黒騎士と姫と採寸2
早くどうにかしないと、針子メイドたちがこのまま成仏してしまう。
そう考えた俺は、
「どいて!!」
メイドたちの間を抜け出し、ベベに向けて手を伸ばした。
ただ近づいただけなのに、すでに肌がやけどをしたようにヒリヒリする。ベベから発せられる聖なる力にダメージをうけているのだ。
はっきり言って痛い。
だが、今はそんなことを言っている場合ではなかった。
俺はピリピリする腕を動かし、泣いているベベを抱きしめた。
「くっ! よ、よしよし、ベベちゃん! 驚いたんだね、でももう大丈夫だよ、俺が来たんだからもう泣かないで、ヨシヨシ〜〜」
「おぎゃあああーー!! うえええぇぇ!! うっ! ふえぇぇ……っ」
痛みで小さく震える声で話をかけながらベベの背中を優しくなでると、背中を叩く慣れた手の感触にベベの呼吸が徐々に安定するのがわかった。
俺はベベを抱きしめなおしながら、ベベの耳元で落ち着いた声でささやいた。
「うん。よしよし、もう泣やめようか、ベベちゃん」
「ぷえ…。うぅーー」
ほどなくして、ベベが徐々に泣き止んだ。
まだ涙が残っているベベの目元を拭いてあげると、ベベが少し顔を上げた。
ベベの真っ赤に染まったピンク色の目と俺の目がぴったりと重なった。静かに見つめ合っていると、ベベがゆっくりと目を瞬いた。
慣れた顔をみて、驚いた気持ちが少し落ち着いたみたいだ。
しかし、まだ油断するのは早い。
赤ちゃんは一度泣いたら泣き止んでもすぐまた泣きだすものだから。
俺は静かに体を揺らしながら、ベベの背中を軽く撫でた。
すると、ゆっくりとまばたいたベベがやがて眠りに落ちた。
俺はそんなベベをそっとロベランが持ってきたベビーベッドに寝かせ、ベベがまた泣き出さないかしばらく様子を見た後、防音効果が付いたシールドを張ってそっと後ろに下がった。
大泣きしたベベも心配だったが、ベベの力に当てられた針子メイドたちも心配だったからだ。
「皆さん、大丈夫ですか?」
小さい声で尋ねると、針子メイドたちがまだ緊張が抜けていない表情で首をかしげた。
ベベの聖力は今まで俺が見てきた誰よりも強い。そんな聖力にあてられたのだから痛くないはずがない。 俺が奪命王の側近だから緊張しているのだろうか。
はぁ。後でロベランに言って、みんなの手当てを頼もう。
そんなことを考えていると、針子メイドたちを代表してエマさんが前に出てきて心配そうな声でこう言った。
「……話は聞いていましたが、まさかこれほどとは。ナイトさんは大丈夫ですか?」
「あ、はい。少し火傷をしたくらいです」
「少し……ですか」
そう言って袖をちょっと上げて腕を見せると、メイドたちが微妙な表情をした。
ええと。なんだろう。
なんでみんなあんな顔をしてるんだろう。
ああ、そういえばベベの力は普通の下級魔族が耐えられるものではなかったな。普通の下級魔族、それもアンデッド系の魔族がさっきの魔力に打たれたら、運が良くても半身不随を避けられない威力だったからな。
それなりに上級魔族であるはずの針子メイドたちの手足が溶けたというのに、普通の下級魔族だと言っている俺が火傷で済むのはおかしいことだろうな。
ここは少し言い訳をしておく必要がありそうだ。
「そんなに心配しなくても大丈夫です。ご主人様から頂いたこのアーティファクトがありますから」
俺は聖石を取り出しながら、針子メイドたちに言った。
すると、今度は針子メイドたちの顔が固まった。
今回も他の針子メイドを代表して、エマさんが落ち着いた声で言った。
「そうですか、ご主人様がそのアーティファクトを。聖力を防御する効果があるものなんですか?」
「はい。そうです。推測ですが、私がこの子の力に当てられて休んだりすると面倒だから、自分で何とか対応しろってことなんだと思います」
これだけ行ったら言い訳にはなっただろう。
「そ、そうですか……」
しかし、そんな俺の考えとは違い、エマさんを除いた針子メイドたちは皆んななんだか少しあいまいな笑みを浮かべながら一歩後ろに下がった。
