黒騎士と騒がしい森1
「シュゥゥゥーー」
巨大な蛇の形をしたモンスター バジリスク。
私と目が合ったバジリスクが、呼びかけに答えるように蛇が舌を鳴らした。
蛇が舌を鳴らす奴の口から灰色の煙が出た。あれがあの獣人を石化させた毒、石化毒だ。あれに触れればそれで終わり。じりじりと毒に蝕まれて死に至る。
あの獣人も今はまだ無事だが、おそらく遠からず灰色の石像になるだろう。そうでなくても、あの状態だといつ足が折れるかわからない。完全に折れたら石化を解いても足は戻らない。
急いで手当てしたほうがいいだろう。
そんなことを考えていると、
「くっ! おい、こっちだ! こっちに来い!!」
そう叫んだ獣人が突然走り始めた。向かうのは俺から一番遠い方向。どうやらあの獣人は自分が森の浅いところまで奴を引き寄せたせいで、不運にも奴の目に入ってしまった俺の代わりに餌になるつもりらしい。
しかしそんな獣人の犠牲精神にも関わらず、俺という新たな獲物を発見したバジリスクは振り向きもせず俺に向かって這い寄ってきた。
もう捕まえたも同然の獣人をしばらく放置して、新鮮な獲物である俺を狙うつもりらしい。
「あ、おい!!ついて来いって言ってるだろ……!!」
それに気づいた獣人が俺に向かって走り始めたが、もう遅い。
バジリスクを誘引するために俺から反対方向に走った彼女と違って、バジリスクはすでに俺の目の前まで来ていた。
獣人が到着するより早く、胴体を膨らませたバジリスクがプーッ!と、俺に向かって毒煙を吐き出した。
***
「はっ! はあっ!」
獣人ギャルルは必死に森を走っていた。
こんな深い森の中に一人で入ってくるなんて、馬鹿だった。
止める周りの人を無視するなんて、愚かだった。
どんなモンスターも倒せるなんて、傲慢だった。
なんでこんな森の中まで入ってきたんだろう。
周りのみんなに言われたのに。
危険だと。
心配だと。
全部僕のために言ってくれた言葉だった。
しかし、僕はそれを何一つ聞かなかった。
狩りは何度もしたことがある。
そのたびにいつも周りに使用人がいたけれど、狩りをするのは僕一人だけだった。
だから。
みんなが見ているだけなら、一人でも変わらないだろ、そう思っていたのだ。
屋敷をこっそり抜け出し、普段なら周りの人に止められて入れない森の奥まで入ってきた。
最初は楽しかった。
一度も行ったことのない森の奥には、初めて見る景色、初めて聞く音、初めて嗅ぐ匂いがあった。
使用人達の言葉とは違い、襲ってくるモンスターもないし、危険なものは一つもない。むしろ退屈に感じるくらいだった。
「これなら一番下の妹のクルルもこれるかも」
いや、やはりダメかな。クルルはまだ4歳だし。こんなところに連れてきたら、さすがに使用人に怒られる気がする。
でもそうだな、浅い森では見かけない実や花をお土産に持っていくのは悪くないかもしれない。いや、むしろ良いかもしれない!
