17話 赤星
ここで、カルラ率いる「赤星」という組織について少し触れておこう。
まず、この赤星の棟梁であるカルラ。彼女自身の素性や生い立ちについてはすでに述べた通りだが――では、そのカルラが束ねるこの集団は一体何者なのか。
一言で表すならば、それはあらゆる事業を統合した複合事業体(財閥)である。産物の製造から流通、そして小売りにまで大きな影響力を持つ産業体でありながら、自らの莫大な利権を守るための強力な私兵を擁している。
さらに彼らは筑州屈指の大寺、夢幻山鳳財寺の門徒衆という確固たる社会的立場と後ろ盾を持っていた。これにより、各地の王や豪族といった世俗の権力とは異なる立ち位置で、組織としての正当性を確立している。
ただの無頼ではなく、寺の事業体として一目置かざるを得ない存在なのだ。
また、私兵は旧文明で言うところのPMC(民間軍事会社)や傭兵団の顔を併せ持つ、独立した存在だ。このフソウの島、この時代における言葉で呼ぶならば、それは正しく悪党と呼ばれる異端の武装集団であった。
そして、この赤星という組織を支えるために、カルラの下には二人の男がいる。
一人は軍事部門の最高責任者たる軍師コウメイ。もう一人は、内務や産業のすべてを統括する内務尚のショウカである。
軍師コウメイは、筑州東北部を支配するオウベ氏の支族、代々兵を束ねる将軍職を務めた名門の出だ。幼少の頃より類まれなる才を見出され、神童と持て囃された秀才である。
しかし、今から六年前に起こった家督相続を巡る騒動の中で、主と仰いだ皇子が失脚。その余波を受けて大逆の謀反人として死罪を宣告された彼は、故郷を出奔、逃亡の果てにカルラに拾われた。現在、齢二十七。
一方のショウカは、筑州最大の貿易港として栄える姪ノ浜の豪商で、その実力でもって丁稚から若くして小頭と呼ばれる番頭にまで上り詰めた異才である。
だが、あまりに美しい妻を娶ったがゆえに運命が狂った。主人に妻を見初められ、差し出すよう強要されたのだ。もちろん彼はこれを拒否。結果として刺客を放たれ、九死に一生を得る事態となる。
さらに悪いことは重なるもので、その事実を知った妻は夫の命を案じ、内緒で自ら主人のもとへ身を投じてしまった。
愛する妻を奪われ、絶望の淵に立たされたショウカは姪ノ浜を出奔。背振の山に籠もり、過酷な修行で妻の面影を断とうとするも、どうしても未練を捨て去ることはできなかった。ついに絶望して川へ身を投げたところを、瀕死の状態でカルラに拾われたのである。
彼もまた幼少の頃より俊英として注目を集めた算術の名人。豪商の番頭として大陸貿易の実務にも携わり、この世界の商業の真髄を知る男だ。この年、齢二十九。
これら二人の稀代の天才を両翼に従えつつ、この弱肉強食の乱世において赤星の存在を決定的に際立たせているのが、精強で知られる軍事部門であった。
その成り立ちは、シラス王国との荘園を巡る争いで壊滅状態に陥っていた鳳財寺の門徒兵を、カルラがその手で新たに作り直したものである。
そんな彼らの強さの秘密――それは、カルラ個人の武勇もさることながら、何よりもまず、異様なまでの団結の強さにあった。
カルラは、かつて寺が営んでいた孤児院を数十倍の規模にまで拡大し、巨大な育成施設を運営している。戦場で拾われた子、あるいは望まぬ妊娠の果てに寺へ預けられた子。常に千を超える子供がここで養育され、様々な基礎教育を施されていた。
彼らは幼少の頃から戦闘の技術や集団行動、さらには闘争の知識を徹底的に叩き込まれる。その過酷な選別の中で、兵士として高い素養を認められた者だけが、精鋭「赤星の兵士」として取り立てられるのだ。
施設で暮らす子供らにとって兵士に選ばれることは無上の誉れであり、彼らは幼い弟分たちの羨望を一身に集めるヒーローでもあった。
施設を預かるキヌエを中心とした女衆を母とし、カルラを父のごとく慕う。共に育った者たちは皆、血を分けた兄弟も同然であった。血縁を超えた家族という名の強固な連帯。その絆こそが彼らの強さの源泉である。
ゆえに、兵士たちは愛する弟妹のため、そして親にも等しきカルラのために命を惜しまず、戦場にあっては兄弟に無様は見せられぬという己の矜持に従い、限界を超えた働きを見せるのだ。
そこへ、カルラがもたらした旧文明の軍制が組み込まれる。徹底した教練により一矢乱れぬ集団行動を可能としたその練度は、周辺の勢力とは一線を画していた。
赤星のもう一つの強さの秘密。それは、幾百年の歴史を先取りした、極めて高度な軍組織の在り方にあった。