さっきから何であんな反応なんだろう。分からん。
俺はそんなことを考えながら、少し話を変えた。
「それより、この調子だと、今日のうちに採寸を終わらせるのは難しそうですね」
「ああ、そうですね……」
大泣きした後寝むってしまったベベも問題と言えば問題だが、それ以上に針子メイドたちの調子が問題だった。
代表であるエマさんは俺のサイズを測るためにベベと離れていたので無事だったが、他のメイドさんたちはそうではなかった。
指先だけ少し溶けた人もいれば、手首まで消えてしまった人もいた。手先の感覚が大事な針子の仕事なんだし、どう考えてもこのまま仕事を続けるのは無理があった。
何より、ベベを見る針子メイドたちの視線があまりいい感じではなかった。
ベビーベッドですやすやと寝ているベベにメイドたちが恐怖に満ちた視線を向けていた。
今は寝ていてわからないだろうが、感情を読む能力を持つベベにとっては今この環境は耐えられないもののはずだ。
なので、このままサイズを測るのは、ベベにも、針子メイドたちにも良くないと俺は思ったのだ。
針子メイドたちの顔色を、特に震える指先を注意深く覗いたエマさんの考えも同じだったのか、首を縦に振った。
「そう、ですね。あなたたちはもう下りなさい。ここは私一人で担当します」
「……はい。かしこまりました」
しおしおと首を下げた針子メイドたちは、互いに体を支え合いながら部屋から出て行った。
すると部屋に残るのは、針子メイドの代表であるエマさんと俺、そしてベベだけになった。
「エマさんも一緒に休んだらどうですか? 驚いたでしょう」
いつも一緒に働いているはずの他の針子メイドたちのあんな姿を見たのだ。エマさん自身に怪我がないとはいえ、ショックを受けてないはずがない。
そんなことを考えながら提案すると、エマさんが強い意思が見える表情で首を横に振った。
「ご心配ありがとうございます。ですが、私は大丈夫です。そして申し訳ございません。私の部下がご迷惑をおかけしました」
そう言ったエマさんが丁寧に頭を下げた。
逆にこちらが申し訳なくなるような、丁寧すぎる謝罪だった。
その謝罪に耐えきれなかった俺は、結局両手を振りながらエマさんを止めた。
「ああっ、大丈夫です! 事故だったんですから! 油断していた私のせいもありますし!!」
「いいえ。すべては、部下をきちんと管理できなかった私の落ち度です」
うう、さすがロベランの部下というか。エマさん、思いのほか頑固な人だなぁ。
はあ、仕方ない。
「それじゃあ、お互い少しずつ悪かったってことにしちゃいましょうか、エマさんはどうですか?」
「私としては受け入れがたい言葉ですが、......はあ。わかりました。ナイトさんがそれで心が楽になるのでしたら、そういうことにしておきましょう」
「そうですね。そうしてください」
一緒に働く間であまり心の壁ができるのも嫌だしね。
そんなことを考えていると、パッと手のひらを叩いたエマさんが明るい表情で言った。
「じゃあ、これで話し合いも終わった訳ですし、それでは採寸の続きをしましょうか!」
「ええっ!? それはまた今度になったんじゃなかったんですか!?」
てっきりそういうことだと思ってたのに!!
「ここに残っているのはもうエマさんだけですよね! なのにそれでもまだ続くんだすか!?」
一歩後ろに下がりながら言うと、エマさんが礼儀正しい、しかしどこか深い闇を秘めた表情で二歩近づいてきた。
「そうですね。他の子たちが休みに行ってしまいましたので、ちょっと難しい状況ですね」
「ええ、だから後で……!!」
「しかし! 私は私の仕事をさせていただきます。私はあくまで針子メイドですから」
「……!!」
口元に指をそっと当て、どこかの執事のセリフを口ずさむエマさんの姿に、俺は何も言えず、彼女に捕まるしかなかった。
どうやら採寸が終わるまで、エマさんの手から逃げるのは無理のようだ。
本当、何者だよ。エマさん(泣)
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