黒騎士と姫とミノタウロス農場3
ノールさんが言うのをためらったのもわかる。魔道具というのは、欲しいと思って手に入るものじゃない。普通ならよっぽどの運がないと一生1つや2つしか手にする事ができないものだ。
しかも中型魔獣であるミノタウロスを制圧できる魔道具なんて。この農場の持ち主であるノールさんにとっては、首から手が出るほど欲しい物のだろう。
そしてその分、俺が売ってくれない可能性が高い、と思っているはずだろうけど。
俺には関係ない話だった。
「はい、大丈夫です。たださっきのあれはもう使い切っちゃったので、新しいものを購入していただくことになりますが、大丈夫ですか? これは使い捨てなんですよ」
「えっ、新品なんて、そんな強い魔道具を何本持ってるの?」
「はい、持ってます。ちなみに値段もそんなに高くないですよ、1つあたり銀貨3枚くらいですし」
俺はそう言いながら、マジックバッグに入っていたOMH222号数個と轉用リムーバー、そしてそれらの鑑定書を取り出し、ノールさんに見せた。
鑑定書に一通り目を通した後、魔道具に刻印された真正の印章まで確認したノールさんは、目を開き驚いた。
「え、本物! しかも思ったより安い!!」
「はい。ちなみに今なら3つ買うと1つおまけしますよ!」
名付けて3+1イベントだ!
3つ買うと銀貨9枚。つまり円貨で9万円ほどの金額だが、万が一に備えると思えば悪くない買い物だ。しかも、3つ買うと1つおまけがもらえる大出血サービス!
ノールさんが「まあ! これは買わないと!」という表情で突っ込んできた。
「3個、買うわ!!」
「はい! お買い上げありがとうございます!」
俺はその場で柔らかい布が敷かれた箱を一つ取り出し、魔道具を入れてノールさんに差し出した。
するとノールさんは魔道具を撫でながら、幸せそうな表情で笑った。
「本当に良い買い物だったわ。でも不思議ね、こんな良いものがこんなに安く売ってるなんて、どこで手に入れたのかしら」
「……うっ」
「えっ。何、ナイトさん。その反応。何か言ってはいけないことでもあるの? 秘密なら聞くつもりはないんだけど……」
「あ、それはないですけど」
うーん。言わないとダメか。
「そ、それは死の谷で作ったものなんです……」
目をそっと逸らしながら答えると、ノールさんが震える声で俺の言葉を繰り返した。
「……えっ。死の谷って、あの死の谷……?」
「は、はいぃ」
俺が目を逸らしながらもはっきり答えると、ノールさんの顔色が一気に暗くなった。
まあ、普通そういう反応だよな。
治める領主があの奪命王であり、住民のほとんどがアンデッドである死の谷は、この魔界でも基本的に恐怖の対象となっている。
アンデッド自体が生き物の恐怖に触れる所があるというのに。それに加えあらゆる凶悪な噂がつきまとう奪命王が治めてるんだから。怖がらないってのが無理な話だ。
まあ、俺から見れば普通に人畜無害な骨たちだけどね。
とにかくそういう事情があって、俺の領地の営業利益はいつもマイナスだ。そしてそれが俺がこうして直接営業してる理由でもある。(泣)
物はいいんだけどね。なんというか、ヤのつく職業の人がやってる企業みたいな感じというか。そこにあることを知っていても、気軽に手に取るには抵抗があるんだよね。
「そ、それでもモノはいいですから! 噂はあれだけど一応国営ですし……」
そう。一応国営なのだ。生産地である死の谷が七不思議級に怖い噂が立っているところと言っても。国営なのだ!
そんな風に言い訳るように話すと、ノールさんがぎこちない笑みを浮かべながらうなずいた。
「そ、そうだね。国営なんだよね。うん、物は確かなようだし……よし! 買うわ!!」
ノールさん、唇が震えています。
そして今持っていたOMH222号をそっと箱に戻しましたね? 今俺見てますから!
