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カルラ任侠伝 ~暴力と金で乱世を喰らう、天下無双の女傑~  作者: 隣野ゴロー
1章 動乱

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26話 栄の怪物

 佐伊珂(さいか)郡、小城惣牛頭(おぎのそうごず)


 栄の街から北西へ一刻。赤星の拠点たる鳳財寺からは、背振山脈の山裾を西へ半刻ほど進んだ場所――背振山地の西端にそびえる霊峰、天山(てんざん)の麓に広がる地域である。


 天山から平地へ向けて張り出した丘陵地の中で、ひときわ高く突き出した尾根がある。牛頭(ごず)と名づけられたその山を切り開き、この地を治めるハンバ氏の詰城(つめじろ)が築かれていた。その牛頭城を仰ぎ、山を囲むようにして広がる城下町が――祇園原(ぎおんばる)だ。


 ここにはハンバ氏の居館が置かれたことで古くから多くの人々が集い、文化と商いの町として繁栄してきた。


 町の中央を貫く祇園川は、鳳財寺の麓を流れる嘉瀬川の支流にあたる。両地は古来より水運で結ばれており、人や物の往来が絶えない、歴史的にも極めて縁の深い土地柄であった。


 そんな山間の小都市を、日の温もりが柔らかく包み始めた頃。


 その牛頭城から九町、約一キロほど離れた寺。その庭園に、歳月に晒され、節くれだった古木ようになった老爺(ろうや)が、背を丸めて佇んでいた。


 しわくちゃの顔の奥、落ち窪んだ眼孔(がんこう)に宿る瞳だけが、獲物を狙う鷹のごとくギラギラと鋭い光を放っている。老爺は、朝日を浴びて山上に浮かび上がる城を、ただ黙って睨みつけていた。


「少し見ない間に――ずいぶんと老けちまったじゃないか、ゴウケン」


 首の筋力が衰えたのか、小刻みに震えるゴウケン入道の頭部。その背後から、巨漢の女が姿を現し、からかうような言葉を投げかけた。


「……さんざんおぬしに搾られたからの。もはや使い物にはならぬよ、カルラ」


 老人は振り向きもせず、遠くに城を睨み据えたまま言葉を返した。


 この男こそ、リュウドウの家を地方の一領主から、王家と肩を並べる大豪族へと育て上げた張本人。リュウドウ氏族の分家当主でありながら、一族の実権を握り続ける老将――栄の怪物、ゴウケン入道その人である。


「さすがのあんたも、今回の一件は随分と堪えたみたいだねぇ」


 本人の(げん)によれば、数えで八十九歳。


「当たり前じゃ……」


 少し(かす)れたしゃがれ声が、老人の乾いた唇から漏れた。


 この世界では、赤子から幼児期に命を落とす者が圧倒的に多く、生まれた者のうち六割は七歳を待たずに死ぬ。ゆえに人々は、所かまわず子作りに励む。結果として、どの家も子だくさんになるのだ。


 だが、その乳幼児期を過ぎれば、それなりに長生きする者も少なくないため、六十、七十の老人はざらにいる。それでも、八十を過ぎて九十に迫ろうという長寿となれば、まずお目にかかれるものではなかった。


