小さくかすれた声で、絞り出すように言葉を紡いだ。


 還俗の儀。それは仏門に入った者が戒律を意図的に破り、再び俗人に――セイエンの場合は武家の人間へと戻るための通過儀礼である。


 不殺生(ふせっしょう)不飲酒(ふおんじゅ)、そして不邪淫(ふじゃいん)。すなわち、「女を抱く」という戒律破りの相手を、ゴウケンはカルラに頼みたいというのだ。


 儀式の手順はこうだ。まずは膳に乗せられた獣の肉を喰らうことで不殺を破り、同時に酒を煽ることで不飲酒の禁を破る。その後に女を抱き、その情事を他の僧侶に「見つかった」という(てい)にする。それをもって破戒の事実認定とし、名実ともに僧籍の剥奪が行われる。


 あくまで表向きのケジメをつけるための、滑稽な茶番劇であった。


 実のところ、戦乱の世を生きるセイエンは既に何人もの女を知っているし、人も殺している。それでも、正式に僧籍から離れて権力闘争の表舞台に立つためには、こうした仰々しい手続きを踏まねばならない。


 堕落し欲に塗れた本音と、清廉(せいれん)を装う建前の使い分け。そうして世に言われる権威というものは長い時を生き延び、腐臭を放ちながらもその威光を保ち続けているのだ。


 世の僧が「生臭坊主」と嗤われながら平然としていられるのも、民がそれを嘲笑(あざわら)いながら結局は権威を敬っているのも――すべては本音と建前という便利な二枚舌が、世の(ことわり)として通用しているからにほかならない。


「は? 何言ってんだい。お断りだね」


 カルラは呆れ果てたように手をひらひらと振り、そっぽを向いた。よもや断られるとは思っていなかったのか、ゴウケンはぽかんと口を開けたまま固まっている。


「なぜだ。お主とて、あやつを憎からず思うておるであろうに」


 カルラはゆっくりと振り返り、眉間に深く皺を寄せて、真っ直ぐにゴウケンを睨み据えた。


「いいかい、この色ボケジジイ。よぉく聞きな」


 ゴウケンの顔を間近で覗き込み、その深く皺の刻まれた乾いた唇に、自らの人差し指をぴたりと押し当てた。


「あの年頃の男なんてのはね、下半身が服を来て歩いているようなものさ。そんな手合いが、あたしを相手にしてみなよ。色に溺れて腑抜(ふぬ)けになるのが関の山だ。それでもいいのかい?」


 その言葉に、ゴウケンは何か思い当たる節があったらしい。目を大きく見開いて――ゆっくりと、カルラの豊満な胸元やしなやかな肢体へと視線を落とし……ひとつ、誤魔化すように咳払いをした。


「そうか、そうじゃな……あの年頃でお主を知ってしまえば、そうもなろう」


 己の若かりし日を思い出したのだろうか。ゴウケンは妙に納得した様子で、深く頷いた。


 無理もない。そもそもカルラのこの肉体は、特殊な非正規戦において最もその威力を発揮できるよう、遺伝子レベルで設計・創造されたものなのだ。


 敵地に潜伏しての諜報活動や、反政府勢力を組織しての内戦誘発などの任務を完璧に遂行するため、女という性別が意図的に与えられたのである。


 必要があれば、標的を篭絡して手駒にする。そのための極上の美貌であり、男を腑抜けにするための完成された機能(からだ)なのだ。生身の人間が、この旧文明の『究極兵器』に抗えるはずがない。