まあ、仕方ない。すぐ返品するとか言われないだけマシだし。今回はこれで良いことにしようか。
そう言って納得して立ち去ろうとしたが、ノールさんはまだ聞きたいことがあるようだ。
「あの、ところでナイトさん。どうしてあそこの物を持っているの? もしかして……」
「あぁ。はい……。あそこで働いています」
……空気がさらに冷え込んだ。
うう。ノールさん。そんなヤが付く人を見たみたいに怖がらないでください! 本当にうちの領地は悪いことしてないんです! いい人たちですから!
は。もうこれ以上こんな目で見られたら、メンタルが粉々になっちゃう!(泣)
「じゃあ、そろそろ夕方も近いし、もう帰ります」
「あぁ、うん。あっ! ちょっと待って!!」
「……?」
早足で台所に入ったノールさんが、大きな黄色いかたまりとミルク缶を持って出てきた。
「……チーズですか?」
「うん。そう。私が作ったんだけどね。村の人の間では結構評判がいいの。……だから、ナイトさん、これ持って行って。あ、あと、この缶に入ってるのはミルクだけど。お返しでちょっと多めに入れたんだから、ドンドン飲んで、ね?」
ウッ。ノールさん。今でも俺と目をちゃんと合わせられないのに、こんなに気を使ってくれるなんて。いい人……!!(泣)
でも、
「良いんですか? かなり高そうなんですけど……」
チーズというのは、ハイ、ドン! で作られるものではない。現代ではスーパーで簡単に手に入るけど、基本に作るのも大変だし、熟成させるのも同じくらい大変なのがチーズだ。作る過程でちょっとミスするとすぐダメになっちゃうんだから、チーズは。
そんなものを一個丸ごと出すなんて、農場を経営しているノールさんでも簡単なことでは無いと思う。
だが、ノールさんはこれに対しては断固としてうなずいた。
「もちろんよ! あなたのおかげでハンナちゃんも無事だし。うちのミノちゃんも無事じゃない。それに魔道具まで一つおまけでもらったんだから。もちろんチーズなんかより魔道具の方がよっぽど高いだろうけど、私の気持ちだと思って受け取って、ね?」
うーん、それはいいけど、俺としては領主として領地の商品をアピールしただけだし。
でも、断るにはノールさんの誠意がな……。
ううッ、仕方ない。ありがたくいただこう。
「じゃ、ありがたくいただきます」
「ええ。お酒が飲めるならワインと一緒に食べてみてくださいね。赤ワインと一緒に飲むのがとても合うので個人的におすすめです」
「はい、わかりました」
赤ワインか。確か前に魔王様からもらったものがあったはず。
この際、飲んでしまおう。色々疲れたし。
そんなことを考えながら応接室を出ると、いつから待っていたのか、ドアの前で待っていたハンナがそっと俺の顔を見ながら尋ねてきた。
「あの、話は終わりましたか? 私そろそろ帰らないと、お父さんが心配しそうなんですけど……」
「ああ、終わったよ。家まで送ってあげるから、一緒に行こう」
ハンスを娘離れさせると言いながらも、こんなに父であるハンスのことを考えてくれるなんて、ハンナは本当にいい子だよな。
そんなことを考えながらハンナに手を差し出すと、ハンナは明るく笑って手を握った。
「では、俺たちはこれで失礼します。いろいろとありがとうございました。チーズもおいしくいただきます」
「あ、いや、私こそありがとう! ……その、また来てね! ハンナ! ナイトさんも!」
「はい!! ノールさんバイバイ!」
「じゃ、また」
ノールさん、俺の名前を呼ぶ時、目をギュッとして言いましたね。そんな無理しなくてもいいのに。
……ベベのミルク、ハンスに代わりに受け取ってもらったほうがいいかな。ちょっと考えておこう。
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