 そんな男が、つい数ヶ月前まではこのカルラを抱き、さらには今、こうして一軍を率いて戦場に赴いて、総大将を務めている。


 これはもはや、ただ事ではない。尋常ならざる執念と、枯れることを知らぬ生命力。それこそが、ゴウケン入道をして他の諸侯から怪物と恐れられる所以であった。


「手塩にかけて育てた息子を二人、そして孫までも――この儂が、自ら(はかりごと)の犠牲としたのだ」


 その声には、罪に対する懺悔(ざんげ)があった。ただ、悔いる様子はない。むしろ、成すべきを成したのだという、揺るぎない決意が滲んでいた。


「なら、最後まで……勝つしかないね」


 カルラは隣に並び、男が睨み据える城へと視線を向けた。


「セイエンに全てを託し、王国の(かせ)を食い破るんだろ? で、その先はどうする、あいつにどこまで背負わせる気だい」


 巨躯の彼女が横に立つと、縮んだゴウケンの姿はよりいっそう小さく見えた。


「それは、奴次第だな」


 ゴウケンは、まるで他人事のように呟いた。


「あれはまだ若すぎるよ。先を歩く者が導いてやらないと……」


 言いかけて、カルラは舌打ちをひとつ鳴らす。


「ああ、もう。面倒ごとが増えたじゃないか」


 腰に手を当て、恨みがましい視線をゴウケンへ向けた。


「なんじゃお主、加勢してくれるのか」


 濁った瞳がわずかに動き、カルラを見やる。痩せた頬に、かすかな笑みが刻まれた。


「ないない、国取りに興味はないっていってるだろ。あんたらの企みに便乗して、稼がせてもらうだけさ……」


 手をひらひらとさせて、首を振る。


「ただまあ、儲けになるなら……手を貸すこともあるだろうけどね」


 そう言って鼻で笑い、無造作に腕を組んだ。


 そんなカルラの横顔を見上げ、ゴウケンはふっと口角を歪めた。肩がかすかに揺れる。


「相変わらず、情の深い女だ」


 予想外の言葉にカルラは鼻を鳴らし、わずかに視線を逸らした。


「……そういや、セイエンの糞ガキは、きっちり躾けておいたよ。あんた以上の化け物だな。ありゃ」


 思い出したように放たれたその言葉に、ゴウケンの小刻みな震えが、ふっと止まった。


「お主の目から見ても、そうか……」


 濁った瞳が、再び遠くを見やる。


「ならば、思い残すことはない。これで心置きなく地獄へ行けるわい」


 老将の胸の奥から、乾いた笑いとも溜息ともつかぬ音が漏れた。その背に積もる歳月と業を払い落とすかのように、カルラは何も言わず、骨と皮ばかりの背をそっと撫でる。


「あんたには地獄すら生ぬるいよ。閻魔に嫌われて、すぐ追い返されるんじゃないのかい?」


 長い睫毛(まつげ)に縁どられた艶のある瞳が、ゴウケンをじっと見据える。


「くくく……」


 ゴウケンは喉の奥でくつりと笑い、目を細めた。


「その時はまた――今まで通り、儂と会うてくれるか」


 怪物と呼ばれる男が見せるには似つかわしくない、どこか甘えるような視線がカルラへ向けられる。


 その眼差しを受け、カルラはほんの一拍だけ黙った。やれやれと言わんばかりに天を仰ぐ。


「まったく……」


 小さく息を吐き、背を向ける。歩き出しながら、肩越しに言った。


「この強欲ジジイが……まあ、あたしの身体が覚えている間は、待っていてやるよ」


 そう言うと右手を軽く上げ、カルラは寺を後にする。そのままの足で、赤星が(たむろ)する陣へと向かった。


 朝日が冷たい白から温かな暖色に変わり、陽光が城下を照らし始めていた。


 一人は己が信念に殉じて突き進み、一人は自由のままに世界を駆ける。対極にありながら、同じ穴の(むじな)である二人の影が長く地面に伸びていた。


「さあ、稼ぎ時だよ、気合入れな!」


「「「おうっ!」」」


 整列を終えた赤星、その一個中隊の前に立ち、カルラは一人一人の顔を見渡して拳を突き上げる。


 リュウドウの旗印、それに絶対的な忠誠を誓う有力氏族。カキヒサ、サルシマ、オゴワといった豪族が手勢を率いて集い、その数は三〇〇〇を数えた。


 さらに、この軍勢の動きを嗅ぎつけた近隣の悪党どもも、「すわ合戦なり」と色めき立つ。腕貸しの名目で続々と牛頭へ集まり、早くも周辺の村々では火の手が上がっていた。


「「「えい! えい! おぉぉっ!」」」


 朝一番、恵比寿寺の鐘楼から明け六つの鐘が響き渡る。それを合図に、雷鳴のような(とき)の声を上げてリュウドウ勢が進軍を開始した。


 カルラはその旗印を見送ってから、自ら一個中隊を引き連れて整然と進発する。辺りでは野に放たれた悪党どもが前線から離れた村々を襲い、女を犯し、目先の略奪に励んでいる。カルラはそんな連中には目もくれず、整然とリュウドウ軍の後に続く。


「おぉっ! カルラの姐御。なんだい、あんたらも槍働きかい」


 進軍の道すがら、横手から気さくな声が飛んできた。


 見れば、栄の口入屋で、何度か顔を合わせたことのある男だ。用心棒や悪党たちの助っ人を生業にする、腕の立つ一匹狼たち。そんな連中が四人で徒党を組んでおり、声をかけてきたのはその頭目を務める男だった。