襲ってくるモンスターもいないし、逃げるのを攻撃するのは弱者をいじめるようで嫌だし、それなら弟たちのためにプレゼントを集めた方がいい。
そう思ったギャルルは、早速プレゼントを集め始めた。
地面に腰を下ろし、初めて見る白い花を摘み、木に登り、甘酸っぱい香りのする果物を採り、そして最後に今日の冒険を記念して、初めて見る鳥の羽根を鳥の巣からそっと取り出した。
青紫色の美しい羽根だった。
これならいつも忙しい母もギャルルを褒めてくれるかもしれない。
そんなことを考えていると、頭の上に影が落ちた。
ものすごく大きい影だった。
それに気づくと同時に、ギャルルは威圧感を感じた。今まで感じたことのない大きな威圧感だった。
ゴクッ。
唾を飲み込んだギャルルは、緊張で動かない首を動かし、後ろを振り向いた。
するとそこには、見たこともない巨大なヘビがいた。
「シィィィィィィーーーー」
巨大なヘビがゆっくりまばたきしながらギャルルを見た。
ギャルルは本能的に体が固まるのを感じた。
蛇はギャルルの10倍はありそうな大きさだった。口を開けギャルルを飲み込もうとすれば、一口で食べられるに違いない。
今はただ奴がギャルルを喰う気にならないくらいお腹がパンパンになっていることを祈るしかなかった。
だが、その願いは叶わなかった。
「シッ! シィィィィーーーーッ! カアッ!!」
なぜなら、ギャルルをじっと見つめていた巨大なヘビが瞳を鋭くし、口を大きく開けたからだ。
奴は今ここでギャルルを食べようとしているに違いない。
その瞬間、ギャルルの頭の中では様々な考えが駆け巡った。
どうしよう!
今からでも逃げる? いや、でも今から逃げてもあの恐ろしいヘビから逃げられるとは思えない。
どうしよう、どうしよう!
ここでこのまま奴に喰われて死ぬのか?
ーーーーいや、そんなの嫌だ。僕は死にたくない! 生きたい! 生きて、絶対家族の元に帰るんだ!
「僕はーーーータイガー族のギャルル タイガーなんだから!!」
絶対、あきらめない! 絶対、死なない!!
それからギャルルは必死に走り始めた。
蛇はギャルルのように鍛えられた足もないのに、ものすごく速かった。そのうえ変則的で、ギャルルは何度も危険な場面に遭遇し、そのたびに危ない目に遭い、ギリギリと生き残る事ができた。
「はっ! はあっ!」
木と岩を乗り越え、地面を転がったギャルルはいままでで一番疲れていた。
いつの間にか集めた花や実も失ってしまった。
残念という気持ちは全然わかなかった。
今はそれよりも生き残ることが大事だった。
ギリギリだけど、この調子ならなんとか逃げられるかもしれない。
これまでの蛇との追いかけっこでギャルルはそう確信した。
確信していたのだ。
「シッ! シィィィィーーーーッ!」
その考えが変わったのは、あの巨大なヘビが灰色の煙を吐き出した後だった。
「くっ!?」
灰色の煙に触れた肌が灰色に染まり、石のように硬くなった。
いや、石のように硬くなったんじゃない。これは石そのものだ。特に煙から逃げるのが遅かった左足の状態が酷く、膝から下が全部石になっていた。
マズイ、マズイマズイマズイーーーー。
このままでは死んでしまう!
今までもギリギリ逃げていたのに。足がこうなったら捕まるのは時間の問題だ。
今まで僕が奴から逃げられていたのは、奴が、遊んでいたからに過ぎない、そう悟った。
そう思いながらも、ギャルルは足を動かした。
奴から逃げられるとは思っていない。
ただ、諦めたくないと言う気持ち、死にたくないという気持ちだけで足を動かしているだけだった。
どうする。どうすればいい。
もうこのまま死ぬのか? 奴に喰われて?
「いや、嫌だ……」
死にたくないよ、ママ。
そう呟いている時、森の茂みから黒い影が飛び出してきた。
木の仮面をかぶった男だった。
ヤバイ!
このままじゃああの人も大ヘビの餌食になってしまう!
「ーーーーっ! そこのあんた! 危ない!! 逃げて……!!」
しかし、相手は突然現れた巨大な蛇に驚いたのか、そこに釘付けにされたようにただ立っていた。
何か呟いているようだが、心臓の音がうるさくて聞こえなかった。
このままではダメだ。
僕が蛇を浅い森まで引きずってきたせいで、関係ない人が死んでしまう。
そんなことをしたら、死んでもお母さまに会う顔がない!
「くっ!おい!! こっちだ!!」
ギャルルは仮面の男から一番遠い方向に向かって走り出した。
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