黒騎士と姫とハンナの呪い7
倒れたハンナの目元からこぼれる涙をハンスが親指で拭き取った。
その後、吸魔陣を使ってハンナの魔力を限界まで消耗させたハンスが決然とした顔で言った。
「……早く始めるぞ。全力でかかってやる」
「ああ」
正直、ギャルルが戻ってくるまで待っていたいのがやまやまだが、距離から考えてあと1時間以内に戻ってくるだろうし。ハンスに聞いた話では、ハンナの部屋には外部の干渉を妨げる結界も張ってあるらしいから大丈夫だろう。
何よりハンナの体のためにも、一刻も早く魔道具を作成することが先だ。
二度とこんなことが起こらないようにするためにも、全力でやってやる!
俺はそんなことを考えながら、もしもの時のため、自分の影を静かに伸ばし、ハンナとベベの影に隠した。
ベベとハンナをそれぞれのベッドに寝かせた我々は、地下にある研究室に向かった。
研究室に入ったハンスが向かったのは研究室の真ん中だった。
研究室の中央にある円卓。その上には複雑な魔法陣が描かれていて、その中心には俺が持ってきた吸魔石をコインサイズに切ったものが置かれていた。
言ってた通り、俺がハンナと話している間に、ここまで準備をしておいたらしい。
「さて、じゃあ俺は何をすればいいんだ?」
「魔法陣の上に手を乗せて、直接魔力を供給すればいい。あっちだ」
ハンスの手をたどっていくと、魔法陣の一角に拳ほどの大きさの魔石が魔法陣の上に埋め込まれているのが見えた。
構造からすると、吸魔石に直列に繋がっていて、魔力を直接供給できるようになっているように見えた。
ハンスが言った通り俺が魔石の上に手を乗せると、ハンスも同じく反対側にある魔石に手を乗せた。
俺は反対側に立っているハンスをじっと見つめながら小さくつぶやいた。
「その格好、見るの久しぶりだな」
「まあ、そうだろうな」
ハンスはいつ着替えたのか、複雑な紋様が描かれてるローブを身にまとい、魔石を持ってない手には30センチほどの長さの杖を持っていた。
俺が最後に見たハンスの杖と比べると、その杖はかなり小さくて地味な形をしていたが、その地味な形がなんだか学生の頃を思い出させた。
「何だかちょっと懐かしいな」
「コホン! 余計な話言ってないで、さっさと始めるぞ!」
まあ、そうだな、可愛い可愛いハンナの命がかかってるんだから。
ハンスの緊張をほぐすつもりだったのだが、それでもじゃれ合いはここまでだ。
「準備はいいか」
「ああ」
「じゃあ始めるぞ!」
ハンスの合図と同時に、ハンスの杖の先端にある魔石が光り、同時に大量の魔力が俺の体から抜けていった。
俺の体から抜けた魔力は、青紫色の光と共に吸魔石に吸収された。
「……くっ!」
大量の魔力が吸魔石にグイグイと吸収されていく。
急激な魔力の低下に額から汗が流れた。
だがまだ足りない。
歯を食いしばった俺は吸魔石が完全に青紫色に染まるまで魔力を注ぎ込んだ。
チカチカと青紫と黒を繰り返した吸魔石が、やがて完全に青紫色に染まった。
かなりの量の魔力を抜かれて、今も抜かれ続けているが、これでもう吸魔石はこれ以上魔力を吸収することはできなくなった。
俺は目を見開き、ハンスに叫んだ。
「やれ、ハンス!!」
「ああ!」
ハンスが目を鋭く光らせながら吸魔石に魔法陣を刻み始めた。
***
ナイトーとハンスが吸魔石と戦っていた時、
「……」
ベッドの上で静かに眠っていたハンナがぱっと目を覚ました。
おかしなことだった。
ハンスは間違いなくハンナの魔力を奪い、仮死状態にしたと言っていた。
それなのにたった数時間でハンナが目を覚ますのはおかしい。
しかし、目を覚ましたハンナはそれだけで終わらず、そのままベッドから立ち上がった。
何も掴むことなく、まるで何かの見えない糸に引っ張られたかのように。
奇妙なことはそれだけではなかった。
「……」
ハンナの目は、起きている人とは思えないほど、焦点が合っていなかった。
まるで何も見ていないかのように。
しかし、そんな中でも体を起こしたハンナは、ベビーベッドで寝ているベベを抱いて、フラフラと扉に向かって歩いていった。
部屋を出て、店を出て、裸足で村の道を歩いていたハンナは、ノールの農場から戻ってくるギャルルとばったりと会ってしまった。
普通の町なら靴もなく歩いているのを見てすぐに何かがおかしいと気ついたはずだが、ここは獣人の町。裸足で歩く人はそれほど珍しくない。
だからこそ、何の異常も感じなかったギャルルは、大した警戒もせずにハンナに近づいた。
「あれ、ハンナ、どうしたんだ? もう体は大丈夫か?」
「……」
しかし、ハンナはギャルルの心配の言葉に答えることもなく、ただ前へ前へと足を進んた。
挨拶にも、心配の言葉にも答えることなく、まるでギャルル自体を見なかったかのように、ハンナはギャルルをすっと通り過ぎていった。
「ハンナ……? おい、ハンナ!」
そこになってようやくハンナの様子がおかしいことに気づいたギャルルが、ハンナが行った方向に向かって体を回した。
しかし、
ハンナの姿はすでにいなくなっていた。
「……一体どうしたんだよ、ハンナ」
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