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悪が現れました

作者: 小雨川蛙

 町にアナウンスが響き渡る。


『悪が現れました』


 人々はざわめく。

 こんな平和で正しい人々しか住まない町に悪が現れるなんて。


 町にアナウンスが響き渡る。


『悪が現れました』


 人々は喜ぶ。

 なにせ、この平和で正しい人々しか住まないこの町では。


『皆様、直ちに悪の討伐をお願いします』


 ありとあらゆる暴力が禁止されているから。


 人々が走る。

 年齢問わずに。

 男女問わずに。

 人種問わずに。

 悪を討伐するため。



 この日、私は運が悪かった。

 なにせ、悪が現れた場所から遠くも近くもない場所に居たのだ。


 近ければすぐに辿り着く。

 遠ければすぐに諦めがつく。


 だけど、どちらでもない私は全速力で走っていた。

 間に合え、間に合えと悪に向かって。


 この間は指を折ってやった。

 その前は髪を引っ張ってやった。

 さらにその前は骨を折ってやった。


 今日は悪に何をしてやろう。

 どんなことをしてやろう。

 そんな事を考えながら走ったのに私は間に合わなかった。


「ちくしょう」


 辿り着いたときには悪はもう死んでいた。

 見るも無残な姿だ。

 間に合った人々が晴れやかな顔で歩いていく。

 間に合わなかった人々は肩を落として歩き去る。


 そして私はため息をつきながら罪状を読む。

 人殺しか。

 それも何件も。


 この町では定期的に『悪』が檻から解放される。

 そして、その瞬間にアナウンスが響く。

 悪が現れました、と。


 悪は生かしておいてもろくなことにならない。

 だからこそ正義の人々は悪を殺すのだ。


「あーあ」


 ため息を重ねる。


「またお預けか」


 そう呟いて日常へ戻る。

 この平和で正しい人々しか住まない町の一員として。

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