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第六話 天才魔術師の自信喪失

エドワードとの出会いから数日後。

 アナスタシアの目は、次なる未来の犠牲者――天才魔術師の卵、カイへと向けられていた。


 未来史の記述を思い返す。

 彼は類稀な魔術の才能を持ちながら、精神を病み、制御を失った魔力暴走によって命を落とす。

 その惨状は「学園史上最大の悲劇」とまで記されていた。


「……魔術の才を誇りながら、自滅なんて。何としても防がなきゃ」


 だが、どうすれば?

 アナスタシアは紅茶を口にしながら、じっと思案した。

 ――彼が壊れる原因は、才能を認められながらも同時に押し潰されていく心。

 天才であるがゆえに孤独で、誰も寄り添わない。

 未来史はそこまで淡々と記していた。


「なら、私は彼に寄り添うしかないわね」



 その日、学園の魔術実習場は異様な緊張感に包まれていた。

 白い石造りの広間に、青白い光を帯びた魔法陣。

 生徒たちが見守る中、銀髪の少年――カイが中央に立っていた。


「……カイ様、やはり特別ですね」

「火と氷を同時に操れるなんて」

「さすが『天才』だ」


 口々に称賛の声が上がる。だがその中心にいる本人の顔は、硬く引き攣っていた。


「…………」


 彼は両手を掲げ、炎と氷の球を生み出す。

 だが次の瞬間、その二つがぶつかり合い――爆ぜた。


「っ!」

「危ない!」


 爆風とともに熱風が走り、周囲の生徒たちが悲鳴を上げて散った。

 石床に亀裂が走り、魔法陣が揺らぐ。


「……また、失敗だ」


 カイが小さく呟いた声は、自分を責める刃そのものだった。



「……大丈夫?」

 爆煙が晴れたとき、アナスタシアが歩み寄っていた。

「あなた、カイ・エヴァンソンでしょ?」

「……っ! グランディール家の……!」


 彼はアナスタシアを見るなり、身構えるように距離を取った。

 王太子の婚約者、悪役令嬢。噂は学園中に響き渡っている。

 そんな人物が、なぜ自分に? という警戒心がありありと見て取れた。


「心配しないで。私はあなたを笑いに来たんじゃないわ」

「……じゃあ、何の用だ」

「未来を変えに来たのよ」


 その言葉に、カイの表情が一瞬だけ揺らぐ。

 彼の中には、誰にも理解されない孤独と焦りがあった。

 アナスタシアはそれを読み取るように、穏やかに続けた。


「さっきの失敗、誰もあなたを責めてはいなかったわ。むしろ皆、あなたが天才であることを信じている」

「……だからこそ、僕は……」


 カイは苦々しく唇を噛む。

 期待が重荷なのだ。

 才能を褒められるたびに、それを裏切る恐怖に苛まれ、自分を追い詰めていく。

 ――未来史で彼が壊れる原因、それが今、目の前にある。


「カイ。あなたはもう十分にすごいわ」

「……っ」

「失敗したっていいじゃない。誰も完璧じゃないのよ。……私だって」


 アナスタシアはわざと胸を張り、堂々と宣言した。

「私は未来史に『断罪される悪役令嬢』と書かれている女なのよ。完璧とは程遠いでしょ?」


 カイの目が驚きに揺れ、そして思わず小さく笑みを漏らした。

「……おかしな人だな」

「おかしくて結構。私は未来を変えるために、あなたを救うって決めたんだから」



 その日の魔術実習は散々な結果に終わったが――

 アナスタシアが去った後、カイは初めて「失敗を笑われなかった」ことに気づいた。

 誰かが寄り添ってくれた。

 ただそれだけで、胸の奥に小さな灯がともった。


 未来史に描かれた暴走の悲劇は、まだ避けられていない。

 だがアナスタシアは確かに、カイの孤独に手を差し伸べる最初の一歩を踏み出していた。


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