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カルラ任侠伝 ~暴力と金で乱世を喰らう、天下無双の女傑~  作者: 隣野ゴロー
1章 動乱

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15/21

15話 初陣

 村の買い手は、拍子抜けするほどあっさりと見つかった。同じクマソの領内にある村々が、土地を継げずにあぶれた者らを住まわせるために共同で購入するという。


 子などぼろぼろ生まれて、次々に死ぬ。基本的にどこも子沢山だ。田畑を継げない男など、掃いて捨てるほど溢れている。彼らにとって、雨風をしのぐ家と耕すべき農地、運が良ければ嫁、さらには手足となって働く奴隷までもが一度に手に入る入植の話は、喉から手が出るほどの好条件だった。


 正規の武士が出張れば、それは豪族同士の戦となり、報復の連鎖を生む。だが、赤星のような傭兵稼業――いわゆる悪党が村を襲い、空いた土地に同じ領内の民が勝手に住み着くという形であれば、話は別だ。


 領主にとっても住人が多少入れ替わるだけで、なんら損はない。たとえ咎められたとしても、多くは幾らかを上納すればそれで済む。


 ただ、村も武装して守りを固めている。普通に攻めれば、相応の犠牲が出る。カルラのように簡単に村を落とせるような悪党が他に存在しないだけで、需要は常にあるのだ。


 狙うはクマソの支配域、山深き小村。所属する庄とて、所詮は他人事だ。冬を越すのが精いっぱいという山間の村が、義理や人情で動くはずもない。他人の村を取り返すために、自村の働き手を死なせる余裕など彼らにはない。


 たとえ取り返したところで、貧しい山村ひとつ、ほとんど見返りはないのだ。


「留守は任せたよ、コウメイ」


 留守を預かる軍師に短く告げると、カルラは颯爽と歩き出した。


 鮮血を思わせる深い赤に染まった硬革の鎧。その上から羽織った黒地を金で縁取ったマントが、風を孕んで大きく翻る。その背には、彼女の象徴でもある瑠璃色の蝶の意匠が鮮やかに躍っていた。


 腰まで届く絹糸のような黒髪が、歩調に合わせて優雅に舞う。戦女神を思わせる凛とした清純と、大人の色気を塗り込めたような妖艶さとが同居する佇まい。ただそこに在るだけで、兵も民も、誰もが思わず息を呑み、吸い寄せられるようにその華やかな姿を目で追ってしまう。


「ぜんたーい! すすめぇっ!」


 最先任の部隊指揮官、第一小隊長ムサシの号令が響き、隊列が一斉に動き出す。彼女が往く道こそが、我らの進むべき正道――兵たちはただ、彼女の背で舞う蝶を見つめ、熱のこもった瞳でその後に続いた。


 今回、赤星が動員したのは総勢一二七名。


 主力となるのは、歩兵三〇名に弓兵一〇名を組み込んだ混成小隊が二個小隊。そこに特殊任務を担う猟兵一個小隊、および各隊長三名と、カルラ付きの従者二名に武僧セイエンという構成だ。


「ハンザ!」


「はっ!」


 カルラは前を向いたまま、速度を緩めずに猟兵小隊長の名を呼んだ。


「先行して、敵の斥候を見つけ次第狩り尽くすんだ。こちらの動きを気取られるんじゃないよ」


「承知」


 短くハンザが応じると、隊列後方の空気がふっと揺らいだ。猟兵小隊四〇名が音もなく列を離れ、吸い込まれるように山林へと入っていく。


 彼らは五名一組の班単位で行動する、斥候、暗殺、撹乱――といった特殊任務を行う部隊だ。猟兵の八つの班はがさりと葉擦(はず)れの音を残しただけで、まるで霧のようにその気配を消し去った。


 セイエンは僧兵の甲冑で身を包み、無言でカルラの後ろを歩いている。初めて隊の一員として従軍する彼の目に映る赤星は、あまりに無駄がなく、あまりに洗練されていた。


 一〇〇人を超える兵たちが、まるで一つの生き物のように呼吸を合わせて動く。その圧倒的な練度の高さに、彼はただ呆然と辺りを見回すことしかできなかった。


(みち)あーし!」


 暫く歩いたところで、ムサシの鋭い号令が響く。それまで歩調を揃えていた規則正しい足音が、各々の歩調で進む道足へと切り替わった。隊列の柔軟性を保ちつつ、長距離の行軍による疲労を最小限に抑えるための措置だ。


 目的地までは、半刻――およそ一時間の距離。


 四半刻ほど進んだところで一行は川を渡り、それまで辿っていた街道を逸れた。一歩山へと踏み入れば、そこには道らしい道もない。深い木立を縫うように、険しい獣道を進んでいく。


 定期的に木々の隙間から音もなく猟兵が姿を現し、カルラの傍らへと駆け寄る。彼らは手短に敵情と現在位置、そして目指すべき方角を報告しては、再び霧のように森へと溶けていった。


