誘拐未遂犯、その後の話
ナイトが魔法使いを倒した森から数時間離れた洞窟。
薄暗い中、黒いローブを身につけた老人が床に倒れている人物、ナイトがロープ巻きにして森に捨てていった誘拐未遂犯を見下ろしながらつぶやいた。
「情けない奴め。【カス・オブ・ショック】!」
「くわああッ!!」
黒いローブの老人の魔法を受けた誘拐未遂犯が、苦しそうな悲鳴と共に目を覚ました。
発作的に震える体と大きく開いた目、そして涎をそのまま垂らす口から、誘拐未遂犯の苦痛がどれほどのものかわかることができた。
普通の人間ならすぐにでも治癒神官のいるところに連れて行きそうな姿。
しかし、そんな姿に一抹の同情すら感じないのか、黒いローブの老人は濁った声で自分の用件だけを言った。
「計画はどうなった、あのガキは」
「も、申し訳ありません! し、失敗……ぐあああああッ!!」
失敗、という言葉が終わるよりも早く、再び撃たれた魔法に誘拐未遂犯がまだ地面に倒れた。
痛みが激しいのか、誘拐未遂犯の大きく開いた目から血の涙がぼたぼたと落ちた。
しかし、今回も黒いローブの老人は何も感じないらしく、手に持った杖を人差し指で軽く叩きながらつぶやいた。
「失敗、失敗だと? 我々の壮大な計画を邪魔するとは、貴様。
どう責任を取るつもりだ」
「も、申し訳ありません! どうかこの弟子を罰してください!」
不機嫌そうに呟く黒いローブの老人の言葉に、彼の弟子らしい誘拐未遂犯が体を伏せて処罰を願った。
恐怖で肩を震わせるその姿は、見ているだけで同情を抱かせるものだった。
しかし、師匠である黒いローブの老人は、その姿を見ても怒りを収めなかった。
「罰? 罰と言ったか! お前を罰したからところで、すでに狂ってしまった計画が元に戻るか! この出来損ないが!!」
「も、申し訳ありません!!」
師匠の怒号に、誘拐未遂犯が地面に頭を強く打ち付けた。
額から血を流しながらも躊躇うことなく頭を地面に叩きつける誘拐未遂犯の姿を、師匠である黒いローブの老人が不愉快そうに見ている時、老人の背後、暗闇の中から声が聞こえてきた。
「もういいではありませんか、師匠」
「は? 何を言っている! 此奴のせいで我々たちの壮大な計画が狂ってしまったんだぞ!」
「そうですね、それは死んで当たり前の罪です」
そこまで言った声の主が暗闇の中から一歩前に出てきながら、魅惑的な声で言った。
「でも、もったいないではありませんか。このまま死んでしまっては、この者、ピエトをここまで育てるのに費やされた師匠の苦労が無駄になってしまいます」
「コホン! それはそうだな」
「ですから、この弟子の言うことを一度だけ聞いてみてはいかがですか?」
「ふむ! よろしい、言ってみろ、アルケ」
師匠のお許しを得たアルケと呼ばれた者が、人差し指を立てながら言った。
「どうせ死ぬのなら、せめてもっといい場所で、もっといい場所で使ってあげたほうがいいでしょう」
そして、償いの機会を与えて、万が一生き延びたら、それはそれで師匠の教育の成果とその素晴らしさを世に知らしめる機会になるのではありませんか。
にっこり笑いながら呟くアルケの言葉に、しばらく考え込んだ黒いローブの老人が、やがて考えが終わったらしく頭をうなずいた。
「……いいだろう。一度だけこの出来損ないにチャンスを与えよう」
「あ、ああ! ありがとうございます、ありがとうございます! 師匠……!!」
師匠の寛大な許しに誘拐未遂犯、いや。ピエトは涙を流しながら感謝の言葉を述べた。
ピエトはその瞬間、師匠とその後ろに立っている自分の弟弟子でありライバルであるアルケが、まるで輝いているように見えると思った。
しかしそれも一時のこと。
「だが、何の仕置きもせねば、示しがつかないだろう」
そう呟いた黒いローブの老人が、
何の前触れもなく、ピエトの右目を素手で引き抜いた。
「ぎゃああああああッ!!!」
突然の激痛にピエトが奪われた右目のいたところを押さえながら悲鳴を上げた。
血の涙が流れた場所を追うように、赤い血がピエトの頬を伝って流れ落ちた。
けれど、そんなことはどうでもいいというかのように、引き抜かれた目を指に乗せて確認した黒いローブの老人が口を大きく開け、ピエトの目を呑み込んだ。
