表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/8

第八話 人嫌い魔獣使いの少年

 未来史に記された五人の中で、もっとも掴みどころがないのは――ノエル・アーデン。

 学園に籍を置いてはいるものの、授業にほとんど姿を見せず、寮にも滅多に戻らない。

 人付き合いを徹底して避けているため、ほとんどの生徒は彼の顔すら知らない。


 だが、未来史にははっきりと書かれていた。

 ――『魔獣と共に討伐される』。


「魔獣と……一緒に死ぬなんて、どういうこと?」

 アナスタシアは首を傾げた。

 通常、魔獣は人に害をなす存在であり、討伐対象だ。けれど「共に討伐される」とは……。まるで彼が魔獣と仲間のように行動しているかのような記述だ。



 その答えを探るべく、アナスタシアは学園の外れ――使用されなくなった古い温室へと足を運んだ。

 生徒たちの間で「魔獣の気配がある」と噂される場所。もしやと思っていたのだ。


 ガタリ、と扉を押し開けると、鼻をつく獣の匂い。

 中には枯れかけた植物の間で、大きな影がうずくまっていた。


「……っ!」

 銀の毛並みを持つ狼の魔獣。その赤い瞳が、アナスタシアを真っ直ぐに射抜いた。


 瞬間、背筋に冷たいものが走る。

 けれど、魔獣は飛びかかってはこなかった。むしろ、彼女の背後を警戒するように低く唸っている。


「ノエル。客人だ」


 声とともに、温室の奥から一人の少年が姿を現した。

 ぼさぼさの黒髪に、煤けたような制服。

 年はアナスタシアと同じだが、どこか小動物のように怯えた雰囲気を漂わせていた。


「……アナスタシア・グランディール」

「初対面なのに、私を知っているのね」

「知らないふりは無理だ。悪役令嬢、王太子の婚約者……学園で君を知らない人間はいない」


 彼は魔獣の首筋に手を当て、落ち着けるように撫でながら視線を逸らす。


「……何の用?」

「あなたに興味があって」

「やめてくれ。僕に近づくな」


 即座に突き放す声音。

 それでもアナスタシアは引かなかった。


「未来史によると……あなたは魔獣と一緒に死ぬそうね」

「っ――!」


 ノエルの瞳が大きく揺れた。

 次の瞬間、彼の魔獣が鋭く牙を剥く。


「なぜ、それを……」

「あなたを助けたいから」


 言い切ったアナスタシアに、ノエルは目を見開いた。

 まるで信じられないものを見ているように。


「……僕を、助ける?」

「そう。未来を変えるために」


 狼は彼女を警戒し続けていたが、ノエルが小さく囁くと次第に唸りを収めていった。


 しばしの沈黙。

 やがて、ノエルはかすかに笑った。


「……奇妙な令嬢だね。君のことを悪役と呼ぶ連中の気持ちが、ちょっとわかったよ」

「悪役らしくて結構。でも、私は絶対にあなたを死なせない」


 強気にそう告げるアナスタシアに、ノエルは困惑を隠せないまま視線を落とした。

 だが――ほんの少し、彼女を受け入れたように見えた。



 温室を後にしながら、アナスタシアは心に誓う。


「これで五人全員に接触できた……。あとは、一人ずつ未来を変えていく」


 けれど同時に思う。

 王太子ルシアンの未来史――『己の未熟さゆえに戦で大敗』。

 その重い言葉が、彼女の胸にのしかかっていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