黒騎士と姫と本城2
「お願い……? ロベランが頼み事とは珍しいな。言ってみろ」
「ぴゃあー」
俺は大事な書類にヨダレまみれの手を押すベベから書類を遠ざけながら言葉を許した。
あぁ。この一瞬で書類によだれが……!! はぁ。これは後でもう一度書いてもらわないといけないな。
俺はダメになった書類を横に置いた後、ロベランに視線を向けた。
するとロベランが深く頭を下げながら言った。
「そのベベという子の世話を私に任せていただけませんか? どんなに偽りの姿をしていても、あなたは私たちの主人です。相手が一国のお姫様であろうとも、お主人さまが赤ん坊の世話に直接手を煩わす必要はありません」
俺は書類で遊ぶことを止められ、ぐずるベベをなだめながら考えた。
まあ、確かにその通りだ。いくら魔王の命令とはいえ、俺が直接ベベの世話をする必要はない。下の者に任せてもいいのだ。このくらいのことで怒ったり罰を与えたりはしない。魔王にもその程度の融通はある。
でも。
「ダメだ、それは許可できない」
「なぜですか? 人間の子供の世話くらい、このロベランでもできます」
「そんな問題じゃない」
もっと根本的な問題だ。
「この子が何者か知っているな」
「はい。聖国のお姫様だと……。まさか?」
「ああ、この子は聖力を持っているんだ。それもかなりの量を」
だからダメ。
聖力というのはアンデッドにとって最大の弱点だ。
アンデッドは基本聖力に対する耐性が低い。他の魔族たちよりもずっと聖力によわいのだ。
俺の部下達はみんなかなり強い方だが、だからといって聖力にダメージを受けないわけじゃない。少なくとも俺が受けたちょっとした火傷よりは痛い目に遭うのは間違いないだろ。それに下手をすると致命傷を負う可能性だってある。
さすがにそれを知っていて部下にベベを任せるわけには行かない。
労働災害はダメだ。ぜったい。うん。
すると、状況を理解したロベランが深く頭を下げ謝罪した。
「申し訳ございません。出過ぎた真似をしてしまいました」
「いいよ。ロベランのことだし」
忠心から言った言葉に怒ったりしないから。
そんないい雰囲気でロベランと目を合わせている時。
「ぷっぷっぷっぷ!! ぷばっ!! ぷえええ!!」
「あっ! ベベ、こら! よだれ!!」
書類というおもちゃを奪われたベベがよだれを飛ばしながら怒った。
まだ泣いてはないが、このままではまずいな。
俺は顔に飛んだよだれを袖で拭いた後、ガラガラを振りながらロベランに言った。
「それより、城で働く人達に伝えてくれる? できるだけ俺が一緒にいるけど、もし俺が不在でも勝手に手を出さないように、と」
「かしこまりました、注意させておきます」
「うん、頼むよ」
さて、色々話してる間、書類の整理も終わったし。
「来たついでにあそこにでも寄って行くか」
***
ゴツゴツ。
……ゴツゴツー。
狭く長い廊下。きっと歩いているのは俺一人のはずなのに、自分の足音を後ろにしてもう一人足音が聞こえてくる。
後ろから誰かがついてきているとか、ここが誰にも知られてない心霊スポットだったとかそういうことではない。ただこの廊下が非常に長く、音が響きやすい条件を満たしているだけで、小さい行動一つ一つが大きくなって返ってくるのだ。
そしてそれが人の緊張をあおる。
なので普通の人がここに住むのは難しい。
難しいのだが、それでもこんないずらい、いたくないという心が必要な場所もある。
その中の一つがここ、この霊墓省で最も厳重に警備されている場所。城の地下深くに位置する宝庫である。
長い長い廊下が終わりに近づくと、遠くからこちらに気づいた番人が手を振ってきた。
「あっ! ナイトちゃん、久しぶり〜」
「こんにちは、ジョンさん。」
「ぴゃあー♥」
俺が軽く挨拶をすると、初めて会う人のはずなのに、愛想のいいベベが一緒に挨拶をしてくれた。
番人の名前はジョン。平凡な顔に平凡な名前。どこを見ても特徴と言えるものがない。 特徴がないのが特徴とでも言えるようなこの男が、宝庫を守る警備を務めている人だ。
そっと近づくと、警備のジョンが硬い態度で俺に片手を差し出した。
「なんですか」
「なにって、差し入れだよ。差し入れ。持ってきたんだろ?いつもの、アレ!」
いつものは何がいつもの、だ。
「俺は今まで一度もジョンさんに差し入れなんかやった覚えがありませんが?」
頭を斜めにしてそう言うと、ジョンはクハハッ!と大きく笑った後、しばらくして笑いを止めて真顔でこう言った。
「正解だ」
そう。今のこの問答は、宝庫を守るジョンなりの侵入者の見分け方だったのだ。
ちなみに前に来たときは、「おい、ナイト! 昨日カビの生えたパンを食べてお腹壊したって聞いたんだが、大丈夫か?」とか、「洗濯係のリラに聞いたんだけど、お前、奪命王様の隠し子だって? 実はどうなんだ?」 とか聞かれた事がある。
後ろのことはともかく、前のことはさすがにナイトとしての俺の尊厳がかかっているものだから、後でロベランに言ってシバっておいたが。 まあ、とにかく仕事には忠実な男なのだ。彼は。顔はジミだけど。
とにかくそれはそれとして。
俺は奪命王の印章が押されてる羊皮紙をジョンに渡しながら言った。
「奪命王様の命令で来ました、門を開けてください」
「うん。確かに本物だ。通るといい!」
ジョンのその言葉とともに、ジョンの背後にあった扉が、グググッと重い音を立てながら開いた。
魔王城の謁見の場もそうだが、やっぱり大きな門が開くのはそれだけで威圧感があるな。
...... まあ、門の前に腕を組んで立っているのがジョンじゃなかったらもっと見栄えがあったんだろうけどなぁ。
とにかくジミ顔のジョンの関門を通り抜けた俺を待っていたのは、さまざまなガラクタがコロコロ転がっている倉庫だった。
まあ、ガラクタと言ってもそう見えるだけで、ここにある指輪一つだけでも売れば平民は一生食っていけるだろうけど。
「ここは毎回来るたびにめんどくさいんだよなぁ」
「ぴゃあぴゃあー♥」
ベベはあちこちがキラキラしていて楽しそうだが、俺にとってここはあまり来たくない場所である。
「来るたびにこれだもんなぁ」
来るたびに思うのだが、足を置く場所がない。かといって魔力を使おうにも、ここにあるたくさんのアーティファクトのどれが反応するかわからないし。数が多いから掃除をするにも限界があるし、かといって宝庫にメイドを入れるわけにもいかない。だから結局、ここはいつになってもガラクタの山のままなのだ。
今日も今日とて仕方なく、俺は床に転がっている様々な宝物を足で蹴りながら前に進んだ。
「あれ、どこに置いてたっけ。」
あまり使う機会がないから記憶が曖昧なんだよなぁ。
そうつぶやきながら進んだ俺は、宝庫の中央にたどり着いたところでようやく目的の物を見つけ出すことができた。
宝庫の真ん中にある石像、その首にぶら下がっているネックレスこそが俺が今探しているものだった。
石像からネックレスを外すと、ネックレスにぶら下がっていた聖石が流れ落ち、チェーンが手の中でジャラと音を立てながら垂れ下がった。
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