現時点における赤星の総兵力は、三個中隊、約四〇〇名。その階層構造は、旧文明の合理的軍制に基づき、厳格に定義されている。
・組(最小単位):五名
・班:二組(一〇名)
・分隊:二班(二〇名)
・小隊:二分隊(四〇名)
・中隊:三個小隊(一二〇名)
特筆すべきは、歩兵の最小単位である組の武装編成だ。
汎用性の高い素槍兵三名を中心に、高度な技術で敵を翻弄する片鎌槍兵一名、そして近接戦で無類の破壊力を誇る大薙刀兵一名。常にこの五名が連携し、乱戦においても常に数的優位を確保して、敵を蹂躙する。
この徹底した集団戦法こそが、個の武勇を尊ぶ既存の侍たちを圧倒する赤星の真骨頂であった。
さらに、小隊はその専門性によって三種の兵科に大別される。
・歩兵小隊(四個):戦線の維持と突破を担う主力。
・弓兵小隊(二個):遠距離からの制圧・支援攻撃を担う。
・猟兵小隊(二個):斥候・撹乱・暗殺などを担う特殊部隊
・工兵小隊(一個):陣地構築や架橋など土木建築の専門家
これら九個小隊は三つの中隊に振り分けられ、第一・第二中隊は「歩兵二・弓兵一」の直接戦闘構成、第三中隊は「猟兵二・工兵一」という特殊な構成となっている。
ただし、これらはあくまで基本編成上の所属に過ぎない。実戦に際しては、班単位で柔軟に解体・再編され、戦況に応じて最適な兵科を組み合わせた任務部隊が編成されるのである。
さらに、赤星の組織運用を盤石にしているのが、徹底された階級制と次席継戦制度である。ここフソウの軍勢は、将が討たれれば即座に烏合の衆と化すのが常であった。しかし赤星は違う。
それぞれの階級順位が明確にされ、各級ごとの専任順までもが定められている。指揮官が斃れた瞬間に、淀みなくその権限が下位へと移譲されるよう訓練されているのだ。頭を潰しても組織は死なず、機能し続ける。この継戦能力もまた、敵対するものにとっての脅威であった。
しかし、この鋼の如き頑健さを誇る組織にも、唯一にして最大の急所が存在する。それは、組織の象徴であり、兵たちの精神的支柱であるカルラその人の欠落だ。
彼女は単なる指揮官ではない。兵士全員の父であり、英雄であり、赤星という生命体の心臓そのものである。もし万が一にもカルラが討たれるようなことがあれば、狂信的なまでの忠誠は行き場を失い、その士気は根底から崩壊するだろう。
合理的かつ近代的な軍制と、一人のカリスマに殉じる前時代的な熱狂。この相反する二つの要素が奇跡的なバランスで同居していることこそが、カルラ率いる赤星が、この時代において比類なき強さを誇る理由なのだ。
また、兵の適性に漏れた者たちも、決して見捨てられることはない。
彼らは赤星が営む多種多様な事業へと配属され、それぞれの適性に応じた道へと進む。そして有事となれば、皆が武器を取って立ち上がる予備役としての力も内包している。いざ動員があれば、たちまちのうちに千を超える訓練された兵士へと変わるのだ。
また他にも、小僧として寺で修行を積み、僧侶となって各地の末寺へ赴く者もいた。
そうして各地に根を張った末寺は、赤星の耳目として情報を集め、あるいは新たな商いの道を開く拠点となる。こうして赤星の影響力は、毛細血管のごとく各地へと浸透し、拡大を続けていくのである。
カルラがこの地に根を下ろし、赤星を立ち上げてから八年。門前の市に溢れる交易品で富を築き、その富を背景に各地の権力者に取り入ることで力を得て末寺を増やす。少しずつ、各地に鳳財寺と末寺を結ぶネットワークがその形をなし始めていた。
そんな赤星が手掛ける事業は、いま現在でも多岐にわたる。
フソウには存在しない独自の製法で生み出される蒸留酒。旧文明の知恵である分業制と生産ラインを導入した製糸紡績業。そこで生み出された生糸を織ることで高価な絹を生み出す織物業。
山を管理する林業と、伐採した木々を加工する製炭業。特に、炭の粉を糊で固めた木製練炭は、エネルギー革命とも言える利便性で栄の町をはじめとしたシラス王国の市場を席巻しようとしていた。そして今、彼らは椎茸の人工栽培という新たな事業にも手を伸ばしている。
赤星の成長は止まることを知らない。その潤沢な資金はフソウの経済を飲み込み、やがては政治の趨勢をも動かしていくことになるだろう。
今はまだ、辺境に潜む一組織に過ぎない。しかし、やがフソウ全土を呑み込む巨大な奔流へと育つべく――今はただ静かに、その力を蓄えていた。
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