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カルラ任侠伝 ~暴力と金で乱世を喰らう、天下無双の女傑~  作者: 隣野ゴロー
1章 動乱

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25話 言わねば伝わらぬ

「推参! 推参! すいさーん!」


 カワモリの護衛二騎が、橋の上へと馬を乗り入れた。


「エサカ殿! この仕合、そこまでにして頂く! 殿、帰りますぞ!」


 若い方が声を張り上げ、エサカとカワモリの間へ強引に割って入る。年嵩(としかさ)の武者は馬上から深々と頭を下げ、一騎打ちの中断を申し出た。


「何をするか、バカモノ! 儂に恥を――うぉっ!」


 尋常の立会いを突如として遮られたカワモリは、怒りで顔を真っ赤に染め、声の主である武者をギロリと睨みつけた。怒りに任せて手にした大身槍を大きく振りかぶり、容赦ない一撃を浴びせようとした――その瞬間。


 体がぐらりと揺れた。


 膝から力が抜け、前のめりに崩れ落ちる。その背後には、いつの間にか回り込んだカルラの姿があった。右手は手刀(しゅとう)の形のまま、すっと掲げられている。


「そこまでだよ!」


 まるで稽古を締めくくる師範のような、凛として明るい声が橋の上に響き渡った。カルラは腰に手を当てて柔らかな曲線を描く豊かな胸を張り、主君の窮地(きゅうち)を救わんと躍り出た護衛の侍と、余裕の構えを崩さぬエサカとを交互に見やる。


「勝負はついた。さっさと野グソを担いで、小曲に帰りな」


 カルラが言った、そのときだった――橋の向こう、百メートルほど先に陣を張るオウダ軍をかき分け、蹄の音を響かせながら一騎の伝令が駆けてくる。馬を飛ばし、一直線に橋の(たもと)へ。伝令はそこで地に伏したカワモリの姿を認めると、顔を引きつらせて立ち尽くした。


「何事か。申せ」


 護衛の一人、年嵩の武者が問うと、伝令は馬を降りて片膝をついた。


「ははっ! 申し上げます……栄はリュウドウ勢の急襲を受け、陥落。すでに門は閉ざされ――敵の手に落ちましてございます」


 言葉を受けて、橋の上に重い沈黙が落ちる。


 エサカは得意げに胸を張ったまま、口元をわずかに緩めている。対照的に、騎兵二人はがっくりと肩を落としていた。


「……そうか」


 年嵩の武者が、肺の底にあるものをすべて吐き出すかのように、長く、重い息をついた。力なくうなだれたその背には、主に対する忠義と、やり場のない無念がのしかかっていた。


「撤退じゃ。殿の勘気(かんき)に触れることあらば、儂がその責を負う」


二人は下馬し、力なく横たわるカワモリの体を左右から抱え上げた。

 その身を馬の背へうつ伏せに乗せ、ぐったりとした体が道中の揺れで滑り落ちぬよう入念に確かめる。互いに短い視線を交わして頷き合うと、自らも素早く鞍に跨り、ひどく沈痛な面持ちのまま手綱を引いた。


「赤星のカルラ殿とお見受けする」


 馬上から声をかけた武者は、きりりと引き締まった顔立ちの偉丈夫であった。年のころは五十ほど。幾多の戦をくぐり抜けてきたであろう、豊かな経験がその落ち着きから滲み出ている。


「ああ、いかにも」


 一貫して分別のある態度を示すこの侍とのやり取りに、カルラはどこか心地よさを感じていた。


「此度の一件、かたじけなく存ずる。もし我が命を長らえることあらば、その折には改めて礼に参ろう。この場はこれにて――御免」


 男はそう言って深く頭を下げると、供回りの一騎と伝令を従え、自軍の陣へと引き返していく。


 ほどなくして、遠くから撤収を告げる声が上がり、静寂を切り裂くように引き揚げの笛が鳴り響く。主を失ったも同然のオウダ軍は、慌ただしく陣を払い、雑然とした足取りで街道の彼方へと消えていった。


「カルラ、このまま帰してよかったのかよ」


 エサカは槍を右手に、石突きを地に突き立てたまま、遠ざかる軍勢を見つめて言った。


「いいじゃないか。ああいうバカは嫌いじゃないんだ」


 カルラは意に介した様子もなく、無傷のまま引き上げていく軍勢を見送りながら、けろりと答える。


 その二人のもとへ、ヒラフがゆっくりと歩み寄った。さりげなくカルラの隣に並び、挟むような位置を取る。


「次に(ほこ)を交えるとき、彼奴の相手はカルラ殿ではなくゴウケン様。その時こそ、野グソの命運尽きる時」


 ヒラフはもっともらしいことを口にしながら、じり、と半歩近づく。視線は落ち着きなくさまよい、刀の柄に添えられた指先がわずかに震えている。


 ――今なら言えるか。


 意を決したように目元を引き締め、大きく息を吸い込んだ。


「そう言えばカルラ殿、今宵なのだが……」


 勇気を振り絞った、その一言。


「ゴウケン様よりの急使にて候!」


 ヒラフの決死の告白をかき消すように――前方から一騎の伝令が土煙を巻き上げて疾駆してきた。馬を急停止させるなり鞍から飛び降り、三人の前に片膝をつく。すぐ後ろに控えていたヒラフの供侍が進み出て、手際よく手綱を受け取った。