 彼らは本隊の「目」であり「耳」だ。同時に、この深い森のなかで敵の目を一つ一つ潰していく、捕食者でもあった。


 不意に、先頭を歩くカルラが右手を高く掲げ、開いた手を力強く握り込んだ。止まれの合図だ。


 隊の動きがピタリと止まると同時に、猟兵小隊長のハンザが直属の班を引き連れてどこからともなく現れ、カルラの傍らに音もなく膝を突いた。


 彼が懐から差し出した白い布――そこには、周辺の精緻(せいち)な地形と村の俯瞰図(ふかんず)、さらには敵兵の配置までもが克明に記されていた。


「ご苦労だったね、ハンザ。いつも通り、いい仕事だ」


「はっ。恐悦至極」


 カルラは受け取った図面を鋭い眼光でなぞりながら、命を下す。


「シンザ、大休止だ。兵を休ませ、小隊長を集めな」


「ははっ!」


 シンザは短く応じると、落ち葉を踏む音を残して本隊へと駆けていく。


 しばらくして、彼は二人の小隊長を引き連れて戻ってきた。これから始まる戦の最終確認、軍議が始まる。


 乾いた岩の上に布を広げ、四隅を石で留める。カルラはその図を指で指し示しながら、作戦の指示を出していく。


「一小隊の弓はここ、二小隊の弓はここだ。左右に大きく展開して、射線を交差させる」


「ははっ!」


「一小隊の歩兵一分隊はあたしの直後。残りの歩兵は……ここから、この寺を押さえるんだ」


 カルラの作戦は単純明快、正面突破だ。集落の入口からカルラが単身で斬り込み、その後を一小隊が続く。突入後は第一分隊がカルラに続き、二分隊は速やかに敵の拠点となる寺を制圧する。


「寺を押さえたら、一小隊の弓兵は寺へ移動。門を閉じ、山門櫓と屋根に上って村内へ矢を放て」


 二小隊の歩兵は三班に分かれ、扇を広げるようにして配置。一小隊が突撃する鬨の声に合わせて、北側の三方向から同時に突入。遊撃の猟兵は、村人の逃散を防ぐ。


 斥候からの報告では、敵の主力は侍が三十。その内二〇が弓兵だ。そして武装した村人が十三、合計して四三人。正面こそ矢盾を並べて守りを固めているが、村の全周を守るには数が足りていない


 武装していない村人は全部で五〇ほど、山間の小さな集落だった。


「いいかい、初手はあたしが斬り込む。派手に暴れるから、敵が崩れたところを見計らって後に続け。突入の判断はムサシに任せる」


 その場の全員が黙って絵図を見ている、戦場の動きを頭に描いているのだろう。その沈黙を破ったのは、これまで唇を固く結んでいたセイエンだった。


「あ、あね……いや、団長。俺はどうすれば」


 いつもの威勢の良さはどこへやら。初陣の緊張に呑まれたのか、ようやくといった様子で言葉を発した。


「お前はムサシの隊だよ、一番後ろから斬り込むんだ」


 カルラは不敵な笑みを浮かべ、強張ったセイエンの頭を力強く撫でた。


「シンザ、ゴンタ。この子のお守りを任せる。雑兵に討たれるようなタマじゃないけどね、何が起こるか分からないのが戦場だ……頼んだよ」


「はっ。命に代えても」


 シンザとゴンタが声を合わせ、大きく頷いた。


「よし、なら飯だ。今日は近場だからね、持参した握り飯で腹を満たしておきな――大根の香物は、あたしが漬けた特別製だよ」


 カルラが腰の竹皮包みを軽く叩いて見せると、小隊長たちの顔にも笑みが浮かんだ。彼らは小さく頷き、期待を込めた手つきで自らの腰に下げた食料へと手を伸ばす。


 ふっと緩んだ空気につられて笑みを浮かべると、カルラは独り固くなっているセイエンのもとへ歩み寄った。


「セイエン。いいかい」


 彼女は大きな両手で若僧の顔を挟み込み、視線を真っ直ぐに合わせた。


「乱戦では常に視野を広く持つんだ。味方の体を壁にして死角を潰し、敵と対峙する方向を絞る……あとは、絶対に足を止めるんじゃないよ。敵を重ねるように動いて、囲まれる隙を作らないこと。わかるかい?」


 カルラの掌から伝わる体温と、眼前に迫る絶世の美女の視線を受けて、セイエンの喉が大きく上下した。


「あ、ああ……敵を正面に置き、死角を味方で潰す、敵同士が重なる様に位置をとって……足を止めず、囲まれないように動く。分かった、やってみる」


「あんたの実力なら、まともにやり合えば五人や十人は軽く叩き伏せられるはずさ」


 カルラはニヤリと不敵に口角を上げ、緊張で強張る少年の頬を軽く叩いた。


「シンザとゴンタ、常にあたしの傍で死線を越えて来た二人だ。よく言う事を聞いて、調子に乗るんじゃないよ、いいね」


「わかった」


 短く、だが先ほどよりは力強い返事を聞くと、カルラは満足げに手を離した。そして、鋭い眼光を村の方向へと向ける。


「あたしはハンザと村の様子を見てくるよ。半刻の後、状況開始だ」


「ははっ!」


 隊長たちの返事を背に受けながら、カルラはハンザと共に音もなく茂みへと消えた。戦女神の顔に戻った彼女の背中は、すでに獲物を狙う強者のそれであった。

皆さんからの応援が、物語を続けていくモチベーションであり、最高のご褒美です。


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