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第四話 婚約者はツンデレ王太子


 王都の朝は、いつも華やかで騒がしい。

 城下の市場からは活気ある声が響き、城の中庭では騎士たちが訓練をしている。

 その喧騒を遠くに聞きながら、私は王宮の迎賓館の一室で、鏡の前に座っていた。


「お嬢様、今日は殿下とのお茶会でございますね」


 背後から声をかけてきたのは、執事セドリック。

 いつもの落ち着いた声音で、私の髪に櫛を入れていく。

 絹糸のように整えられていく長い金髪を見つめながら、私は小さく息を吐いた。


「……本当に、気が重いわ」


 未来史に記されていた、断罪の場。

 中心で声を上げていたのは、私の婚約者――王太子ルシアン殿下だった。

 彼が私を糾弾する姿が、頭の中に焼き付いて離れない。


「アナスタシア、貴様の悪行はもう許せぬ!」


 まるでその声が耳元に聞こえてくるようで、私は小さく肩を震わせた。

 だが、未来を変えると決めた以上、彼を避けるわけにはいかない。

 むしろ、真っ先に向き合うべき相手だ。


 そう、彼は――ツンデレ。

 未来史の記述によれば、誰よりも真面目で責任感が強く、けれど不器用すぎて誤解しやすい。

 その性格が原因で、私との間に数多くのすれ違いを生み、やがて「悪役令嬢断罪」という未来に繋がるのだ。


(ならば、誤解を解き、信頼を築くしかないわね)


 心に決意を刻み、私はドレスの裾を整えた。

 今日は初夏を思わせるような陽気。薄青のドレスは爽やかで、ルシアン殿下の好みにも合うはずだ。

 もっとも、彼が素直に褒めてくれるかどうかは怪しいけれど……。



 王宮の庭園。

 噴水のそばに設えられた白いテーブルの前に、ルシアン殿下はすでに座っていた。

 日差しを受けて輝く銀髪。切れ長の蒼い瞳は、真っ直ぐでありながらどこか不器用な光を帯びている。

 整った顔立ちに、自然と息を呑む侍女たちの気配が後ろから伝わってくる。


 ――けれど、当の本人は眉をひそめていた。


「……遅いぞ、アナスタシア」


 開口一番、それだ。

 思わず笑みが引きつりそうになるのを、私はどうにか耐えた。


「申し訳ございません、殿下。身支度に少々時間がかかってしまいましたの」


「ふん……毎度のことだな」


 視線を逸らしながら、彼はぶつぶつと不満を漏らす。

 だが、その耳がほんのり赤く染まっていることに、私は気付いてしまった。

 ――ああ、やっぱり。

 未来史に書かれていた通りだわ。口では冷たく突き放すくせに、内心では気にかけている。


(この不器用さ、何とかしてあげないと……)


 椅子に腰掛け、微笑を浮かべて紅茶を手に取る。

 香り高い茶葉の香りが、少しだけ場を和ませてくれる。


「殿下、最近の勉学はいかがですか?」


 努めて柔らかく話題を振る。

 彼はわずかに視線を泳がせ、それから不機嫌そうに言った。


「悪くない。……ただ、政務の書類が煩雑でな。徹夜が続いている」


「まあ……! それではお体に障りますわ」


「心配はいらん。王太子として当然の務めだ」


 そう言い切る顔は凛々しい。だが同時に、どこか危うさを感じさせた。

 未来史にあった「謀略に巻き込まれ、命を落とす」という記述が頭をよぎる。

 彼の真面目さと責任感が、きっとその破滅を招いてしまうのだろう。


(私が……支えなければ)


 紅茶を口に含みながら、強くそう心に誓った。

 未来を変えるには、彼に寄り添い、彼の孤独を癒す必要がある。

 彼はツンデレで、素直じゃない。だけど――その奥にある優しさを、私は知っている。


「殿下」


 そっと声をかけると、彼の蒼い瞳がこちらを向いた。

 その瞬間、胸がぎゅっと締め付けられる。

 未来史では、この瞳が私を断罪していた。だが今はまだ――違う。


「……どうした」


「私は、殿下のお力になりたいと思っておりますの。どんなことでも、遠慮なく仰ってくださいませ」


 一瞬、彼の瞳が揺れた。

 だが次の瞬間には、いつもの仏頂面に戻る。


「ふん……余計なお世話だ。だが……勝手にそう思っていればいい」


 素直じゃない。

 けれど、その言葉の端に、確かに照れ隠しが混じっていた。

 そのことが嬉しくて、私は小さく微笑んだ。


 ――未来史を変える一歩。

 それは、このツンデレ王太子との距離を縮めることから始まるのだと、私は確信した。


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