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カルラ任侠伝 ~暴力と金で乱世を喰らう、天下無双の女傑~  作者: 隣野ゴロー
1章 動乱

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18話 血の気が多すぎる

 見下ろす海岸線は、カルラの記憶にある日本地図よりもずっと内陸へと食い込んでいた。


 この時代の地球は、彼女の知る旧文明時代に比べて随分と温暖なようだ。海面水位の上昇によって低地は水没し、フソウの地形は大きく様変わりしてしまっている。


 いまだ強力な中央集権国家が存在せず、険阻な山道が続くこの地では、満足な街道の整備など望むべくもない。陸上の輸送は人力か馬の背に頼るのが関の山であり、結果として、大規模な物流の主役はもっぱら水運が担うこととなった。


 海を渡ってきた各地の積荷は、河口の港で小型の川船へと積み替えられて川上の地へと運ばれていく――その逆もまた然り。


「川下を領する者は、川上を制す」と言われる所以だ。川下の勢力が、上流の経済を実質的に支配していると言っても過言ではなかった。


 北の嘉瀬川、西の六角川、そして東の筑後川。広大な平野を縫うように流れ、山と海を結ぶ大河。それらの水運を結ぶ結節点(けっせつてん)に位置する商業都市。それが栄の町である。


 本庄江川を通じて嘉瀬川河口の海船の拠点――与賀の港へと通じ、さらに南東には運河で結ばれた早津江川が流れ、そこから筑後川を下れば諸富の海港へ出る。幾筋もの水路が交わるこの地は、海と内陸を結ぶ物流の要所であった。


 ゆえに古くから水運業で栄え、各地の物資が集まり、数多くの商人と職人が居を構える。この地はまさしく、シラス王国内では最大の商都として栄えていたのである。


 しかし、突然の領主の交代。そして何より、カルラが持つ旧文明の叡智によって生み出されていた『赤星』からの交易品が止められたことで、その勢いには明らかな陰りが見え始めていた。


「栄に品が入らないのであれば、鳳財寺の門前町である久池井(くちい)まで買い付けに行けばいい」


 そんな声とともに、栄の商人たちはこぞって『久池井詣で』を始める。そして久池井の町に次々と店を構えだしたのだ。結果として、活気に沸く久池井の町とは対照的に、栄からはかつての賑わいが失われ、どこか閑散とした空気が漂うようになっていた。


 一方、シラス王から直々に栄の代官として派遣されたオウダ・スクネは、かつての栄とは明らかに見劣りする現状の理由を問い詰められ、完全に行き詰まりを見せていた。


そんな、のどかでうららかな春の日和のことである。


 夢幻山鳳財寺の山門を、周囲に重苦しい苛立ちを撒き散らしながら、ひどく陰気な武士の一団がくぐり抜けた。


「カルラ、客が来とるぞ」


 この日、赤星の棟梁であるカルラは、夢幻山鳳財寺の座主(ざしゅ)、“ジジイ”ことジエイ僧正の呼び出しを受けて寺を訪れていた。


 通されたのは鳳財寺の客殿、その大広間。開け放たれた戸の先には、巨大な池を中心に多様な植物や苔むした巨岩を配した、見事な池泉庭園(ちせんていえん)が広がっている。それを見ただけでも、この寺の底知れぬ財力が(うかが)い知れた。


 上座に座るのは、夢幻山座主ジエイ大僧正。その一段下がった畳の上で、二人の人物が向き合って相対している。ジエイから向かって左にカルラ、右に客人の男だ。


「お初にお目にかかる。小曲(こまがり)城が主、オウダが家人(けにん)、カウチ・トヨホ――と申す」


 眼の前でかしこまり、両手をついて深く頭を下げる男。深い青が鮮やかな濃紺の直垂には、白で洲浜(すはま)の紋が抜かれ、下は動きやすさを重視した平絹(ひらぎぬ)(はかま)。総髪を後ろで結い、烏帽子を被って腰には太刀を()いている。


「これはご丁寧にどうも。あたしは赤星のカルラ……この見てくれだ、あえて名乗る必要も無いと思うけどね」


 対するカルラの出立ちは、このフソウでは珍しい女武者然とした動きやすそうな服装。深い赤色に白い蝶を散らした華やかな小袖に、純白の陣羽織。背には西洋剣を図案化した聖剣の赤十字レッドクロスが描かれている。細めの黒い前衿(まええり)の最上部には白い蝶がひとつ。