 従者二人を従え、赤星の精鋭一二〇名の先頭を颯爽と歩くカルラ。男はその歩調に並ぶようにして、親しげに笑いかけてくる。


「いや、あたしらは祇園原で乱暴働きさ。長く大豪族のお膝元として栄えた、由緒正しい町だからね。そこから、役に立ちそうなのを見繕って連れ帰る予定だよ」


「そうかい、そいつぁ俺たちにとっちゃ有難い。あんたらに前線へ出られちゃ、手柄を上げる暇もなく、敵が雪みたいに溶けちまう」


 男は槍を担ぎ直し、肩をすくめておどけてみせた。


「あんたらの目当ては功名かい?」


「あぁ。デカい首を上げて、リュウドウの殿様から士分に取り立ててもらうつもりさ」


「まあ、せいぜい死なないように頑張んな」


 カルラはちらりと色っぽい視線を、横に並ぶ男へ流す。


「あの怪物に、都合よく使い潰されないようにね」


 その言葉に男は大きく頷き、自信ありげに微笑んだ。


「おぉ! うまく立ち回るつもりだ」


 そう言って片手で拳を作り、「じゃあな!」と別れを告げて、自分の仲間たちの元へ駆け戻っていった。


 その直後……


「いぎゃぁぁぁっ!」


 耳をつんざくような凄まじい女の悲鳴が、街道脇の寺から飛び出した。


 視線を向けると、片足にだけ草鞋を引っかけ、全裸に剥かれた娘が門を転がり出た。土にまみれ、必死の形相で這いずるその背に、飢えた亡者のように痩せ細った男たちが群がる。あっという間に押し倒され、担ぎ上げられ、娘は再び門の内へ呑み込まれていく。


 開け放たれた門の奥に見えるのは、僧兵と武装した民、そして悪党どもが入り乱れて斬り結ぶ、泥沼の死闘。弱きものは強者に貪られる。自然界の掟そのままの、生き残りを賭けた戦いが、そこかしこで繰り広げられていた。


 その光景を目にしたカルラが、ふと、立ち止まった。


「へえ……大した女だね」


 同時に赤星の隊列が止まり、皆が彼女の視線の先に目を向けた。


 狂乱の只中で、ひときわ異彩を放つ人影があった。


 一人、二人と悪党の一味を切り捨てる女。手強いと見たのか、悪党どもは五人が遠巻きに囲み、槍先だけを執拗に突き入れている。


 上衣を無惨にはぎ取られ、腰に襦袢一枚を纏っただけの姿。振り乱した髪の隙間から覗く顔はまだ若く、少女の面影すら残している。返り血に赤く濡れた乳房をさらし、文字通り死に物狂いで暴れ狂っている。


 絶望から逃れようと必死に見開かれたその眼光は、もはや狂気に満ちた鬼の形相だった。


 手にした長大な薙刀が、唸りを上げて空を切り裂く。不用意に踏み込んだ男へ、凄まじい気迫とともに放たれた遠心の一閃。


 男の首を跳ね飛ばすかに見えたその一撃は、しかし首の半ばで骨に当たり――薙刀が止まった。刹那、赤星の兵士たちから小さなどよめきが漏れる。


 女が必死に薙刀を引き抜こうとするが、それは致命的な隙となった。深く入った刃は収縮した筋肉に捕まり、容易に抜けてはくれない。動きの止まった女へたちまち男たちが群がり、一斉に引き摺り倒した。


 美しく若い女だ、そう簡単には死なせてはもらえないだろう。


 その結末をにカルラは眉をしかめると、喉の奥を「かーっ」と鳴らし、通りに唾を吐き捨てた。そしてそのまま、何事もなかったかのように歩みを始める。


 見渡すと彼方此方で悪党が襲い掛かり、住人たちとの間で激しい戦いが繰り広げられていた。


 リュウドウの大軍は、そんな悪党たちの乱暴狼藉など知ったことではないと、まっすぐ城へ向かう。カルラもまた、粛々とその後に続いた。

皆さんからの応援が、物語を続けていくモチベーションであり、最高のご褒美です。


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