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カルラ任侠伝 ~暴力と金で乱世を喰らう、天下無双の女傑~  作者: 隣野ゴロー


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16話 垢落とし

「ちょっとお侍さん! あたしゃ、この村の悪党どもに用事があるんだけどねぇ! そこを退いて、道を開けてくんな!」


 そこは、どこにでもある山あいの寒村だった。


 十ほどの粗末な家屋敷が、互いに肩を寄せ合って建つひっそりとした集落。その入り口、両脇を薄暗い林に挟まれた細い小径に、女にしては低く、それでいて酷く艶のある声が唐突に響き渡る。


 山の麓から登る急斜面は、途中で緩やかな丘陵へと姿を変える。その開けた傾斜地には、長い年月をかけて築かれたであろう見事な石垣と棚田が幾重にも連なっていた。その先、左右から尾根が集落を隠すように張り出し、林の隙間を縫うようにして村へと続く一本の小径が伸びている。


 その林の影から、整然と隊列を組み、見事に統制された兵士の一団が姿を現した。甲冑が触れ合う金属の音が規則正しく響き、自分たちの存在と、その練度の高さを誇示するように山間に轟く。


 先頭を行くのは、戦装束に包んだ肢体を見せつけるようにして歩く、大柄な女戦士だ。一歩踏み出すごとに、その身からはむせ返るような色香が放たれている。村の入口を固める侍たちは、その(あで)やかな姿に思わず釘付けになり、息を呑んだ。


 女は鮮血色の硬革鎧に身を包み、黒地に金の縁取りが施されたマントを風に大きく翻す。腰まで届く艶やかな黒髪は、その威風堂々たる歩みに合わせて妖艶に踊る。腰には身幅の広い無骨な太刀を佩き、右手には一尺七寸――約五十センチはある長尺の鉄扇が握られていた。


「げ、げぇっ!? なんでこんなところにカルラが出張ってきやがんだよ!」


 悲鳴のようなその声に呼応するかのように、カルラの背後に続く赤星の兵たちが、一斉に竹束を並べて盾の壁を築き、ピタリと歩みを止めた。そんな中でただ一人、カルラだけが悠々とした足取りで、入り口を固める侍たちへと歩み寄っていく。


「あたしらは鳳財寺に寄宿する悪党さね、檀家(だんか)の衆に泣きつかれちゃ放っておくわけにもいかないじゃないか」


 艶然(えんぜん)と笑いながら歩みを進める彼女の前に、鉢巻に胴丸、兜を外して顔を晒した侍が三人、行く手を遮るように姿を表した。手には八尺、約二・五メートルほどの素槍を持っている。


「ま、まて! 鳳財寺の荘に手を出したってのはどういうこった」


 その先頭に立つ男が、カルラを制するように右手を上げ、手のひら付き出して問いを投げかけた。その顔には、明らかな焦りの色が浮かんでいる。


「この村の衆が(ふもと)の村で拐かしをやってるそうじゃないか。おまけに談判に押し寄せた連中を、あんたらが蹴散らしたんだって?」


 ざわり……と、事前の情報通り三〇人ほど居る侍の間に同様が走った。同時に、弓を持つ者の内、七、八人が矢を番え、ぎりと弓を半ばまで引いた。まだ弓をおろしたまま構えはしていないが、熟練の弓兵ならば、ここから矢を放つまでに一拍の間もかからない。


 しかし、問答の間もカルラの足は決して止まらない。それどころか、歩幅や上体の揺れを精緻に操作し、相手に気取られぬよう僅かずつ歩く速度を早めて距離を詰めていた。正面から見ている者は、その変化に気づかない。ただ、背でたなびく黒髪だけが、その揺れを大きくしていた。


 いかに優れた弓兵であれ、この距離から速射で二の矢を放つのは至難の業だ。通常、立て続けに矢を放つ熟練者は、弦を引く手の指に二本、三本と次の矢を挟んで構える。だが、彼らの矢は背負われた矢筒の中。今、弦に番えられているのは一矢のみであった。