 足元は脚絆を巻いた括袴(くくりばかま)に、足袋を履いている。身につけている得物は、普段遣いの鉄扇を腰帯に差していた。


「これっ! カルラ! 礼に(のっと)った挨拶に対し、なんじゃその態度は」


 ジエイがたしなめるが、カルラは意に介さない。


「あたしはあたしさ、今さら取り繕ったってどうにもならないよ」


 ちらとジエイに視線を向けて面倒くさそうに言い捨てると、口の端を吊り上げて挑発的な視線をトヨホに向ける。着崩(きくず)して胸元の大きく空いた小袖から、深い谷間を見せつけるようにぐっと前に乗り出した。


「で、いまさら何の用だい、オウダの使者殿……」


 不敵な視線をぶつけられたトヨホの(まなじり)が、ぴくりと動く。眉間に険しい(しわ)が寄り、畳の上の拳がぎゅっと握りしめられた。


「ならば、単刀直入に申し上げる」


 太い眉を怒らせ、目に力を込めてカルラを睨み据える。大きく息を吸い込み、静かだが、よく通る声で彼は問うた。


「なぜ、(さかえ)への荷を止められたのですかな?」


 両の拳を深く畳に突き、両腕を突っ張るようにして胡座のまま顔を上げた。(いかめ)しい顔でカルラを睨みつけて微動だにせぬその姿は、見事な武者振りである。


「何故も何も……あれは、赤星とゴウケンとの商いさね」


 カルラは薄い笑いを浮かべて身体を起こすと、右手をひらひらと振りながら苦笑を漏らした。


 かつての栄の町――そこには、先代の主であるリュウドウ家の実力者、ゴウケン入道とカルラとの間に結ばれた確かな約定があった。


 栄に持ち込む全品目に関税を支払う代わりに、港湾施設の自由な利用と栄の商人たちとの自由な取引を認めること。そしてカルラが主導してリュウドウ家の絹織物業を産業として育成し、生糸を適正価格で卸すという、互いの利害を一致させた共存共栄の契約だ。


 最初は、彼も野蛮な封建領主そのものだった。武力に物を言わせて矢銭を要求し、赤星を攻め滅ぼして事業を簒奪(さんだつ)、中で働く皆を奴隷にしようとさえ目論んでいた。カルラが一騎当千の猛者であっても、数千の兵で囲まれ、断続的に攻めらたてはたまったものではない。


 自身が討たれるようなことはないが、おそらく拠点を維持することは難しい。仮に維持できたとしても、物流を抑えられている時点で商いの規模が限定されてしまう。


 だからカルラは、そんな男を自らの身体を餌に(ねや)へと誘い、幾晩もの寝物語を通じて「商売のなんたるか」を叩き込んだのだ。文字通りの手取り足取り、ひと肌も二肌も脱いだ地道な教育の末に、ようやく実った蜜月を、オウダの軍勢は無情にも踏みにじったのである。


「ならば話は早い。我らを新たな客として、商いをしてもらいたい!」


 トヨホが、さらにずいと前にするようにして詰めより、武辺者らしい気迫の籠もった大声で迫った。


「はぁ? 何を言い出すんだい、藪から棒に」


 カルラはフンと鼻で笑い、小馬鹿にしたように目を細める。


「あんた、自分が何を言ってるか分かってるのかい?」 


 彼女は再び身を乗り出し、トヨホの力強い眼差しを正面から見返した。


「商売ってのはね、積み上げた信用の上に成り立つもんだ。力ずくで椅子を奪い取った泥棒に、はいそうですかと大事な商品を託す間抜けが、この世界のどこにいるんだい」


「……ならば、我らにどうせよと申すのだ」


 トヨホの声が低くなる。彼にとって、眼前の女はどこにでも居る悪党の長に過ぎなかった。商才に長けているとはいえ、所詮は美貌を武器に男を腑抜けにして操る悪女――そう(たか)を括っていたのだ。


 しかし、いざ相対してみると、思い通りにならぬどころかこちらの喉元に匕首(あいくち)を突きつけてくるような物言いに、猛烈な焦燥が込み上げる。行き場のない怒りに、畳の上の拳が微かに震えていた。


