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黒騎士と姫とハンスの頼み1


 それから数日後、俺はハンスのいるスターン村に向かった。

 ベベのミルクを補充し、いくつか必要なものを買うためだった。

 ついでにハンスに前回譲ってもらった聖石をよく使っているという報告をするため、ハンスの雑貨屋に立ち寄ったのだがーー。


「おまえ、やらかしたんだって?」


 頭を斜めにしたハンスがふきげんそうに聞いてきた。


「何を言ってるんだ?」

「ぴゃー?」


 何もやらかした覚えはないが。

 ベベと一緒に首をかしげながらそう尋ねると、ハンスが眉間にしわを寄せながら聞いてきた。


「2日前、タイガー領地近くの森、子供。これでも何もわからないか?」

「……ッ」

「やっぱりあったな! そうだと思った!」


 いや、なんでお前が知ってんだよ、2日前のことだぞ。

 そんな俺の疑問が表情に出ていたのか、ハンスが深いため息をついてから説明した。


「噂になってんだよ。ここの領主様の娘が、正体不明の誰かに助けられたって」

「……領主の娘?」

「ああ、ギャルル・タイガー。カフカ・タイガー様の子で、このタイガー領のご令嬢だ。て、気付いてねえのかよ!」


 そりゃ、見たことないし。

 でも今思い返せば汚れていたものの、その独特の模様とか、四天王の一人であるカプカにかなり似ていたんだな……。今思えば気づかなかったのが不思議なくらいだ。

 俺は遠くを見ながらそう思った。


「おまえ、いったいどうするつもりなんだよ。正体、バレたくないんじゃなかったのか。なのにこんな指名手配書まで出回されるとかさ」


 ハンスがカウンターの奥から羊皮紙を取り出し、ドーン!とカウンター真ん中に広げながら言った。

 羊皮紙には「タイガー領主の娘、ギャルル タイガーの恩人。丁寧に連れてくるように。目撃情報提供の際は謝礼を支払う。」と書かれたメモとともに、仮面をかぶった俺の姿が画かれていた。


「い、いや、これなら大丈夫じゃないか? 別に顔バレしたわけでもないし」


 確かに手配書には俺の顔が描かれていた。でもそれは俺の顔とはかけ離れていて、合ってるのは髪と目の色くらいだった。


「ないわけあるか! この魔界にお前みたいに真っ黒な髪の人が何人いると思ってる!」

「ムッ。そ、そうかなぁ」


 そういえばあまり見たことないような気がする。藍色に近い黒や紫に近い黒は見たことあるけど。

 ……もしかしてこれけっこうヤバイ?


「いや、いくらなんでもこれは似てなさ過ぎだから大丈夫だろう。うん!」


 実際、全然似てない。俺の髪型は首のあたりでひもで綺麗に結んだ髪型なんだが、手配書に描かれている人物の髪はもっと長くて色もだいぶ明るかった。 体ももっとがっちりした感じで描かれているし。かなり混乱な状況だったから、おそらくギャルルが自分を救ってくれた人をすごい人!って感じで美化して覚えていたのだと思う。これを見てこれが俺だと一発でわかるのはたぶんハンスくらいだろう、と思う。

 そしてそのハンスも、俺の普段の移動経路と、手配書に描かれた人物の髪型と目の色、そして謎の人物の実力からこれが俺だと推測したのだと思う。


「俺が言いたいのは、見つかる、見つからないの話じゃないんだよ! お前はその姿の時は静かに暮らしたいって言っただろうが! なのに何で事件に首を突っ込むんだよ!」

「悪かったよ。でもさ、だからってモンスターに襲われてる子をほって置けないだろ」

 

