黒騎士と姫とハンナの呪い5
確かにそうすれば魔力が一定以上奪われる心配はないから、吸魔陣を使うよりはマシかもしれない。しかし、それでも負担がないわけじゃないのだ。
今すぐは問題がないかもしれないが、それが何十年後にもそうだとは限らないからな。
しかし、ハンスは苦しそうな顔をしながらも、はっきりと言った。
「ああ、死ぬよりはマシだからな」
そう答えるハンスの顔は、自分の内臓を切り裂くような痛みで満ちているように見えた。
結局、俺はそれ以上何も言えず、ただ頭を縦に振るしかなかった。
「……わかった。お前の考えがそうなら従うよ」
「ありがとう。じゃあ、俺は今から魔道具製作の準備をする。お前はその間、ハンナと一緒にいてくれるか」
かすかに涙を含んだ声で話すハンスの言葉に、俺はただその背中に向かって「ああ、わかった」と答えるしかなかった。
「さて、じゃあ、どうしようかな」
ハンスの言葉通り、ハンナの部屋に向かう前に、俺は足を止めてちょっと考え込んだ。
ハンスの言葉は正しかった。
ハンナを救うには吸魔石が必要で、吸魔石に魔法陣を刻むには俺とハンスの力が必要不可欠だ。そしてその間にハンナが魔力暴走を起こさないようにするには、ハンナの魔力をできるだけ抜いておく必要がある。
そこまでは全てが正論だったし、ハンナのために仕方のないことだった。
しかし、それをそのまま実行するには少し問題があった。
「ぴゃあ♥」
「うんうん。今日もベベは可愛いね~」
その問題は何かというと、ハンナとベベの世話をしてくれる人がいないということだ。
「ハンスが吸魔石で魔道具を作る間、俺がハンナの魔力を見ながらベベの世話をするつもりだったからなぁ」
俺がいない間、ベベの世話をしてくれる人を探しておいてなかったのだ!
「どうしたものか」
どこかで聖力に耐性があって、やることがない人が今すぐに落ちてくれないかなあ」
そんなことを考えていると、チリンとした音とともに店のドアが開いた。
あれ、ハンスの店はしばらく開かないと聞いていたけど。 鍵をかけ忘れたのかな。
そんなことを考えながら店の入り口を見ると、店の中に入ってくるギャルルと目が合った。
ああ、なるほど。
「ハンナのお見舞いに来たのか?」
「ああ、そうだよ。ハンナの具合はどう?」
「結構よくなってる。まだ治ったわけではないけど、特に問題はないらしい」
見たところ顔色も悪くなかったし。
魔力不足で疲れているようには見えたが、それはこれから解決するつもりだからあながち嘘ではなかった。
あとはその間、ハンナとベベの世話をしてくれる人がいればいいんだけど……。
そこまで考えた俺の視線がギャルルに釘付けになった。
……今思いついたのだが、もしかしてこの子は今の状況にぴったりの優良物件ではないか?
ちょっと考えてみよう。
まず安全性。獣人王の娘であり、ハンナの友達でもあるからハンナとベベに危害をくわえる心配はないだろう。
あともしものための戦闘力。本人の戦闘力はまあまあだが、彼女の周りで陰ながら守る護衛の腕前は1級。
問題はギャルルが今、ノールさんのところで職業体験という名の罰を受けてるってことなんだけど……。
それは俺が後で金でも労働力ででも埋め合わせると約束するといえば、ノールさんも目をつぶってくれるだろう。
子供の代わりに成人男性が仕事を手伝ってくれるというのだから、むしろ喜ぶかもしれない。
そこまで考えた俺は、満面の笑みを浮かべてギャルルの肩を掴んだ。
「それより、ルル。ちょっとお願いがあるんだけど、いいか?」
「え? 何。……別にいいけど」
耳を立てながらそう答えるギャルルを見て、俺はニヤリと笑った。
お世話役ゲットダゼー!!
話を聞いたギャルルは俺のお願いを二つ返事で受け入れてくれた。
そして、仕事を休むのであれば、さすがにノールさんに許可をもらわないといけないと、ちょっとノールさんのところへ行ってくると言って、ハンスの店から出て行った。
そんなギャルルを見送った俺は、ちょっと台所に寄ってから、ハンナの部屋へ向かった。
コンコン。
「ハンナ、入ってもいいか?」
「はい! どうぞ!」
ハンナが明るい声で答えるのと同時に、ドアが開いた。
どうやら俺が上がってくる音を聞いて、ずっと扉の前に立っていたらしい。
3日もの間、危険だと言って家から出られなかったのだから、幼いハンナとしては退屈するのも無理はない。
もう少し待てばそんな退屈に耐える必要もなくなると言てあげたいところだが、正直言ってそれは難しい。
ハンスがどんなに良い魔道具を作っても、ハンナが呪われているって事実は変わらないのだから。
これからもこの親子は、先のわからない未来の脅威にずっと耐えていかなければならないだろう。
少なくとも呪いをかけた術師を見つけるまでは、こうして生きていくしかないからな。
だから、うわべだけの言葉はできないが、それでも少しだけ気を休めてあげることはできる。
「ハンナ、少しお腹空いてないか」
「ええと。お腹は空いてないですね。ずっと部屋に閉じこもっているだけですから」
そうか、お腹が空いてないのか。
「残念だな。ハンナのお腹を空かしていたら食べようと思って、差し入れにオヤツを持ってきたんだけど、じゃあこれは後で俺がー」
「あっ! ナイトさん! 急にお腹が! お腹が減っちゃいました!」
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