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カルラ任侠伝 ~暴力と金で乱世を喰らう、天下無双の女傑~  作者: 隣野ゴロー


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28話 たたら場の女

まもなく第一部完結です。

 カルラの圧倒的な力を目の当たりにして、頬を朱に染めるたたら衆の棟梁、シズネ。


 己の身長の倍はあろうか。小柄な体躯には不釣り合いな大薙刀の柄を、ぎゅうと音が出るほどに引き絞る。眉間に薄く(しわ)を寄せ、力を込めた瞳でカルラを見つめると、自身を守るための円陣を抜け出し、壇上から血飛沫の舞う地面に向けて跳躍(ちょうやく)した。


「あっ、棟梁!」


 円陣から漏れた制止の声を置き去りに、シズネは駆け出す。(さらし)で乳房を包んだだけの白い肌を戦場の風に晒し、その口元をきりりと引き結ぶ。


「姉さま、加勢します!」


 馬の尾のように束ねた黒髪をなびかせ、大きく胸を揺らしながら必殺の間合いへと踏み込む。その面差(おもざ)しは、死すら厭わぬ覚悟を宿した、凛々しくも美しい女武者のそれであった。


「馬鹿野郎! 来るんじゃないよ、小娘!」


 不意を突かれたカルラが、驚愕に目を見開いて怒鳴りつける。


「小娘じゃありません。シズネです、姉さま!」


 シズネはそのまま悪党の只中へと躍り出ると、大薙刀を唸らせて豪快に薙ぎ払う。カルラの桁違いな強さに呑まれて足を止めていた悪党どもは、その一閃を境に我に返った。


 新たな闖入者(ちんにゅうしゃ)に気づいた男たちが、慌てて距離を取る。


「姉さまってあんた、 あたしは身内になった覚えなんてないよ!」


 カルラは近くにいた男の顔面に拳を叩き込み、続けざまにその隣の男の横っ面を、鉄扇で張り飛ばす。顔があらぬ方向に向いた哀れな悪党が、弾かれるようにして地面に転がる。


 敵の注意をシズネに集めぬよう、カルラは攻めに転じた。だが悪党どもも、飛び込んできた新手を格好の獲物と見て、押し包むように囲みにかかった。


「いいえ! 今この瞬間、ここでの御縁をもって、わたしは貴方様の妹になったのです!」


 シズネの斜め上を行く返答に、カルラは顔を引きつらせた。厄介なことになった――そう胸中で(なげ)きながらも、素早く従者へ視線を向ける。まだ敵は三十人近く残っている。ひとりでこの猪突猛進の妹を(かば)い切るのは、さすがに骨が折れる。


「ちっ! シンザ、ゴンタ! 」


 命じられるまでもなく、二人はすでに動いていた。シズネの腕は確かだが、それはあくまで稽古で磨いた強さに過ぎない。実戦の修羅場を知らない道場兵法(ひょうほう)、その大薙刀はあたり構わず荒れ狂う。


 一対一の短期決戦ならまだしも、乱戦でこの無茶を続ければ、ほどなくして息が上がって動けなくなる。


「御意!」


 シンザとゴンタは、並外れた強者であるカルラを支えてきた歴戦の従者である。二人はシズネの荒い太刀筋を瞬時に読み取り、無駄のない足運びでその死角を埋めていく。


 シズネが正面の敵に集中できるよう、背後や側面の隙を確実に潰す。大薙刀という強力な武器を存分に振るわせるため、常に優位を保たせる見事な連携。二人が地を(なら)した戦場で、シズネの旋風はさらに勢いを増していった。


「クソッ! 弓だ!」


 悪党の一人が頭を射抜かれ、どうと倒れた。数を頼みに押し込んでいたはずの悪党どもは、並外れた技量に逆に押され始め、もはや悪態をつく余裕すらない。その輪の中から、ひきつった叫びが漏れた。


 見ると、円陣の中央。赤星の猟兵が弓を構え、奥にいる女から次の矢を受け取って引き絞るところだった。


 これまで弓を使わなかったのは、飛び道具があれば悪党どもが犠牲を顧みず四方から雪崩れ込むと分かっていたからだ。いかに円陣を組もうとも多勢に無勢。押し包まれたなら、たちまち擦り潰される。


 だからこそ、あえて包囲を許していた。余裕がある限り誰も無茶はしない。カルラが来るまで持ちこたえれば勝ちなのだ。だが、弓があれば話が違う。一方的に狩られる前に飛び道具を潰す――悪党どもは一斉に雪崩れ込んだはずだ。


「くそう! 赤星ぃ! てめえら、覚えてやがれ」


 化け物じみた強さを誇るカルラ。三位一体で手堅く敵を(ほふ)るシズネと従者二人。そこへ弓矢の援護まで加わり、悪党どもはついに戦意を失った。捨て台詞を残し、算を乱して逃げに転じる。


「あんたらに同情くらいはするけどね。今度から喧嘩売るときは、相手を見てからにしな!」


 仲間の屍を打ち捨てて、男たちは這う這う(ほうほう)の体で門を飛び出していった。次の矢をつがえようとする猟兵を手で制し、カルラはその背を静かに見送る。


 張り詰めていた空気が緩み、屋敷の者達から安堵の息が漏れる。護衛の侍たちも、武器を捨ててその場にへたり込んだ。これ以上、戦いたくない……と、精も魂も尽き果てた様子だ。


