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黒騎士と姫とハンナの呪い6


 マジックバッグから透明なカップに入ったゼリーをちらっと見せたあと手を戻すと、慌てた声でハンナが早口でそう言った。

 何度か食べたおかげで、俺の料理の腕を知っているから、美味しいはずのおやつが無くなるのが我慢できなかったのだろう。

 視線を下すと、真っ赤な顔をしたハンナと目が合った。

 すると、ハンナがそっと目をそらした。

 だけど、そんな中でも前に伸ばした手はそのままそこにあった。


「ぷふっ!」

「……うう、笑わないでください! ナイトさん!」

「あ、いや、かわいくてな。ははっ!」


 ああ、我慢しようと思ったけど、どうしても笑いが止まらないな。


 普段はあんなにしっかり者のハンナが、こんな子供らしい反応をするなんて。

 いつの間にかハンナの頭の上に上がっている手が、ハンナの頭をくしゃくしゃと撫でた。


「もう、やめてください!  もう子供じゃないんですから!」


 そう言うハンナの顔は嫌という感じではなかったが、視線は俺の手の上のゼリーに釘付けられていた。


 本当に食べたいみたいだな。


「はい、どうぞ」

「わあ! ありがとうございます、ナイトさん!」


 満面の笑みを浮かべながら手を伸ばすハンナをみた俺は、ハンナの手がゼリーに届く前にそっと手を後ろにした。

 すると、ハンナが慌てた顔で俺を見上げた。


「く、くれるんじゃなかったんですか!?」

「あげる、あげるよ。でも、このまま食べるより美味しい食べ方があるから、ちょっと待ってくれるか?」

「はい!!」


 うん。素直でいい子だ。


 ハンナの頭をもう一度軽く撫でた俺は、台所から持ってきたお皿を取り出してハンナの手の上に乗せた。

 そしてゼリーをその皿の上に逆さまに置いた後、にやにやとした笑顔を浮かべながら言った。


「ほら、ハンナ。見ててね」

「はい! 見てます」

「1、2、3!」


 数字を数えるのが終わるのと同時に、ゼリーの器をそっと上に持ち上げると、


 プルルン。


 とゼリーが器から出てきた。

 まあ、みんなプディングを買うとよくやるアレだ。

 個人的にゼリーは器に入ったまま食べたほうが食べやすいとは思っているが、こっちのほうがキレイなのは言うまでもない。

 その証拠に、宝石のように輝くゼリーを見るハンナの目が、まるでそのゼリーのようにキラキラと輝いていた。


「わあ! きれいですね!」

「ぴゃあ♥ ぴゃぴゃあ♥」


 ハンナとベベが頬を染めてゼリーを見ていた。


 コーラ、ベベ。お前にはまだ早いぞ!


 俺はゼリーに向かって手を伸ばすベベの口に素早くおしゃぶりを入れて、ガラガラで視線を引いた。

 ベベはかなり不満そうな顔をしたが、それでもダメなものはダメなのだ。

 俺がしばらく不機嫌そうなベベをなだめていると、ハンナがキラキラと輝く視線を俺の方に向けて聞いてきた。


「すごくきれいです! まるで宝石みたい! ナイトさん、これって本当に食べものなんですか?」

「ああ、もちろん。ちゃんと食べものだよ。 ほら、すごく美味しいはずだから早く食べてみて」


 そう言いながらスプーンを差し出すと、わくわくした顔でスプーンを受け取ったハンナが、ぷるんとしたゼリーをスプーンですくって口に運んだ。

 そして。


「ううん! うーん! ナイトさん! これ美味しいです! 独特な食感なのに食べやすいし! それにこれ! この味! タビイチゴを使ってるんですか?」

「ああ、よく気づいたね、そうだよ。前に分けてもらったのを少し使ったんだ」


 おかげで、貰った果実があまり残ってないけど。

 でも、もともとあれはハンナに分けてもらったものだし。ハンナと一緒に食べるために作ったものだから後悔はなかった。

 何より、さっきまで青白い顔色をしていたハンナが頬を赤く染め、楽しそうにしゃべるのを見るのが嬉しかった。

 そうしてしばらく話をしていると、


 コンコン。


「ハンナ、ちょっといいか?」


 ノックの音とともにハンスが部屋に入ってきた。

 俺はハンスが左手に持っている薬をちらっと見てから言った。


「準備は終わったのか」

「ああ、今すぐ始められる」


 そうか、ならやっぱりあれはハンナに飲ませる薬何だな。

 たぶん睡眠薬か何かだろう。

 起きている状態で仮死状態になるほど魔力を消耗させるのは、まだ幼いハンナには耐え難いことだろうから。

 そんなことを考えながらハンナを見ると、どこか決意に満ちた顔をしたハンナが明るい声で言った。


「今日飲む薬はそれなの、お父さん?」

「ああ、そうだよ。ハンナ、ちゃんと飲めるか?」

「もうお父さんは、私を何歳だと思ってるの?」


 子供を心配する父と、そんな父に小言を言う子。

 傍から見るとほほえましい姿だが、残念ながら二人の声は密かに震えていた。

 薬を飲ませようとするハンスは、ハンナを助けるためにその本人に過酷なことをしなければならないことを悲しんでいて、それに気づいたハンナは、ハンスを悲しませないために自分の恐怖を抑えていた。


「ハンナ」

「はい! 何ですか、ナイトさん!」

「……体が治ったら、また美味しいお菓子を持ってくるよ」


 そんな中、俺にできるのは、こんなちっぽけな約束だけだった。

 必ずまた今日みたいに美味しいお菓子を食べさせてあげるという誓いのような約束。

 そんな俺の言葉を聞いたハンナは、


「約束ですよ! 楽しみにしていますからね!」


 と言った後、ハンスからもらった薬を飲んで、そのままベッドの上に倒れた。




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