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しょうもない

作者: きよひこ

「君は今日をもって首だ」


「なぜです!」


クラシファーは叫んだ。


対面するボスは老齢の男だ。苦労をした人間に特有の皺がある。口の端は老獪につり上がっている。


ここはエルサル大学の研究所の一室である。エルサル大学はゴーン王国の王立大学だ。時はジャポニカ暦234年の4月13日で魔術の研究が進んでいる時代である。エルサル大学はゴーン王国の権威ある大学でトップの地位にある。クラシファーはこの大学で精霊術の研究をしている。


「クラシファーよ。お前の論文は受理されなかった。期限切れだ」


ボスの言葉にクラシファーは唇を噛んだ。クラシファーは精霊術の先駆的な論文のため実験を繰り返した。集めたデータをまとめ、仮説を立てて、新しい理論を生み出した。それをボスに提出したが返ってきた結果はリジェクト、つまり不採用とのことだった。しかしクラシファーに戻された論文を見ると文章が改ざんされていた。すなわちボスがクラシファーの論文を書き換えていたのだ。


その後驚異的なスピードでボスは一本の論文を提出し、受理された。その内容はクラシファーの出した論文と全く同じだった。クラシファーは内心で悪態をついた。クラシファーの研究は奪われたのだ。


「君は研究に時間をかけすぎた。期限を守れない助手はいらないよ」


クラシファーは背後へ振り向いた。


「人の研究を奪うようなやつの下で働かなくて良くなってせいせいしたよ」


背中越しにボスに吐き捨てた。そのまま扉に手をかけてその部屋を出た。


クラシファーは大学の廊下を歩いていた。クラシファーは背の低い少女だ。彼女は飛び級で16歳の若さで助手になった。しかしその1年後、こうしてボスに裏切られたのだ。実力がありすぎた。14歳ですでに一線級の研究をしており、知能を持った精霊を召喚する技術を世界に先駆けて開発していたのだ。周囲の羨望、嫉妬、畏怖、無理解に襲われた彼女は身をまもるために心を閉ざした。


彼女はピンク色の髪をしている。制服のサイズが合わず、ダボッと弛んでいる。彼女は片手を胸の前へ突き出して手のひらを上に向けた。発光した魔法陣が出現して光が溢れ出た。蝶のような形の精霊が現れた。


蝶はクラシファーに語りかける。


「どうしたの? 落ち込んで?」


「ボスが私の研究を盗んだのよ」


「それは酷いね。クラシーは何も悪くないのに」


「ありがとう。フェルー」


蝶の名前はフェルー。14歳のときの研究で生み出した精霊だ。


「私、もう無理。何も信じられない。尊敬していた恩師に裏切られるなんて。もう信じられるのはあなたしか居ないわ」


「大丈夫。今までだってなんとかやってこれたじゃないか。神様はきっとファーのことをしっかり見てるよ。誰かがファーを見出してくれるよ」


クラシファーは機嫌が直り、フェルーを指で撫でた。


「くすぐったいよ」


クラシファーは微笑した。


「あなたがそばに居てくれて嬉しい。味方はいつだってあなただけ」


「それは良くないよ。クラシファーには幸せになって欲しいんだ。もっと人と関わるべきだよ」


クラシファーは頬を膨らませた。


「嫌なことを言うのね。嫌い」


「そんなあ。君のためを思って言ったのにー」


フェルーは焦ったようにクラシファーの目の前をちらちらと飛び回った。


クラシファーは焦った様子をみて意地悪く笑った。


「嘘よ。でも人を信じるのが怖いの」


「しょうがないよ。ゆっくりと慣れていけば良いんだよ」


クラシファーは歩いて中庭に出た。中央に噴水がある。彼女はベンチに座ってぼうっとした。


(これからどうすれば良いのかしら)


クラシファーは途方に暮れていた。その才能から引く手数多な彼女は意思表示さえすればどこかに再就職できるだろう。しかし彼女は恐れていた。また同じように裏切られでもしたらと二の足を踏む。


ぼんやりと噴水を眺めているとクラシファーに声をかけるものが居た。


「どうもお嬢さん。元気ないみたいだね」


声の主を目で追うと男が立っていた。長身で茶髪な彼は少々、胡散臭い雰囲気をまとっていた。


「何か言いたいことでも?」


「あれま。そんな鋭い視線を寄越してこないでくれよ。ほらこれでも食べて元気だしてよ」


男が突き出してきた砂糖菓子をクラシファーが手で払った。地面に砂糖菓子が落ちた。男は残念そうな顔をした。


「気軽に声をかけてごめんね」


「悪いと思うなら帰ってちょうだい。私はあなたのことが嫌いよ」


男は口笛を吹いた。ギロリとクラシファーは睨めつける。


「実は僕、美味しい話を持ってきたんだ。君を首にした教授にひと泡吹かせられるかもよ」


クラシファーは片眉を上げた。


「なぜそれを知っているのかしら」


男はもったいぶった様子でクラシファーの顔の前に人差し指を立てて振った。クラシファーは怒ったのかその指を軽い力で握りつぶした。男は悲鳴を上げる。男はクラシファーの指を振りほどいていかにも芝居がかった風に指を撫でた。


「ひどいねー」


「心のこもってない悲鳴ね」


「ところでどう? このネタ興味ない?」


「どこでその情報を?」


「うーん。教えたくないなー。でもしょうがないな。君にだけ特別に教えてあげるよ。あの教授、実は色んな人に嫌われていてね。色々と敵がいるんだ。何も君だけが裏切られたわけじゃ無いのさ。このタレコミはとある査読者の一人から来たんだ」


クラシファーは片眉を上げた。クラシファーの反撃の兆しを捉えた様子に男はほくそ笑んだ。クラシファーはその男の表情と喋った内容を紐づけて警戒した。自分に何をさせようとしているのかクラシファーはそう警戒した。


「で、私に何をさせたいの?」


「簡単だよ。教授について色々教えてほしいんだ」


クラシファーはため息をついた。


「分かったわよ。教えてあげる」


「安心してくれ。身元は明かさないよ」


男にクラシファーは教授に色々と教えた。聞かれたことに答えただけだった。しかし質問はクラシファーにとってしょうもないと思える内容だった。教授の好きな女性のタイプや生活習慣、年収などの質問の内容にクラシファーはうんざりした。プライベートでクラシファーに預かり知らない内容も男が聞いてくるのでクラシファーは困った。


男が去って3ヶ月経つとイエローペーパーにクラシファーの元教授の痴態が誇張されて書き出されていた。著者近影にあの男が載っていた。


「しょうもない」


クラシファーはその紙をゴミ箱へ丸めて投げた。


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