『清水公園の夕焼け 〜二十年後の助手席に、彼女が乗ってきた〜』第4話 哀愁の物語(完結)
ついに最終話です。二十年の空白の果てに、彼女が伝えたかったこととは。
「直樹、今まで支えてくれてありがとう」
その言葉を最後に、真理は姿を消した。 連絡先も、行き先も告げぬまま――。
――二十年前の出来事が、昨日のことのように鮮やかに蘇る。 直樹は清水公園の入り口をバックミラー越しに振り返ると、再び車を走らせた。 就職してからというもの、本社と新町の工場を往復する日々がほとんどで、あの日以来、清水公園に足を踏み入れることは一度もなかった。
その日は金曜日で、仕事が少し長引いた。 新町から国道四号線を目指していたが、カーナビが旧道への回避ルートを指示した。この先に渋滞が発生しているのだろう。直樹は導かれるまま、古い街並みへと車を滑り込ませた。
見覚えのある景色が続く。信号が赤になり、車を止めた。 ふと右側に目を向けると、そこはかつて真理が住んでいた家の前だった。 門の前で、一人の女性が竹箒を持って地面を掃いている。その懐かしい後ろ姿に、直樹の心臓が大きく跳ねた。
「真理……?」
思わず窓を開けて手を振ると、彼女はゆっくりと立ち上がり、こちらを向いた。 その瞬間、信号が青に変わる。後続の車が発進を促すクラクションを鳴らした。直樹は慌ててハンドルを右に切り、路肩に車を止めた。
ドアーが開く音がした。 横に座ったのは、あの日と同じ、瑞々しい気配を纏った彼女だった。 「清水公園の夕焼けを、見に行こうよ」
彼女が囁く。直樹は吸い寄せられるように車を走らせた。 公園の駐車場に車を止めると、彼女は青いワンピースの裾を風になびかせ、あの小山に向かって駆け出していく。 急いで後を追うと、彼女はいつものベンチに座って西の空を見つめていた。
「ほら、今から最高の夕焼けが見れるよ」
その横顔は、間違いなく直樹が愛した真理だった。 空には薄い雲が漂い、太陽がその輪郭をはっきりと見せている。 「海の夕焼けと同じだね……」 真理はうっとりと、その光景に見入っていた。
太陽が沈み、辺りが濃い藍色に包まれるまで、二人は無言で空を見つめていた。 ふと直樹が隣を向いたとき、そこにはもう、真理の姿はなかった。 辺りを見渡しても、人影ひとつない。夜の帳が下りた公園には、ただ静寂だけが横たわっていた。
狐につままれたような心地で車に戻り、真理の家の前を通り過ぎたが、家の中に灯りは見えなかった。 直樹はそのまま、通りの先にある叔母の書店を訪ねた。
「直樹さん、久しぶりだねぇ。……ああ、そうだ。二年前かな、真理さんの親戚という方が見えてね。『直樹さんが来たら渡してほしい』って、これを預かっていたんだよ」
叔母から手渡されたのは、一通の封書だった。 震える手でそれを受け取り、世間話もそこそこに店を後にした。
一人暮らしの部屋に帰り、ゆっくりと封を切る。 便箋には、見覚えのある、けれど少し震えた文字が並んでいた。
『直樹、この手紙をあなたが読んでくれる頃、私はもうあなたの隣にはいられません。 あの後、京都の大学に入り、母と一緒に暮らしていました。 アルバイトをして、必死に勉強して、ようやく卒業した頃でした。母に介護が必要になったのは。 仕事と、母の介護。毎日が必死で、心も体も疲れ果てていました。 やがて母が亡くなり、気がつくと、私も病に伏せていました。 今、この手紙を書いています。 直樹と一緒に夕焼けが見たい。もう一度だけ。 魂だけになっても、私は必ず会いに行きます。待っていてください』
そこから先は、涙で文字が滲んで読めなかった。 窓の外には、二十年前と同じ、けれどどこか寂しげな星空が広がっていた。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。ラストの手紙の内容に、読者の皆様は何を思われたでしょうか。もしよろしければ、感想や評価をいただけますと幸いです。