「お姉さまーっ!」


 その時、大薙刀を放り出し、小柄な影が鳩尾(みぞおち)めがけて一直線に飛び込んできた。カルラは思わず息を詰まらせ、腰に腕を回してしがみつくシズネを受け止める。


「あんたさ、あたしゃ、あんたらを(さら)いに来た悪党だよ?」


「ええ! わかっておりますとも!」


「戦のどさくさに紛れた乱暴取りさね……ここから連れ出して、うちで奴隷みたいに働かせるつもりだよ?」


 シズネはいやいやと首を振り、甘えるようにカルラの鳩尾のあたりに顔を擦りつける。


「ええ! ぜひ、ぜひお連れくださいませ! お姉さまとご一緒なら、たとえ地獄の果てでも着いて参ります!」


 どうしたものかと戸惑いながら、カルラは大きく息を吐いた。そして助けを求めるように、円陣を解いてこちらへ歩み寄ってくる面々へ視線を向けた。


「シズネ様。またそのような、はしたない」


 声をかけてきたのは、年増の女だった。豊かな胸と尻を持ち、丸顔に柔和な面差し。真剣な声音とは裏腹に、細い目はどこか笑っているようにも見える。


「だって……婆や」


 さすがに婆やは言い過ぎではないか。カルラは四十手前ほどの、素朴な色気を持つ女をまじまじと見つめた。


「まずはお礼を。この度はお助けいただき、誠にありがとうございます」


 女はそう言って、深々と頭を下げる。


「乱暴取りに来ておいて、ここまで丁寧に礼を言われるなんて――なんだか妙な気分だね」


 カルラは照れたように笑い、鉄扇で己の肩をとんと叩いた。


「お礼を申し上げるのは当然でございます! あのような、妻も娶れぬ無頼の輩――あのような野獣の群れに蹂躙されるなど……想像しただけで、怖気(おぞけ)が走ります」


 年かさの女はそこで一度言葉を切り、さらに堰を切ったように続けた。


「それこそ、女子には相手にもされぬような下衆共にございます。あの手の男の情欲は底なし沼のごときもの。一度や二度で収まるはずもございません。えた餓鬼の如き(けだもの)らに、よってたかって数限りなく欲望をぶつけられるなど……ああ、想像するだに(おぞ)ましい。それに引き換え、カルラ様は――」


 これもまた地雷であったか。止まらぬ言葉の洪水に、カルラは苦笑する。そんな年増女の長口上をよそに、先に潜入していた猟兵が口を開いた。


「カルラ様。この方々は、町を出る算段を立てておられました」


 猟兵はそっと横に並び、声を落として告げる。


「へえ……どういうことだい」


 カルラが猟兵へ視線を向けた、そのとき。再び、甲高い声が割り込んできた。


「それは私からご説明いたします」


 さっきの話を最後まで言い切ったのか、それとも途中でやめたのか――それすら定かでないまま、再び婆やと呼ばれた女が口を開く。さすがのシズネもカルラから身を離し、暗い目で、じとっと年増女を見つめていた。


 カルラが無意識にシズネの頭へ手を置くと、蕾が開くようにぱっと顔がほころび、再び腹へしがみついてくる。


「シズネ様は、ハンバの殿様より側室として城へ上がるよう申し付けられたのでございます」


 腹にしがみつき、満面の笑みを浮かべるシズネの頭を、カルラは指先で髪を梳くようにして撫でる。ここまで慕われては、さすがに情も移るというものだ。


「たたら衆の棟梁を側室に?」


 こんな若い女が棟梁とは妙な話だが、血筋で後継ぎが決まる世界だ。父親が棟梁で、男子を残さずに逝ったのだろう。母親の姿も見えぬところを見ると、そちらも早くに亡くなったのか。


「我らは古くよりこの地にて、たたらの鋼を作ってまいりました。屋敷を与えられ、侍の護衛まで付くほどに――鉄の職人は、侍にとっても欠かせぬ存在にございます」


「だろうね。だからあたしも、こうして自ら迎えに来たのさ」


 年増女は一瞬、言葉を選ぶように視線を落とした。


「しかし、シズネ様はあのように可憐で美しいお方。しかも男の情欲を煽るその……立派なお身体にございます」


 そこまで言ったところで、シズネが心底嫌そうな顔をして割って入った。


「あの蛇みたいな中年男に嬲られるくらいなら、いっそ死んだほうがましよ!」


 年増女は大きく頷き、話を続ける。


「自害なさるとまで仰せでしたゆえ……我らが持つたたらの業があれば、受け入れ先に困ることはございません」


 確かにその通りだ。鉄は戦に限らず、農作業や日常生活、土木建築まで用途は幅広い。それだけに、地域の暮らしと経済を支える戦略物資。砂鉄を集め、玉鋼に仕立てられる技術者など、どの勢力でも喉から手が出るほど欲しているはず。


「そこへ、あなた様が現れたのです。これも何かのお導き。我ら一同、あなた様にお仕えいたします」


「そういうことです、姉さま! 不束者ですが末永くよろしくお願いします。もちろん! 姉さまが望まれるなら……(とぎ)も――」


 言い終える前に、ぼんと音がしそうなほど顔を赤く染め、つうと鼻血を流すと、そのまま卒倒するように後ろへ倒れ込んだ。控えていたシンザが、慌てて抱きかかえるようにして受け止める。


 それを見たカルラは眉間に手をやり、ほぐすように揉んだ。


「……どうしてこいつは、こうも残念なんだい」


 そう独り言を漏らすと、鼻血を垂らして気絶したロリ巨乳を見下ろし、深々と溜息をついた。

皆さんからの応援が、物語を続けていくモチベーションであり、最高のご褒美です。


「続きが読みたい」そう思っていただけなななら


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