「……ならば、誰ぞ良い女をあてがってやってくれ。儂の見立てよりも、お主の目のほうが確かであろう」


 そう言って満足げに二度、三度と頷くと、「あとは任せた」とばかりにそっぽを向き、呑気に庭を眺めはじめた。


「ちっ……また面倒なことを」


 わざとらしい舌打ちをひとつ。


「わかったよ。あんたの頼みだ、それくらいは引き受けてやるさ」


 カルラは心底うんざりした顔を作りながらも、その口元には柔らかな笑みを浮かべて立ち上がった。


「それだけかい? ゴウケン」


 片眉を上げ、じろりと老将を見下ろす。


「くくく……面倒をかけるな」


 悪びれもせず、ゴウケンは低く笑った。


「今更だ……バカもの」


 呆れたように吐き捨てる声に、棘はない。


「ふふふ……お主に罵られるのは何度目かの。あまりの心地よさに、疼いてきよるわ」


 肩を揺らして笑うゴウケンに、カルラは大きな溜息をついてみせた。


「そういやあんた、そっちのけもあったね……」


 カルラはげんなりとした顔で、芝居がかったように肩を落とし……一拍の間を置いて顔を上げた。 


「とにかく、あたしは帰るよ」


 カルラはふっと笑みを浮かべ、艶のある切れ長の目を細めて、真っ直ぐにゴウケンを見つめた。


「ああ、達者でな」


 いまだ勢いの収まらぬ城山の炎をその瞳に映しながら、ゴウケンが短く応じる。


「そりゃこっちの台詞だろうに……次に会うまでくたばるんじゃないよ、エロジジイ」


 カルラは不敵に口角を吊り上げ、ゴウケンの瞳をじっと見つめ返した。


 二呼吸ほどのあいだ、視線が静かに交錯する。


 そこで言葉なき情のやり取りを終えたのか、カルラはふいと踵を返した。背中越しにヒラリと右手を挙げ、そのまま庭の裏口へと姿を消していく。後に残されたのは燃え盛る城山の炎と、ただ独りそれを見据える老将の姿だけであった。


 そんなやり取りの裏で、本陣の置かれた表の境内――天幕の内では、血生臭い首実検が執り行われていた。とはいえ、並べられるのは討ち取った首ばかりではない。生け捕りにされた敵将の詮議もまた、その場で行われる。


 誰が誰を討ち、いかなる武功を挙げたのか。軍差配役が吟味し、目付が認め、祐筆が帳面へ記す。その証を立てるために、それらの身元を証言する捕虜も同席させられていた。彼らは己と家族の助命を条件に、震える声で尋ねられた者の名を告げる。


 首実検――それは侍にとって、己の存在価値たる武功を判定するための最も重要な儀式であると同時に、弱肉強食の理が支配するこの世の縮図でもあった。


 戦の熱狂が去り、あとに残るのは勝者の凱歌と敗者の絶望のみ。見せしめのごとく無念を晒す首、縄をかけられ裁きを待つ捕虜たち。怨嗟を叫ぶ者、泥に額を擦りつけ命乞いをする者。生への執念と死者の無念が入り混じった喧騒が、寺の中に響いていた。


「ゴウケン入道ォォッ! この謀反人めがぁ! 次は貴様が討たれる番だ! 先に地獄で待っておるぞぉ!」


 ひときわ凄絶な大音声が、境内に木霊する。


 勝者には勝者の、敗者には敗者の正義がある。いずれも当人にとっては疑いなき正道であろう。だが、正義と正義が刃を交えたとき、共に並び立つことなど有りえない。勝者のみが己の正義を大義と掲げ、敗者の正義は踏みにじられ、歴史の陰として黒く塗りつぶされる。


 そして後世まで、悪として踏みつけられるのだ。


 カルラは小さく息を吐き、歩みを進めた。いまだ収まらぬ血なまぐさい風に背を押されるようにして、重厚な寺の門を抜ける。


 昨日まで門前町として賑わっていたであろう寺の参道は、敵の潜伏を防ぐために半日もかけずに破壊し尽くされ……視界の先には、日常の色を失った無惨な廃墟が広がっていた。

皆さんからの応援が、物語を続けていくモチベーションであり、最高のご褒美です。


「続きが読みたい」そう思っていただけなななら


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