第八話 人嫌い魔獣使いの少年
未来史に記された五人の中で、もっとも掴みどころがないのは――ノエル・アーデン。
学園に籍を置いてはいるものの、授業にほとんど姿を見せず、寮にも滅多に戻らない。
人付き合いを徹底して避けているため、ほとんどの生徒は彼の顔すら知らない。
だが、未来史にははっきりと書かれていた。
――『魔獣と共に討伐される』。
「魔獣と……一緒に死ぬなんて、どういうこと?」
アナスタシアは首を傾げた。
通常、魔獣は人に害をなす存在であり、討伐対象だ。けれど「共に討伐される」とは……。まるで彼が魔獣と仲間のように行動しているかのような記述だ。
◆
その答えを探るべく、アナスタシアは学園の外れ――使用されなくなった古い温室へと足を運んだ。
生徒たちの間で「魔獣の気配がある」と噂される場所。もしやと思っていたのだ。
ガタリ、と扉を押し開けると、鼻をつく獣の匂い。
中には枯れかけた植物の間で、大きな影がうずくまっていた。
「……っ!」
銀の毛並みを持つ狼の魔獣。その赤い瞳が、アナスタシアを真っ直ぐに射抜いた。
瞬間、背筋に冷たいものが走る。
けれど、魔獣は飛びかかってはこなかった。むしろ、彼女の背後を警戒するように低く唸っている。
「ノエル。客人だ」
声とともに、温室の奥から一人の少年が姿を現した。
ぼさぼさの黒髪に、煤けたような制服。
年はアナスタシアと同じだが、どこか小動物のように怯えた雰囲気を漂わせていた。
「……アナスタシア・グランディール」
「初対面なのに、私を知っているのね」
「知らないふりは無理だ。悪役令嬢、王太子の婚約者……学園で君を知らない人間はいない」
彼は魔獣の首筋に手を当て、落ち着けるように撫でながら視線を逸らす。
「……何の用?」
「あなたに興味があって」
「やめてくれ。僕に近づくな」
即座に突き放す声音。
それでもアナスタシアは引かなかった。
「未来史によると……あなたは魔獣と一緒に死ぬそうね」
「っ――!」
ノエルの瞳が大きく揺れた。
次の瞬間、彼の魔獣が鋭く牙を剥く。
「なぜ、それを……」
「あなたを助けたいから」
言い切ったアナスタシアに、ノエルは目を見開いた。
まるで信じられないものを見ているように。
「……僕を、助ける?」
「そう。未来を変えるために」
狼は彼女を警戒し続けていたが、ノエルが小さく囁くと次第に唸りを収めていった。
しばしの沈黙。
やがて、ノエルはかすかに笑った。
「……奇妙な令嬢だね。君のことを悪役と呼ぶ連中の気持ちが、ちょっとわかったよ」
「悪役らしくて結構。でも、私は絶対にあなたを死なせない」
強気にそう告げるアナスタシアに、ノエルは困惑を隠せないまま視線を落とした。
だが――ほんの少し、彼女を受け入れたように見えた。
◆
温室を後にしながら、アナスタシアは心に誓う。
「これで五人全員に接触できた……。あとは、一人ずつ未来を変えていく」
けれど同時に思う。
王太子ルシアンの未来史――『己の未熟さゆえに戦で大敗』。
その重い言葉が、彼女の胸にのしかかっていた。