9.花火大会2
明くんと私は頂上のベンチで夜空に咲き誇る花火を眺めていた。
「藤沢さん──」
私の名前を呼んでこちらを真っすぐ見つめる明くん。その顔は花火の色に照らされて、瞳は微かに光っている。きっとここまで来るのに沢山の悩みと戦って、決意を胸に宿してきたんだと思う。
だからこそ、私は明くんの真っすぐな瞳や色とりどりの花火に照らされる顔を見て思ってしまう。
──綺麗だと、美しいと、なにより愛おしいと。
絵になんて、残せない刹那的瞬間に私はこんなにも強く明くんに対して感情の花を咲かせている。でも、明くんは中々次の言葉を出せないようだった。
私はそっと明くんの片手に自分の手を添えて言った。
「焦らなくていいよ、ちゃんと全部伝わってるから」
明くんはゆっくりと言葉にする。丁寧にはっきりとした声で。
「夢の中で会った時から僕は藤沢さんが好きだったんだと思う。でも僕は一度忘れてしまった」
明くんの瞳が揺らぐ、きっと記憶を取り戻してからずっと気にしていたこと、そんなのお互い様なのに──。
明くんはグッと握り拳を胸に当てて崩れそうな表情をなんとか保っている。
見ている私まで胸の中でせき止められているものが泉のように出てしまいそうになる。
バーンっと大きな音が鳴り、特大花火が連続で打ち上る。
明くんの瞳には大きな花火の光が映っている。
この瞬間、この瞳の輝き──私の視界には今まで描いてきた明くんの星空を映した瞳と今の花火の光を映した瞳が重なって見える。
「それでも、もし許されるなら夢の中で出会った少女じゃなくて、入学式の日に出会って今こうして向き合っている等身大の美雪の一番近くに居させてほしい」
そうはっきりと言った明くんの瞳にはあの夢の中の時と違って、私のはにかむ顔も映し出されていた。
──僕は美雪に言い切った後、まるで時間が止まったような錯覚を覚え、周囲の空間が一気に広がり、僕の言葉がこの夜空の遥か遠くまで響き渡っていくような感じがする。
花火の音は遠く、自分の心臓の鼓動がいつもよりはっきりと聞こえる。
夏の暑さも感じない。触れている美雪の手から伝わる体温を全身で感じているようだ。
「私ね、凄く食いしん坊なのスイーツもなんでも沢山食べるよ」
気にしない、それに良いことじゃないか
「わがままだし、きっと悩んで落ち込んだ時は面倒くさいよ」
「それは僕も同じ、お互い支え合って行けばいい。一方的に頼ってくれても構わない」
「それに寝言が猫なの」
ん、寝言が・・・・猫?。
「ごめん、今のなし」
美雪はそれからしばらく視線を泳がせてから、こちらを見つめて言った。
「これが等身大の私・・・・こんな私でよければ傍にいてください」
バーンと今までで一番大きな花火が空に咲く。僕は「ぜひ」と言って頷いた。
「綺麗だね」
大きな花火は一つだけじゃなく何発も連続で咲き誇る。きっと最後の締めの花火だ。
僕は多分、美雪に言ったんだと思う。
「確かに綺麗だ──」
花火大会が終わり僕たちは手をしっかり繋いで境内に降りていく、その道中で寝言が猫について聞いたけど教えてもらえなかった。今度、京香に聞けば分かるかもしれない。
境内に着くと秀一と京香がこちらに手を振っている。
秀一は僕の顔を見て、親指を立てる。僕も同じように返す。
京香と美雪はお互いに微笑み合った。
「お前ならやれると思ってたぞ明」
近づくなり秀一は僕の肩を叩いて言った。
「美雪、よく頑張ったね。明になにかされたら相談しなよ」
「うん、ありがとう京香ちゃん」
──僕らは大きく前に進んだ。それぞれの距離も今までにないくらい近くになったと鳥居の方に歩く三人を見て思った。
「明、早く来ないと境内に置いてくぞ」
秀一が大声で呼んでいる。僕は駆け足で三人の元に向かい鳥居をくぐった。