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カルラ任侠伝 ~暴力と金で乱世を喰らう、天下無双の女傑~  作者: 隣野ゴロー
1章 動乱

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14話 悪党と弟子

 野党、強盗、山賊、海賊は世の常の事なり……所領に離れ、野に伏し山に隠れて山賊となり、川に潜んで海へ漕ぎだし海賊を働くことは、侍の習いなり。


 戦乱と暴力が渦巻く末法の世。


 しかして――人の世とは本来、こういうものなのだ。


 所詮、彼らとて自然の中で生み出された獣の一種に過ぎず、その本質は弱肉強食。強き者が生き残り、弱き者が淘汰されることで種が保たれる……何者も、自然の掟からは逃れられるはずもない。


 かつて栄えた科学文明は、すべての人間に「等しく生きる権利」があるとうたった。高度な教育で道徳を植え付け、法の下の平等を説き、武力を権力者が独占することで仮初めの秩序を築き上げたのだ。


 だが、幾千年の歳月を費やして積み上げられた文明という名の理想郷すら、最後には弱肉強食という自然の摂理に敗北し、跡形もなく滅び去った。そして今、過去の滅びを知るカルラは思う。今この地に築かれつつある新たな文明もまた、いずれ同じ末路を辿るのではないかと……


 *****


(かどわか)しが頻発しておりましてな……」


 久池井の顔役、長老と呼ばれる年寄りが口を開いた。


「拐しだって?」 


 カルラは鼻で笑い、片眉をわずかに上げる。


「ケチな商売じゃないか、あたしが出るほどの仕事とは思えないけどね」


 かどわかし。つまるところ誘拐。


 他人を騙して、あるいは無理やり連れ去って身代金を取るか、人買いに卸すか、女なら女衒(ぜげん)に売る。たまに、自分で囲って客を取らせるようなヒモ男がいることもあるが、所詮ありふれた小悪党の生業(なりわい)だ。


 このところ、生活に困った未亡人に若い男が結婚をちらつかせて近づき、ねんごろになった頃合いを見計らって(さら)って行く。そんな手口が、周辺の村々で続いているという。


「いや……此度は、少し事情が違うようなのじゃ」


 そう言って長老は少し身を乗り出すように、前のめりになった。


「件数が異常でな、立て続けに二〇を超えた。下手人も三人捕らえておる」


 ケチな悪党の犯行ではなく、何かしら背後で組織が関与しているのではないか。そう疑って詰問したところ、皆が同じ村から来ていたことが分かったという。


「彼奴等、土師(はじ)村の者でしてな。皆で人を出し合うて、仕返しにと討入ったのですが……」


「返り討ちかい」


 闘争の臭いを感じたのか、カルラ口元に薄く笑いを浮かべた。


「や、奴ら盾を並べて弓を配しておった。しかも、我らの里弓と違うて、侍の強弓(こわゆみ)じゃ。おまけに……」


 奥の方に座る男が、言い訳するように言葉を発した。三〇ほどか、働き盛りの男だ。


「おまけに?」


 艶のある切れ長の目を細め、声の主に視線を向けるカルラ。


「盾に星梅鉢(ほしうめばち)の紋が入っておった。クマソの兵じゃ、我らでは敵わん」


 長老は力なく言葉を吐き、首を振った。


 庄や村の者たちも武器を手に取ることはあるが、それはあくまで自衛のためだ。村内に設けた小舘(こだて)や庄で管理する村城に立てこもり、敵が諦めて引き揚げるか、近隣から援軍が駆けつけるまで時間を稼ぐ――それが彼らの戦い方である。


 略奪への報復や水利を巡る紛争などで攻勢に転じることもあるが、それは相手が自分たちと同じ村人や下人といった、軽装備の場合に限られる。完全武装、甲冑に身を固めた侍が守る集落を襲うのは、彼らにとってあまりに荷が勝ちすぎる。


「……で、敵は何人だい」


 カルラは手にした鉄扇でパチン、と左の手のひらを打ち鳴らして問いかけた。その冷ややかな眼差しに、男は身をすくめる。


「く、詳しくはわからん。弓が怖うて近寄れなんだ」


 男は目を泳がせながらも、記憶を掘り起こそうと首を傾げる。


「あんたから見えた範囲で構わないよ。」


「侍だけで二〇、いや、三〇は居たか。村人を入れれば、総勢はもっとおるはずじゃ」


 共に討ち入ったであろう他の者と視線を合わせ、互いに頷きあうことでおおよその数字を絞り出した。


「いいだろう。その仕事、引き受けようじゃないか」


 カルラの言葉に、男たちは安堵の吐息を漏らす。しかし、本題はここからだと言わんばかりに、長老が身を乗り出した。


「そ、それで報酬の件だが……のう、カルラ殿。いかほどに?」


「山内の村ひとつ、買い手を探しておきな。その代金の一割五分をウチが貰う。あと、乱取りはウチの取り分だ」


 いわゆる実質無料……いや、仕事を頼んでおきながら、自分たちにも実入りがある好条件だ。


「そ、それは助かる」


 長老をはじめ、控えていた村の者たちが一様に安堵の表情を浮かべる。それを見たカルラは鉄扇を一つ開き、カチャリと閉じた。


「で、いつごろ動いてくれるのかの」


 長老は、びっしょりと汗をかいた手のひらを膝で拭い、再び拳を握りしめた。期待と不安を混ぜ合わせた顔で、わずかに身を乗り出す。


「買い手が見つかり次第だね。引き渡す相手が決まらないんじゃ、獲ったところでどうにもならないじゃないか」


 カルラは閉じた鉄扇を床に突き、そこに体重を預けるようにして、わずかに上体を前へ倒した。長老との距離が、頭一つ分詰まる。カルラの艶のある瞳が、射抜くように老人を捉えた。