老人の痩せた喉のせいで、ピエトの目玉が喉を通るのが外からもはっきりと見えた。
それからしばらくして、
「クッ! ハハハハハハッ!!」
悲鳴のような笑い声と共に、老人がずっと被っていたローブを外した。
すると、暗い洞窟の中を照らす魔道具の光の下、老人の顔が明らかになった。
「……!!」
そしてそのあらわになった顔に、ピエトは一つ残た目を見開き、驚愕に満ちた表情を浮かばせた。
それ程、老人の顔は醜いものだったのだ。
加齢によって垂れ下がった目、長さが自由すぎる歯、そして高く突き出た鷲鼻。しかし、老人の顔でもっとも醜いのはそんなことではなかった。
老人の顔で一番醜いもの、それは腐り垂れた右顔だった。
腐りすぎて、色まで泥色になってしたった顔で、唯一まともなものは、鮮明な茶色の瞳だけ。
それ以外は、その形さえもわからないほど腐っていて、そのせいでむしろ普通なあの瞳が目を引いた。
そしてピエトの残った一方の目も、そのあまりにも見慣れた右目に釘つけになっていた。
見慣れすぎたあの瞳。
それは……ピエトの右目だった。
ピエトの師匠は彼の目を奪って自分のものにしたのだ!!
いくら自分が任務に失敗したとはいえ、こんな仕打ちとは……!!
今まであれだけ尽くしてきたというのに!!
ピエトはもう痛みではなく、師匠に裏切られたことにたいして身を震わせていた。
そんな彼に気づいたのだろうか。
ピエトの頭の上から師匠の声が聞こえてきた。
「ふむ。この師がお前の目を奪ったのが不満か。ピエトよ」
やさしそうに聞こえる声。
もし自分が「はい、そうです」と言えば、奪った目を返してくれそうな 穏やかで優しい声だった。
しかし、ピエトはそんなことは絶対に起こらないとすでに知っていた。
これまで自分の前で死んで行った数多くの同門達の犠牲を通して!
後頭部に当たる師匠の視線が痛かった。
きっと師匠は今自分をあの時と同じ目で見ているはずだ。
だから、ピエトにできる答えは一つしかなかった。
「い、いいえ! めっそもありません……!!」
「ふむ。そうか」
それでようやく師匠の目がピエトの頭から離れてからしばらくして、コツ、コツと師匠が洞窟の奥へと歩いていく足音が聞こえた。
ピエトはその音が完全に聞こえなくなって、ようやく顔を上げることができた。
そんなピエトに、先ほどからあそこに立っていたアルケが近づいてきて、手を差し伸ばした。
「ピエト先輩、大丈夫ですか」
その手の上には、ローブの黒とは真逆の真っ白なハンカチが置かれていた。
「ああ、ありがとう」
弟弟子の気遣いに礼を言ったピエトは、ハンカチを受け取ってそのまま右目の穴を止血した。
ハンカチに血が染み込み初め、間もなくハンカチはその血でびしょ濡れになってしまった。
ピエトはその師匠の弟子とは思えないくらいに、まだ心優しい心が残っている弟弟子の手を握って立ち上がりながら言った。
「おかげさまで助かった。後でちゃんとお礼をしよう」
「そんな、気にしないでください。弟弟子として兄弟子を助けるのは当然のことではありませんか」
「だからといって、それがそれほど簡単なことでもないだろう。後で何か困ったことがあれば言ってくれ。何があっても俺が必ず助けてあげるから」
ピエトは本気でそう言った。
ピエトは今日、アルケに命を救われたと思っていた。
師匠から自分を包んでくれたのも、汚れるのが確実な時にハンカチを貸してくれたのも、血に染まった手を何の躊躇いもなく握ってくれたのも、ピエトは感謝していた。
なぜならピエトにとってそれは師匠の下に入ってから初めて感じた人の温もりだったからだ。
ピエトはこの恩は、何があっても返すつもりだった。
そのためにも、さらに修行に励まないとな。
そんな彼の言葉に込められた決意を感じたのか、弟弟子のアルケがふふっと笑みを浮かべながら言った。
「それ、約束ですよ、ピエト先輩」
「ああ」
ピエトは、ねだるように言うアルケの言葉に、淡々とうなずいた。
アルケの甘い声に妙な響きが含まれていることも気つけずに。
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