 聖国と魔界との戦が始まる前にも、俺は子供には結構甘い方だった。そしてそれはハンスも同じだったし。

 俺の反論を聞いたハンスは、言葉を詰まらせたようにしばらく口を閉じた。

 しかしそれも一瞬のことで、これだけは言っておかなきゃならない、と言うように話をつつけた。


「うッ! それはそうだが! それでももう少し気をつけろ! わかったな!」

「わかったよ。気をつければいいだろ。気をつければ。幸いカプカの屋敷は隣の町にあるわけだし。あの町にだけ行かないとバレることはないだろう」

「まあ、それならいいけど」


 カプカの屋敷がいる隣の町に行かないと誓うと、これ以上言う気は無かったらしくハンスもグダグダ言うのをやめた。

 よし、ハンスの怒りん坊はここまでだな。

 さっさと話題を変えよう。


「それより聖石よく使ったよ。ベベのこともそうだけど、これがなかったらあのギャルルって子はちょっと危なかったかもしれない」

「ん? そういえば、何があったんだ。あの獣人族の首領の娘の恩人なんて。子供とはいえ、獣人王の子だろ。ある程度のモンスターならワンパンでK.O.だろ」

「ああ、それが森でバジリスクに追われてるのを見つけたからさ」

「ああ、そうか。……なんか耳がおかしいな。今、お前の口からバジリスクっていう幻聴が聞こえたようだが」

「バジリスクは聞き間違いじゃないぞ」


 耳をかじりながら現実から目を背けるハンスに向かって俺は現実を押し付けた。


「……お前なぁ!! だからあんなに必死に探してるんだろが!!」

「えっ」

「バジリスクを殺せる者が、この国にどれだけいると思う!? そんな大化け物を一人で処理すれば、そりゃ見つけるわ! 領主の娘の恩人じゃなくても、見つけるわ!!」

「……大化け物って大げさだな。バジリスクは倒すのが面倒なだけで、倒せないわけじゃないだろ。うちの使用人も時間はかかるけど倒せるし」

「おまえのとこの使用人はほとんどアンデッドだろ! バジリスクの毒があまり効かないヤツ!! 普通は軍が動くものだからな!?」


 ……そうだったのか。みんな涼しい顔で倒してたから知らなかった。

 他の領地の者と一緒に戦うこともあまりなかったし。


「……なぁ、ハンス。もしかしてこれって結構ヤバイのか?」

「今気づいたのかよ!」


 いや、さっきから危険だとは思ってはいたけど。それはただ、バレたらちょっと面倒だなという程度だった。

 でもハンスの話を聞いてみると、今の状況はそんなもんじゃなかった。

 俺はちょっと腕の立つ人ぐらいで振る舞っていたつもりだったが、ハンスの話によると、バジリスクは軍が動く案件だてことじゃないか。

 なのに俺はそれを一人で瞬殺し、移動、領主の部下を見つけた上で逃げたということになる。

 下手をすると腕の立つ指名手配者が領主の部下を見て逃げたと誤解される余地があった。


 幸い、手配書の内容を見る限り、そこまで誤解されていないようだが。そうだとしても問題はある。獣人は強さこそPOWERの種族。

 強者を見つけたらまず戦いを挑み、自分より強いと判断された場合、相手を祭ろうとする。

 ここまでならまだマシだが、問題はその間に修行をして、後でその強者を倒そうとするところだろうか。

 とにかく獣人に関わるとややこしくなる。

 ナイトとしている時は目立たない下級魔族でいたい俺としては、どっちにしても最悪の結果である。


「ど、どうしよう、ハンス」

「はあー。そもそも、あの粗悪な認識阻害の仮面はどこで手に入れたんだ?」

「ウチの城の魔道具研究所でもらった」


 研究員の一人が作ったけど使わないというから貰ってきたんだよなぁ。

 性能がそんなに悪いわけでもないし、使えるものは使ってあげないと!

 そんなことを考えながら、うなずいているど、


「ああ、もぉーーーー!!!!」


 と髪をバサバサと乱したハンスが、すたすたと倉庫に入った。


 

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