第七話 腹黒参謀候補の接触
エドワード。カイ。
未来史で悲惨な最期を迎える二人に、ようやくアナスタシアは小さな手を伸ばした。
けれど残る三人も放ってはおけない。
その中でも、もっとも危険なのは――
「……テオ・ラングフォード」
未来史に記された彼の死は、実に不気味だった。
――『裏切りを疑われ、処刑される』。
誰が彼を疑い、なぜ断罪に至ったのかは書かれていない。ただ、学園を去った後、彼の名は歴史から完全に消えた。
「裏切りを疑われるって、どれだけ腹黒いのよ……」
アナスタシアは資料室で未来史を閉じ、額に手を当てた。
確かに学園内でも「ラングフォード家の次男は策謀家」と噂が絶えない。
頭が切れ、交渉力も抜群。けれど、人の心を読むような冷たい笑みを浮かべることから、皆一様に彼を恐れていた。
◆
数日後。
アナスタシアは学園の中庭でその「腹黒参謀候補」と鉢合わせた。
「……グランディール嬢」
「……ラングフォード様」
テオ・ラングフォードは黒髪に灰色の瞳を持ち、学園の制服を完璧に着こなした青年だった。
年齢はアナスタシアと同じだが、纏う雰囲気はずっと大人びている。
整った笑顔の奥で、計算を巡らせているのが透けて見えるほどだった。
「お噂はかねがね。王太子の婚約者、そして――学園一の悪役令嬢」
「……わざわざ嫌味を言いに来たの?」
「とんでもない。ただ、ご挨拶をと思いまして」
彼は恭しく頭を下げる。
けれどその仕草のどこかに芝居がかっているのを、アナスタシアは見逃さなかった。
(……これよ。未来史で『裏切り』を疑われる要素。表と裏が違いすぎるのよね)
未来を変えるためには、彼の本心を知る必要がある。
だが不用意に近づけば、逆に利用されかねない。
アナスタシアは唇を引き結んだ。
「グランディール嬢。あなたは……『未来を読む』そうですね」
「……っ!」
一瞬、心臓が跳ねた。
彼はあっさりとそう口にした。噂なのか、探りなのか、あるいは直感か。
「……何を根拠に?」
「勘ですよ。ただ……あなたの視線は普通の人とは違う。僕と同じように、先を見ている者の目です」
テオの笑みは、刃のように鋭い。
彼は他人を観察し、弱みを握ることを楽しんでいるのだろう。
「僕は将来、国の参謀になるつもりです。あなたと組めば――きっと大きな力になる」
「……それは提案? それとも脅し?」
「もちろん、提案ですとも」
言葉とは裏腹に、彼の目は「断れば面白いことになりますよ」と語っていた。
◆
その夜。
自室の机に座り、アナスタシアは溜め息をついた。
「……やっぱり危険だわ。未来史で処刑されるのも納得」
テオは生まれついての策士。
彼の知略は必ず国にとって必要になる。
でも、それを恐れる者たちに疑われ、潰される未来が待っている。
「放っておいたら確実に死ぬ……。でも、味方につければ――」
アナスタシアは羽ペンを握りしめる。
未来を変えるためには、彼とどう向き合うかが大きな鍵となる。
そして胸の奥で静かに決意した。
「テオ・ラングフォード……あなたを処刑なんてさせない。利用されるのは嫌だけど、私が利用してやるわ」
窓の外、月明かりが彼女の決意を照らしていた。