「ゴウケン様よりの御下知にござる! 牛頭(ごず)のハンバを討つ、小城(おぎ)の恵比寿寺へ向かうべし。出立は明朝、明け六つ」


 顔を上げた瞬間――目の前に立つカルラの(なま)めかしい姿が視界に飛び込み、伝令の武者は目を見開いたまま固まった。


 その横では、言葉を遮られた気まずさと、やり場のない憤りで完全に言葉を失ったヒラフが、こめかみに青筋を浮かべて使者を睨みつけている。エサカはというと、顔を真っ赤にして肩を震わせ、必死に笑いをこらえていた。


「ぶふふふっ! 承知した、使者大儀である。あちらで休んで行け……ぶぁっはははは!」


 エサカがとうとうこらえきれずに吹き出した。それを見たヒラフは、太刀の柄をみしりと鳴るほどに握りしめると――嘲笑を浴びせる相棒と、立ち尽くす不運な使者へ向けて、凄まじい殺気を膨らませた。


「それで、何だい? ヒラフ。いま、あたしに何か言おうとしたんじゃないのかい?」 


 一触即発の空気を断ち切るようにカルラがヒラフへと向き直り、こてんと首を傾げてみせた。


「だぁぁぁっはっは! カルラ、そりゃねぇぜぇ! がははははは!」


 腹を抱えて大笑いするエサカに光を失った亡者のような瞳を向け、ヒラフは呪詛のように恨み言を呟き始めた。


「お、おのれ貴様……この儂に恥をかかせおってからに。万死ではすまさんぞ……」


 怨念のこもった凄まじい視線を向けられ、使者は何が何だか理解できず、周囲の侍たちへ助けを求めるように、不安げな視線をさまよわせている。


「いいよ、あんたは関係ない。さっさと向こうへ行って、飯でも食ってきな」


 カルラが手をひらひらと振って使者を退散させ、ヒラフに向き直る。目元に優しげな笑みを浮かべ、怒りに肩を震わせる彼を包み込むように、その大きな身体でそっと抱きしめた。


「そういや、あんただけまだだったね。いいよ、この戦が終われば……ね」


 子をあやすような甘い声で、カルラはヒラフの耳元へそっと囁いた。そのままヒラフの背中をトントンと二度叩いて身体を離すと、今度はエサカの頭をばしんと容赦なく叩きつけ、自らの配下である赤星の陣へと歩き出す。


「いてぇ! 何すんだカルラ!」


「あんたの態度がむかついたんだよ。文句あるかい!」


 振り向きもせずに言い捨て、軍勢の前を悠然と通り抜けていく。そのあまりに美しく、凄艶(せいえん)な立ち姿に、居並ぶ兵たちが一斉に息を呑む気配がした。


「ムサシ! 輜重(しちょう)の者は資材をまとめて撤収、船で久池井(くちい)へ返せ。中隊はこのまま腕貸しの戦だ! 牛頭の城下、祇園原(ぎおんばる)の町へ乱暴取りに押し込むよ!」


 陣へ戻るなり大声で指示を出すカルラの傍に、すかさずシンザとゴンタが甲冑(ひつ)を持って駆け寄り、彼女の身体に手際よく小袖を着せ、袴を重ね、鎧直垂と……その身体に甲冑を纏わせていく。


「ははっ!」


 ムサシが進み出て、一五度の角度で頭を下げた。


「猟兵は先行してめぼしい職人に当たりを付けとくんだよ! 古い町に押し込むんだからね、大工、鍛冶、紺屋(こんや)紙漉(かみす)き、陶芸……腕のいい職人を一〇人は連れ帰りたいね」


 腕貸しとは、おもに悪党と呼ばれる武装集団が勝手に戦に参戦して略奪の限りを尽くす行為を言う。この島の統治者の間では、悪党などただで使える便利な傭兵くらいの認識しかなかった。


「どの職に重点をおきまするか」


 質問したのは、猟兵一個分隊二〇名、ここにつれてきている赤星の特殊部隊、その分隊長だ。


「何でもいいよ。職人は何人居ても困らないからね。それよりも、何か困りごとを抱えている奴がいい。助けてやれば、忠誠心が芽生えるじゃないか」


 カルラは肩をすくめ、にやりと笑う。


「畏まりましてござる――しからば、参ります」


 分隊長がたちあがると、音もなく猟兵の分隊が列を整える。


「ああ、そう急がなくてもいいよ。町に着いたら、ゆっくり飯でも食いな」


 そう言って、カルラは猟兵の分隊長へ、銀貨の詰まった巾着を惜しげもなく投げ渡した。


「カルラ殿、其方が来てくれるとは心強いな」


 ヒラフが転進の準備を進めるために陣に戻ると、赤星が(たむろ)する場所までやってきた。


「なに言ってんだい、侍同士の戦はそっちでやっとくれよ。あたし達はいっちょ噛み、稼がしてもらうだけさ」


 カルラはそう言って、悪びれる様子もなく屈託のない笑みを向けた。


 こうしていつもの街道に、普段通りの静けさが戻って来る。


 この戦いは、昨今の戦では稀な、将による一騎打ちで終えた戦いだ。その特異な結末と、新たな国家が産声を上げる大きな発起点として、後世に語り継がれていくことになる。


 同時に、筑州(ちくしゅう)の勢力図を大きく塗り変える騒乱への第一歩であった。


 三人の将は、それぞれの思いを胸に、次なる戦場へと向かう。長く激しい乱世の幕が、今まさに上がろうとしていた。


皆さんからの応援が、物語を続けていくモチベーションであり、最高のご褒美です。


「続きが読みたい」そう思っていただけなななら


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