「わ、わかった。そうしよう」


 気圧された長老が絞り出すように答えると、カルラは一転して、春の桜を思わせる華やかな笑みを浮かべた。


「よし、話は纏まったね。詳しい詰めはまた使いを寄越すよ。長老、あんたの所でいいかい?」


「あ、ああ。口入屋でも儂の所でも、あるいは寄合でも構わん。どこへ来ても繋ぎがつくよう、手配りをしておこう」


 長老が言い終えるのを待たず、カルラは席を立った。この時代の家屋は、彼女にはいささか窮屈すぎる。天井の(はり)に頭をぶつけぬよう、身を屈めながら、むさ苦しい男だらけの部屋を後にした。


「戦の準備だ、帰るよ」


 そう言葉を残し、土間に用意された椅子に腰かける。シンザが立ちあがって辺りを見回し、警戒に当たる。ゴンタがカルラの前に跪くと、慣れた手つきで履物を用意し、その紐を一本ずつ、緩みのないよう丁寧に締め上げていった。


「姉貴! 俺も戦に連れてってくれんだろ?」


 腕まくりをしながら、期待に目を輝かせたセイエンが顔を寄せて来る。カルラは彼の方を見向きもせず、淡々と応えた。


「ああ、これも学びの一つだからね」


 セイエンは、文字通り飛び上がって喜びを表現していた。カルラはその気配を背中で感じながら、間髪入れずにシンザへ視線を投げる。


「シンザ! コウメイとショウカに伝令。戦だ、三個小隊で出る。敵はクマソ、近日中。竹束を作っとけ――以上だ」


「はっ!」


 短く応じたシンザが土を蹴り、その姿があっという間に人混みの向こうへと消えていく。


 集会場を出て、町の通りを歩くカルラ一行。久池井の町は、相も変わらず活気に満ちていた。


 栄の支配者が変わって以降、赤星は栄の町との関係を絶っている。とくに遺恨があるわけではない。ただ、新たな領主が何も言ってこないため、こちらも放置しているというだけのことだ。


 その結果、必要にに迫られた栄の商人が、希少な品を求めて池井まで買い付けに来るようになった。おかげで、賑わいはさらに増している。


 大通りには多くの人々が行き交い、開けた場所には露店が並ぶ。蕎麦切りや田楽といった飲食屋台が、あたりに旨そうな匂いを振りまいていた。


 広場には長椅子代わりの丸太が据えられ、人々が思い思いに腰を下ろして談笑している。その中心には、大きな岩をくり抜いた手水の溜まりが置かれ、とめどなく水が噴き出していた。ユーロの技術を転用し、カルラがこの地に持ち込んだ噴水という装置だ。


 カルラはその涼やかな水音を聴きながら、ふと口を開いた。


「セイエン、この町を見てどう思う」


「あ、ああ……皆が笑ってる。活気があって、人が親切だ。それに、スリや強盗の心配をしなくていい」


 セイエンの素直な言葉に、カルラは自嘲気味に口角を上げた。


「そうさ。人間ってのはどうしようもない馬鹿だけどね、根っこには善性が宿っている――と、あたしは信じてるんだ」


 カルラは少し遠くを見つめるように、眩しそうな瞳で町をゆく人々に視線を向ける。


「いやいや姉貴、そりゃあ人が良すぎるよ。ここは赤星が目を光らせてるし、何より景気がいい。わざわざ危険を冒して奪うより、真面目に働くほうがずっと楽だし、なにより暮らしやすい。それだけのことじゃないか」


 セイエンの的を射た反論に、カルラは満足げに目を細めた。


「「仕事があり、真面目に働けば食うに困らない。そんな社会を作るのが、(まつりごと)の――いや、あんたらの役割さ」


 カルラは噴水の縁に指先を触れ、冷たい水の感触を確かめるように言葉を継いだ。


「人の上に立つ者の仕事は、下の者を食わせることだ。そのための仕組みを考え、適切に富を分配する……それが役割なんだよ」


「そ、それは……カルラの姉貴が、生糸だの酒だの、新しいものを次々に考えて造らせてるからだろ? 他じゃ真似できないことだ」


「それも一因だね。けど、いいかい」


 カルラは歩みを止め、真っ直ぐにセイエンに向き直った。


「もしあたしがその富を独占して、自分ひとりの蔵に溜め込んでいたら、この町はこうはなっていないよ」


 カルラは一度言葉を切り、行き交う人々へ視線を投げた。


「どれほど良い物を作っても、買う客がいなけりゃ意味がないんだ。富を適切に配分し、買える人間を増やしていく……そうして皆を少しずつ豊かにしていくことで、初めて町も国も栄えるのさ」


「買える人間を増やす……」


 言葉を噛みしめるように、セイエンが黙り込む。かつては才に溺れ、己を見失いかけていた。そんな危うかった少年が、今はカルラの言葉を正面から受け止め、その真意を必死に咀嚼しようとしている。


 その真剣な眼差しを見つめていると、言いようのない深い充実感が、彼女の豊かな胸をじわりと満たしていった。


 これは教え子の成長を間近で見る師としての悦びか。あるいは将来ある若い牡を導き、育てるという女の本能――母性とでも言うべきものか。


「……ま、そういうことだ。あんたなら、いずれ理解できるさ」


 カルラは照れ隠しのように、セイエンの頭を無造作に、だが愛おしそうに撫で回した。

皆さんからの応援が、物語を続けていくモチベーションであり、最高のご褒美です。


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