 カルラと相対したことのない若い兵が、その得体の知れない重圧に耐えきれず、ふっと弓を立て、射撃姿勢に入ってしまった。


「まて! 矢を向けるんじゃない!」


 慌てて制止の声が上がるが、もう遅い。その一挙動が引き金となり、つられるようにして他の五人も反射的に弓を引き絞った。


 瞬間、カルラが手にした一尺七寸の鉄扇を、じゃらり、と大きく開いた。


「ふふふ……殺る気になってくれたんだね、あたしゃ嬉しいよ」


 (ねや)の女が男を睦言(むつごと)に誘うような、甘く囁く声。その余韻を置き去りにするように、カルラは爆発的な速度で地を蹴った。


 放たれた矢は六本――開かれた鉄扇は、直径にしておよそ九十センチの鉄の盾と化す。彼女は疾走の勢いを殺すことなく、自身に当たる矢だけをその鉄扇で弾き落とした。


 二呼吸――ほんのわずかな時間で、カルラは敵が並べた矢盾を軽々と跳び越える。空中でがちゃりと鉄扇を乱暴に閉じると、着地と同時に大地を踏み抜くようにして踏み込む。


 標的は、最初に矢を放った若い弓兵。回避する暇などあるはずもない。眼前まで迫ったカルラの腕が目にも留まらぬ速度で振りぬかれ、硬く閉じられた鉄扇が男の顔面を叩く……湿気を含んだ鈍い音と、熟れた瓜が弾けるような破裂音。


 鉄の塊を叩きつけられた男の頭部は下顎だけを残して弾け飛び、鮮血と脳髄を周囲へと容赦なく撒き散らした。


「くそっ! 離れろ、遠巻きに囲んで弓で射殺せ!」


 まともに斬り合っては勝ち目がない。熟練兵の悲痛な叫びがあたりに響く。若い侍たちはそれに釣られて反射的に距離を取ろうとするが、カルラはすでに次の獲物へと牙を剥いていた。


「もう遅いよ、愚図」


 足をすべらせ、左手を地に着くことで勢いを殺し、素早く隣にいた弓兵の懐へと潜り込む。無造作に伸ばされた左手が、男の顔面――こめかみをわしづかみにした。


 男が慌てて矢を放とうとするより早く、カルラの腕が軽く捻られる。ぐりゅっと湿った音が首から漏れ、男の(あご)は不自然に真横を向いた。


 直後、飛来する三本の矢。カルラは頭を掴んだまま(むくろ)を盾にし、矢はその背へ深々と突き立つ。カルラが手を離すと、男は白目を剥いたまま糸が切れたように崩れ落ちた。


 息を着く間もなく次の得物へ迫ろうと腰を沈めたカルラ。そこへ、後退する弓兵を庇うように、薙刀を構えた男が立ち塞がる。カルラは止まらず突っ込み、突き出された薙刀の切っ先を掻い潜って男の胸板に真っ直ぐ鉄扇を突き入れた。


 鈍く、重い破砕音。小札(こざね)の甲冑が紙切れのようにひしゃげ、その奥にある生身の胸郭(きょうかく)を押し潰す。無理やり肺から押し出された空気と、破裂した臓腑(ぞうふ)からの(あふ)れた鮮血が混じり合い、男の口から赤い霧となって噴き出した。


 男は背後へ大きく吹き飛ぶと、呼吸もできぬまま喉を掻きむしり、地面を転げ回った。しばらく断末魔の声すら上げられずに悶絶し、やがて、ピクリとも動かなくなった。


 同じ人間とは思えぬ圧倒的な武力。その凄惨な殺戮をもたらすカルラに、侍たちのすべての意識が釘付けになった――そのときだった。


 待機していた第一小隊の歩兵分隊と巨漢の僧兵、それを守る従者二人。小隊長も含めて二四人が、一斉に槍を揃えて襲いかかった。カルラという囮に気を取られ、混乱の極みに陥っていた侍たちは、組織だった抵抗もできないまま次々と血の海へ沈んでいく。


 さらに村の奥からも別働隊による(とき)が上がり、村内が制圧されていく。村の中心的な存在だった寺が占拠され、山門の櫓から放たれる矢が、なおも抵抗を試みる者を次々と屠っていく。


 すでに勝敗は決した……その事実に気づいた時、かろうじて生き残った侍たち、そして遠巻きに見つめるだけだった村の兵たちも、完全に戦意を喪失してへたり込むように崩れ落ちた。


