第三話 「私が断罪される未来?」
未来史の頁を読み進めていくうちに、私――アナスタシア・グランディールは、思わず手を震わせた。
そこには、恐ろしいほど具体的に「私の結末」が記されていたのだ。
「……王太子ルシアン殿下の婚約者、アナスタシア・グランディール。学園での悪行が明るみに出て、王太子とその取り巻きに糾弾され、断罪の場に立たされる……そして、国外追放……?」
読み進めるごとに、背筋が凍っていく。
さらに数行先には、こうもあった。
「追放先で襲撃を受け、命を落とす」
「っ――!」
思わず本を閉じてしまった。
心臓が耳元で鳴り響くように、早鐘を打っている。
悪役令嬢。
そう呼ばれる存在の末路は、物語でも、歴史でも、悲惨なものだとわかっていた。
だが、自分自身の未来がこれほど詳細に「断罪」と「死」で刻まれているとは……。
「冗談じゃないわ……!」
思わず声に出していた。
もし他の侍女に聞かれていたら、きっと不審に思われただろう。幸い、今この部屋には私と、控えに立つ執事セドリックだけだ。
ちらりと視線を送れば、彼は表情一つ変えず、ただ「どうかなさいましたか」とでも言いたげに控えている。
――だが、彼の瞳の奥に、一瞬だけきらりと光るものを見た。
まるで、すべてを承知しているような……そんな冷静さ。
けれど今は、それを問い詰めている暇はない。
私は深呼吸をして、再び本を開いた。
震える指先で頁をめくり、続きを確認する。
断罪の場には、ルシアン殿下の他に、五人の「攻略対象」と呼ばれる存在が並んでいるらしい。
誰が何を攻略するのかしら…?
未来史では、彼らが口々に私の罪を糾弾し、私を追い詰める役割を担っていた。
(ルシアン殿下はツンデレで……口下手で真面目すぎるから誤解してしまう。
騎士のレオナールは泣き虫で、気弱な性格ゆえに流されやすい。
魔術師カイは自分の失敗に囚われていて、周囲を信じられなくなっている。
参謀テオは腹黒で、打算的。
そして年下の魔獣使いノエルは、人間不信……)
未来史に描かれていた彼らの姿は、アナスタシアを「悪役」と決めつけ、彼女を排斥するための言葉を吐いていた。
誰一人、味方をしてくれる者はいなかった。
――それはつまり、彼らが「救われないままの未来」を歩んでしまった証拠。
「そういうことなのね……」
小さく呟いた。
未来史を読む限り、彼らは皆、後に悲惨な死を迎えていた。
王太子は謀略に巻き込まれ、国を背負うことなく散り。
騎士は自らの弱さゆえに守れずに死に。
魔術師は暴走して命を落とし。
参謀は裏切り者として処刑され。
魔獣使いは孤独の果てに……。
私の断罪も彼らの破滅も、未来史ではひと続きの流れのように描かれていた。
だが――裏を返せば。
「彼らを救えば、私も救われる可能性がある」
私はぱん、と両手で本を閉じた。
未来は、まだ決定してはいない。
この本はあくまで「未来史」であって、絶対の運命ではないのだと。
ならば私は――。
「未来を変える。彼らを救って、私自身の破滅フラグも叩き折るのよ!」
力強くそう決意した瞬間、背後から控えめな声がかかった。
「お嬢様」
振り返れば、セドリックがわずかに首を傾げて立っていた。
感情をあらわにしない彼の口調は、いつも通り穏やかで落ち着いている。
けれど、不思議と心臓を射抜かれるような緊張感を与えるのだ。
「何か……決意を固められたように見受けられますね」
「……そうよ。私は、未来を変えるわ。絶対に」
きっぱりと言い切った私に、セドリックは静かに一礼をした。
その姿に――どこか底知れない安心感と、同時に謎めいた不安を覚えたのだった。