黒騎士と姫と採寸1
その翌日、俺は久しぶりに霊墓省に来ていた。
数日前に頼んでおいたベベの寝具が仕上がったとロベランからの連絡があったからだ。
今日も前回同様、ダミー黒騎士を前に立てて執務室に入った俺は、執務室の扉が閉まるのと同時にロベランに声をかけた。
「ロベラン、前に話した布団を見せてくれるか」
「かしこまりました。御主人様」
俺の言葉に、ロベランはあらかじめ用意していたかのように、書斎の一角から綺麗に畳まれた寝具を取り出した。
「ん? 何か多くないか?」
「予備用に少し多めに用意いたしました。清潔さを保たないと、人間の子供はすぐ体調を崩すと聞きましたので」
「そ、そうか」
確かに予備があればいろいろいいだろうな。
忙しいときはマジックバッグに入れておいて、一気に洗ってもいいだろうし。
そう納得した俺は、早速寝具を確認した。
下に敷くマットはふわふわで、上にかける布団は軽くて暖かい。まだ少し寒い季節なので、ベベが使うにはこれくらいがちょうど良さそうだ。
寝具の上にベベをそっと置くと、ベベが嬉しそうに笑いながら俺の指を掴んだ。
「ぴゃ❤︎ ぴゃあー❤︎」
「おお、気持ちいいか、ベベ。よかったな」
そう言いながらベベに掴まれた指を軽く振っていると、後ろで待機していたロベランが軽く咳をしてから言った。
「ご主人様、一つ申し上げたいことがおりますが」
「何だ言ってみろ」
俺はベベに手を掴まれたまま、体を少しだけ回してロベランに問いた。
するとロベランは軽く頭を下げながら言った。
「寝具だけでなく、服も用意されてはいかがでしょうか」
「服を?」
「はい。おこがましいかも知りませんが、今着ている服では、赤ちゃんにはあまり着心地が良くないかと」
ロベランの言葉に俺は視線を下に向け、俺の手で遊んでいるベベを見つめた。
ベベは今初めて会った時と同じく、ドレス姿だった。
もちろん、初めて会った時と同じドレスを着ているわけではない。ちゃんと着替えはさせている。初めで会った時のようにドレスを着ているだけだ。
なぜベベがドレス姿かというと、初めてベベと会った時に一緒にいた荷物に入っていた服が全てドレスだったからだ。
さすがに赤ちゃんにコテコテのアクセサリーは危険なので、身に着けていたアクセサリーは初日に全部外したが、それでも持っている服がドレスしかなかったので、今もベベはドレス姿なのだ。
それにしても、今までは慣れてて気にしてなかったけど、確かに聞いてみるとロベランの言う通り、このままずっとドレス姿なのはベベが可哀想だ。
魔王様の好みなのか。それとも聖国の王族のゴージャスな趣味なのかは知らないが。さすがにずっとドレス姿のままというのはちょっとないな。
「そうだな。ついでにベベの服も新しく仕立てようか。いつまでもこんな服ばかり着せるわけにもいかないからな」
「では、今すぐ針子のメイドたちを呼んで参ります」
俺が許可すると、そう言ったロベランがそのまま部屋から出て行った。
そして数分後。
「こんにちは、ナイトさん。ロベランさんの命令で参りました。 針子メイドのエマと申します。
「エマさん、こんにちは。早速ですが、この子の服を仕立ててもらえますか」
「はい。わかりました。皆さん、採寸を始めてください」
軽く頭を下げた針子メイドのエマさんが、後ろに続くメイドたちに指示を出した。
すると「はい!」と答えた後ろのメイドさんたちが素早い動きでベベのサイズを測り始めた。
測り始めたのはいいんだけど……。
「なんで私まで採寸されるんでしょか?」
「ロベラン執事長から、この部屋にいらっしゃる方々のお洋服を仕立てるように命じられましたので」
「えっ。ロベラン執事長に!?」
そう言いながら周りを見渡すと、いつもならエマさんたちと一緒に入ってきているはずのロベランの姿が見当たらない。
ロベランなら、本人がいれば俺が命令で服を仕立てるのをやめさせるとわかっていただろう。それであらかじめ逃げたのかの知らない。
だと言う事は……。
もしかして俺、ロベランにハメられたのか!?
前々から霊墓城の主人として相応しい服装を身につけてほしいと頼まれる事はよくあったけど。それにしても、まさかこんな方法まで使うとは。
確かにこうなると、下級魔族であるナイトのふりをしている俺は逃げられないけど。
それでも酷いだろう! この城の主人は俺だというのに! くっ! ロベラン、これもれっきとした下克上だぞ! 下克上!
「ナイトさん、少し腕を上げてもらえませんか」
「いいえ、私は……」
「ナイトさん、腕、上げてください」
「いや……」
魔族といっても普通の針子なのに。 この威圧感は何なんだろう。
勢いよく近づいてくるエマさんから一歩下がると、エマさんが二歩ほど近づき、メジャーを俺の方へ向けた。
何があっても俺のサイズを計ってみせるという強い意志を感じた。
「さあ、怖がらないで。ちょっとサイズを測るだけだから! さあ!!」
「あ、いや、俺は……」
いや、本当に必要ないんですけど! どうせ死んでいて成長しない体だし! 丈夫なシャツとパンツを何枚か持っていれば普通に生活できるのに!
なんでそんなにサイズを測ろうとするんだ! あれですか! ロベランの差し金ですか!?
後ろに身をひき続けていると、背中が壁に当たった。
もうこれ以上引くところがない。
くっ。どうする!?
目を転がしながら、下級魔族ナイトとして不自然に思われないくらいの動きで逃げられる場所を探していると、ベベの採寸に行った針子メイドたちのほうから悲鳴が聞こえてきた。
「きゃああーー!!!!」
「な、何……!?」
仲間のメイドたちの悲鳴に、エマさんが振り返った。
俺はその間に横から抜け出し、悲鳴を上げているメイドたちの方に視線を向けた。
「おぎゃあああああーーーー!!!!」
悲鳴を上げるメイドたちの声の合間から、ベベの泣き声がはっきりと聞こえてきた。
さっきまで元気だったベベは、突然現れて体を触る針子メイドたちの手に驚いて泣いてしまったようだった。
てか、こんなことを考えている場合じゃなかった!!
「きゃああっ!! たすけて……!!」
ベベの体からほのかに発せられる聖力に、アンデッドである針子メイドたちが浄化されていく。
黄金色の光と共に、メイドたちの指先が金色の粉となって散り始めた。
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