「あんたが、この侍どもの長かい」


 閉じた鉄扇を肩に当てたまま、カルラは武器を捨てて膝をつく男の前へ歩み寄る。悠然と男の前で足を止め、うなだれた男の上に影を落とした。冷えた眼差しが、威圧するように男を射抜く。


「あ、ああ……」


「教えてもらおうじゃないか。なんで、こんなしけた村にクマソの兵がいるんだい」


「決まっておるではないか……リュウドウ亡き今、この混乱に乗じて我らが所領を広げるためだ」


 リュウドウが直接支配していた訳では無いが、その傘下に下った地侍、豪族たちの村。彼らが頼みとするリュウドウは土地を追われ、落ちていった。そこに生まれた力の空白。


 新たな秩序が定まる前に、少しでも自らが支配する地域を広げておきたい。乱世に生きる豪族たちの、当然とも言える行動だ。


「拐かしは?」


「敵情を探るため――村人を攫い、内情を吐かせ、それを元に攻め入る村を決めるのだ」


 それが女であれば兵たちの慰みになるし、使い終われば女衒に売って現金を得ることもできる。まさに一石三鳥だ。それ故に、女ばかりを狙った……と。


「ふん。なるほど良く考えたね……けどね、あんたは手を出す相手を間違えた。雑な仕事をした報いさ」


 カルラは冷ややかに鼻を鳴らした。


「まあ、帰れるかどうかは、大将の器量しだいだね。あのケチな男が金を払うとも思えないけどさ」


 思い当たる節があるのか、男は反論することもなく、ただ黙って頭を垂れた。


 ほぼ無傷で手に入った小村。だが、そこには勝者による冷酷な選別が待っていた。穀潰しの老人は間引かれ、若い女は新たな住人たちの嫁にされる。


 年増の女も、穴が使える者は引き取られた。彼女らは平時は労働力として、そして村の男たちの性のはけ口として飼われる。


 また同時に、村を訪れる客をもてなすための接待に供され、戦時には若い女の貞操を守るための盾として兵たちに差し出される。それが、彼女たちに課せられた役目であった。


 一方、捕らわれた男たちは農奴として飼われるが、引き取られた女と夫婦であった男は不要とされ、ことごとく拒絶された。


 残ったのは労働力とならない子供が十二人。クマソ兵の生き残りが六名。そして十六名の成人男性。それらが「赤星」の取り分として捕らえられ、連行されていく。


 そして、拐かされた女たち、八人が囚われていた。おそらく全員が孕んでいる、生き場を失った彼女達もまた、寺で引き取ることになった。


 戦後の処理はすべて、ショウカが派遣した文官によって淡々と執り行われた。引き渡しを終えたカルラ率いる赤星の兵たちは、片付けも程々に、その場を引き上げていく。


 帰りは山を抜け、街道を堂々と行軍する。クマソの本拠地とも言える集落の真ん中を堂々と練り歩く赤星の一段。その途中で、カルラはふと思い出したように顔を上げた。


「そういえば、このあたりには温泉が沸いていたね」


「熊野川の温湯でございますな……」


 すかさず、後ろに控えるシンザが答える。


「確か、川の傍に岩を組んだ湯治小屋があるはずでございます」


 ゴンタが言葉をつなげ、川の方へ視線を向けた。少し先に湯気をもうもうと上げ、木組みの屋根がいくつか目に入った。


「よし! 戦の垢落としに行くよ。皆よく働いてくれたからね、一緒に浸かりたいやつはついてきな!」


 つい先刻まで殺し合いを演じていたとは思えぬ、カラリとした笑み。カルラは鉄扇を握る右手を高く突き上げた。


 直後、山を震わせる野太い咆哮が上がった。戦いの興奮そのままに、目を血走らせた男たちが歓喜の声を上げる。その熱狂を背に、カルラは颯爽とマントを翻し、湯治場へと足を早めた。


 日は中天を過ぎたころ。白々とした陽光の下、彼女は迷いなく衣を脱ぎ捨て、露天の湯へとその身を躍らせる。


「こらぁ! 尻を触ったのは誰だい! 次やったらぶち殺すからね!」


 立ちのぼる湯気と無邪気なカルラの笑い声が、戦の臭いをゆるやかに覆い隠していった。

皆さんからの応援が、物語を続けていくモチベーションであり、最高のご褒美です。


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