「それはそっちが考えることだろうに」


 カルラは突き放すように言うと、片膝を立ててその膝に自身の肘を乗せ、手の上にゆったりと顔を乗せた。


「まあ、安心しなよ。栄の商人たちはみんな律儀なもんさ。わざわざ久池井まで足を運んでくれるんだ。お陰でうちの門前は大賑わいだよ」


 そこで一度言葉を切ると、唇の端を吊り上げ、顎をしゃくって上座のジエイを示した。


「今まで栄に払ってた関税分も、そのまま価格に上乗せしてるからね……なあジジイ、まさに坊主丸儲けってやつさ」


 言い切った瞬間、「ごほんっ!」と、上座から咳払いが聞こえた。見ると、ジエイが鬼のような形相でカルラを睨みつけている。


 ちらりとジエイを見やったカルラは、いたずらを見咎められた子供のような笑みを浮かべ、悪びれる様子もなく薄紅の舌をぺろりと出した。そのままからかうように片目をつむり、艶っぽく肩をすくめてみせた。


「そういや、地獄の沙汰も金次第、って言葉もあったっけね」


 続く言葉にジエイが何かを言おうと腰を上げそうになったその瞬間、凄まじい武人の咆哮(ほうこう)が空気を叩き潰すようにして爆ぜた。


(ふざ)けるな! 無礼千万(ぶれいせんばん)、我らを侮りおってからに!」


 トヨホが吠えた。右足がだんと立てられ、その右手が太刀の(つか)へと伸びる。目にも留まらぬ速さで放たれる、居合の初撃。しかし次の刹那、引き抜いた白刃を振り抜くよりも早く、鈍い鉄音が座に響いた。


 ――ガシャン!


 重い衝撃に、トヨホの手から太刀が(こぼ)れ、畳の上に無様に転がる。


「短気は損気……商売の(ことわざ)だよ。覚えておきな、田舎侍」


 そこには、先程までの艶然(えんぜん)とした笑みを消し、冷徹な瞳でトヨホを見下ろすカルラ。手には、いつの間にか抜き放たれた鉄扇が握られている。


「まったく、いつもいつも……カルラよ、お主、もう少し穏便に話はできんのか」


 情けない声がした方に目を向けると、布で頭の汗を拭いながら、腰を抜かしたようにへたり込むジエイの姿があった。その時、屋外でも争うような物音が響き、やがて僅かな衣擦れの音とともに、一人の男――シンザが部屋の入口に膝を突いた。


「カルラ様。これなる男の連れ共が狼藉に及びましたゆえ、(ちゅう)しましてございます」


 トヨホの咆哮を聞いて、何かあったと察した彼の手勢が暴れたのだろう。


「……殺したのかい?」


「はっ。一人残らず」


 シンザの淡々とした報告に、カルラは心底呆れたように溜息をつき、がっくりと肩を落とした。


「なにやってんだい! もうちょっと穏便にカタを付けられないのかい、まったく……なんでこう、うちの連中は揃いも揃って血の気が多いのかねぇ」


 手のひらをひらひらと振って「去れ」と命じるカルラ。その背中に向かって、ジエイが呆然とした面持ちでボソリと呟いた。


「カルラ。お主がそれを言うのか……?」


「あたしゃ殺してないよ」


 カルラは事も無げに言い捨てると、(いま)だあぐらをかいたまま呆然自失としているトヨホに視線を戻した。


「……貴様ら、使者に対してこの仕打ち。ただで済むと思うなよ!」


震える声で凄むトヨホに、カルラは小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。


「何を言ってんだい――先に抜いたのはそっちだろうに」


さて、どう出るのかね……値踏みするような視線をトヨホに向け、右手に持つ鉄扇で自身の肩をとんと叩いた。 


「まあ、やっちまったもんはしょうがない。来るなら来なよ。いつでも相手になってやるからさ」


激しいやり取りで小袖の胸元は大きく乱れていたが、カルラはそれを隠そうともしない。開いた衿からその谷間を見せつけるように胸を張り、冷たく見下(みくだ)すようにして言い放った。


「おい! 『お客様』のお帰りだ。今度は殺すんじゃないよ。丁重にお見送りしな!」


「はっ!」


 見事に重なるシンザとゴンタの声。


 こうしてトヨホは赤星の兵たちに追い立てられるように、静まり返った鳳財寺を後にした。その瞳には、暗い憎悪の光が宿っている。


 怨念の籠もった眼差しで最後にもう一度だけ山門を見上げると、彼は重くゆっくりとした足取りで山を下った。

皆さんからの応援が、物語を続けていくモチベーションであり、最高のご褒美です。


「続きが読みたい」そう思っていただけなななら


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