第六話 天才魔術師の自信喪失
エドワードとの出会いから数日後。
アナスタシアの目は、次なる未来の犠牲者――天才魔術師の卵、カイへと向けられていた。
未来史の記述を思い返す。
彼は類稀な魔術の才能を持ちながら、精神を病み、制御を失った魔力暴走によって命を落とす。
その惨状は「学園史上最大の悲劇」とまで記されていた。
「……魔術の才を誇りながら、自滅なんて。何としても防がなきゃ」
だが、どうすれば?
アナスタシアは紅茶を口にしながら、じっと思案した。
――彼が壊れる原因は、才能を認められながらも同時に押し潰されていく心。
天才であるがゆえに孤独で、誰も寄り添わない。
未来史はそこまで淡々と記していた。
「なら、私は彼に寄り添うしかないわね」
◆
その日、学園の魔術実習場は異様な緊張感に包まれていた。
白い石造りの広間に、青白い光を帯びた魔法陣。
生徒たちが見守る中、銀髪の少年――カイが中央に立っていた。
「……カイ様、やはり特別ですね」
「火と氷を同時に操れるなんて」
「さすが『天才』だ」
口々に称賛の声が上がる。だがその中心にいる本人の顔は、硬く引き攣っていた。
「…………」
彼は両手を掲げ、炎と氷の球を生み出す。
だが次の瞬間、その二つがぶつかり合い――爆ぜた。
「っ!」
「危ない!」
爆風とともに熱風が走り、周囲の生徒たちが悲鳴を上げて散った。
石床に亀裂が走り、魔法陣が揺らぐ。
「……また、失敗だ」
カイが小さく呟いた声は、自分を責める刃そのものだった。
◆
「……大丈夫?」
爆煙が晴れたとき、アナスタシアが歩み寄っていた。
「あなた、カイ・エヴァンソンでしょ?」
「……っ! グランディール家の……!」
彼はアナスタシアを見るなり、身構えるように距離を取った。
王太子の婚約者、悪役令嬢。噂は学園中に響き渡っている。
そんな人物が、なぜ自分に? という警戒心がありありと見て取れた。
「心配しないで。私はあなたを笑いに来たんじゃないわ」
「……じゃあ、何の用だ」
「未来を変えに来たのよ」
その言葉に、カイの表情が一瞬だけ揺らぐ。
彼の中には、誰にも理解されない孤独と焦りがあった。
アナスタシアはそれを読み取るように、穏やかに続けた。
「さっきの失敗、誰もあなたを責めてはいなかったわ。むしろ皆、あなたが天才であることを信じている」
「……だからこそ、僕は……」
カイは苦々しく唇を噛む。
期待が重荷なのだ。
才能を褒められるたびに、それを裏切る恐怖に苛まれ、自分を追い詰めていく。
――未来史で彼が壊れる原因、それが今、目の前にある。
「カイ。あなたはもう十分にすごいわ」
「……っ」
「失敗したっていいじゃない。誰も完璧じゃないのよ。……私だって」
アナスタシアはわざと胸を張り、堂々と宣言した。
「私は未来史に『断罪される悪役令嬢』と書かれている女なのよ。完璧とは程遠いでしょ?」
カイの目が驚きに揺れ、そして思わず小さく笑みを漏らした。
「……おかしな人だな」
「おかしくて結構。私は未来を変えるために、あなたを救うって決めたんだから」
◆
その日の魔術実習は散々な結果に終わったが――
アナスタシアが去った後、カイは初めて「失敗を笑われなかった」ことに気づいた。
誰かが寄り添ってくれた。
ただそれだけで、胸の奥に小さな灯がともった。
未来史に描かれた暴走の悲劇は、まだ避けられていない。
だがアナスタシアは確かに、カイの孤独に手を差し伸べる最初の一歩を踏み出していた。