夢半分
今日はサイアクな一日だった。クラスメイトの鉛筆をかじって大げんかし、妹の赤鉛筆をへし折って大泣きさせ、ママとは骨肉の争いになった。こんな人生、こりごりだ。もう寝る。
ぼくは夢が夢だとわかる。なぜなら寝ると決めたあとの話はすべて夢に決まっているからだ。
夢が夢だとわかっていると話が早い。今は昼休みの時間で、教室の開け放たれた窓から入ってくる生あたたかい風がカーテンをもわりと揺らめかせ、ぼくはその分厚い波に隠されたり現わされたりしながらタロくんの前に立っていた。彼は椅子から立ち上がって「おれの鉛筆が」と涙目になっていた。
ぺっ。ぼくは歯形のついた鉛筆をぶっきらぼうにタロくんに差し出した。
「かじってごめんね」
「謝るぐらいならかじるなあっ」
ざわざわとする衆愚を押しのけて走って教室を出ると、そこはマルミの部屋だった。妹は部屋の中央でだんごむしのように丸くなっていた。ぼくは片手に持っていた色鉛筆のお尻でマルミの左肩をむにむにとつついた。
「起きなさい」
「やだ」
「おいしいチョコレートをあげるよ」
マルミは起き上がった。ちょうだいと伸ばされた妹の手にぼくはすり減った茶色の鉛筆を置いた。
「へし折ってごめんね」
「チョコレートは?」
よし、次に行こう。ぼくが妹の部屋を出ると何もない空間が現れた。壁も床も天井もない、やさしい白色の世界。床を踏みしめているようであり、ふわっと浮いて天地が真っ逆さまになっているようでもある。ぼくはリビングに行きたかったのに!
やみくもに前に進んでみると後ろに進んだ。そのまま頭からぐるっと倒れるかと思ったら宙でくるふわと縦方向に回っていった。
くるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくる投げた刃物をこのようにくるくると縦回転させて最終的に壁にまっすぐ突き刺せたらかっこいいかもくるくるくるくるくるくる。
もふっ。背中がやわらかな壁にぶつかってようやく回転が止まった。後ろから抱えるようにぼくのからだを両側から捕まえる、単純なかたちの手のような茶色のもふ、が下ろされると同時にぼくはゆっくりと下降し、すとん、と両足が地面についた。補助輪をなくした自転車のようにひとりで立ち、向き直る。
目の前にはぼくと同じぐらいの背の、見覚えがあるくまのぬいぐるみがいた。
「ジョンくん!」
くまのぬいぐるみのジョンくんはふもふもとうなずいた。
「おまえのことをずっと見ていたよ」
「あっ、ジョンくんの二人称っておまえなんだね」
「せっかくの夢なのに、どうして現実でも出来ることしかやらないんだい」
「夢でしか出来ないことってあるのかな」
黒色の糸で刺繍されたジョンくんの口がほほえみを浮かべた気がした。
「わたしもそうだったな。子どものときは現実でなんでも出来るような気がしていた」
「あっ、ジョンくんの一人称ってわたしなんだね」
ジョンくんの丸みをおびた手がぼくの頭をぽんぽんと叩いた。
「会えないけど会いたいひとに会える。これは現実では絶対に出来ないことだ」
「だけどさ、会えないのに会いたいひとって、とっても会いたいひとだよね。そんなに会いたいひとに夢のなかでしか会えないなんて、かなしいね」
「かなしいけど、会えないものは会えないんだ。わたしにもおまえにも、どうしようもないことだから……」
ふわっとジョンくんの手がぼくの頭から遠ざかった。このようにぼくとジョンくんのあいだもふわっと開いてゆくのだろうと思った。
「だから現実で出来ることは現実でやって、現実で会えるひとを大切にするんだよ」
離れたくない! ぼくはジョンくんに抱きつき、ふわふわの毛が入らないように目をつむって、彼の胸のあたりに顔をこすりつけた。ふわふわだと思っていたけど頬ずりをしてみるとちょっとごわごわで痛かった。ママに頼んで洗ってもらわないと……ママに……ママ……。
ぼくは現実が現実だとわかる。なぜなら現実はちっとも夢がなくてかなしいからだ。
いつものぬいぐるみに戻ったジョンくんを抱えて、ダイニングに向かう。ママはテーブルに朝ごはんを並べている最中だった。
「おはよう。今日は早いわね」
昨日はあんなに怒っていたのに笑いかけてくれるママ。ぼくはジョンくんをぎゅっとした。けんかしたのに頼みごとをするのはなんだか情けない。あの諍いが夢のなかのお話だったらよかったのに。
でも現実の話だ。
ママもぼくも現実で生きているから昨日のつづきが今日で、ぼくは気まずくて、仲直りしたいんだ。
「ママ、ごめんね」
自然と涙が出た。ママは膝をついてぼくをジョンくんごと抱きしめた。
「どうしてぼくにはパパがいないのって、聞いて、ごめんね」




