luck2
「悪い。全部摩っちまった」
「何で朝飯奢るって言われてついてきたらカジノに連れてかれんだよ」
スロット、ポーカー、バカラ、ルーレット。そこはとあるカジノだった。
「それはあれだ。その……俺なりに歓迎の意を示してだな、ちょっとは良いもんを食わせてやろうと。で、その為の資金稼ぎ」
「そりゃどうも。で?」
エバのその言葉にテディは考える素振りを見せるとポケットからチョコバーを一本出すとそのまま差し出した。
「はぁ。もういい。さっさとMaGに戻してくれ」
「了解ボス」
出会って半日も経たぬうちにテディのギャンブル中毒っぷりを体験したエバはバーカウンターから歩き出し出口へと向かった。その一歩後ろをテディが続く。
「ちょっと待ってくれ」
だが歩き出してすぐに後ろのテディがエバを呼び止めた。その声に立ち止まり振り返った彼女はポーカーの席へ視線を向ける彼へ呆れた目線を送る。
「金は貸さねーぞ」
「ポーカーはもういい。あれだ」
さっきまでとは違いどこか少し真剣味を帯びたテディはそう言ってポーカーの席を顎でしゃくった。エバの視線がそこへ向くと追って詳細を言葉で捕捉し始める。
「二番目のテーブル一番右端に座ってる男」
確かにそこには眼鏡をかけた真面目そうな男が座っており、温和な表情でポーカーをしていた。
「あいつがどうしたんだ?」
「最初は何となく目をやっただけだったがアイツずっと負けてる」
「親近感でも湧いたか?」
「俺様は最終的に負けたんだ。ちょくちょく勝ってた」
すぐさま訂正するテディだったがエバにとっては大差ない。
「――まぁそれはいい。アイツはずっと負けてるくせに怒りや落ち込む様子も見せてない。それどころか全く気にしてない。どうでもいいって感じだ」
「ただ楽しんでるだけだろ?」
「確かにそういうヤツもいる。だがな、アイツはプレーに全く集中してない。スターティング……中央に捲られるプレイヤー共通のカードをチラッと見るだけで他のプレイヤーのベットは全く見てない。ずっと周辺を見てる」
初めは聞き流していたエバだったが、先程までとは様子の違うテディにその言い分を真面目に聞こうと完全に彼の方を向いた。
「つまり?」
「つまり? ――分からん。俺の思い過ごしかもしれんし。だが現状は怪しい。ヤツが高頻度で見ているのはあのスロットだ」
テディが指差したのは男の席から丁度正面にあるスロットの席だった。その列の端にあった機械は今は誰も座っておらず空席。
すると胸元から金のネックレスが顔を覗かせた男が一人、その席に腰を下ろした。男はポケットから出した硬貨を一枚、投入口へ入れようとするが手が滑ったのか床に落とすとそれを拾い上げた。しかも二度。その後、硬貨を入れるとレバーを下へ。
「アイツだ」
「ほんとか?」
怪訝そうな顔でテディを見るエバ。
「あぁ。普通はスロットを回したら全部止める」
テディの言う通り最後のリールが回りっぱなしのままになった状態のスロットを放置し男はその列の反対側へ。それを見たポーカー席の男は早々に切り上げて立ち上がるとそのスロットへ歩みを進めた。
そしてその席に座ると回り続けるリールを見つめたままじっと動かなかった。そんなポーカー男の様子を一番端の席からチラッと横目で確認したネックレス男は席から立ち上がり歩き出す。
ポーカー男の傍まで来るとそのネックレスの男は何かを拾う素振りを見せポーカー男の肩を叩いた。
「落ちてますよ」
二人の男の動向を見ていたエバの隣でテディは不意にそんなことを呟いた。その位置からでは聞こえないはずだが、まるで聞こえたかのようにテディはネックレスの男の台詞を口にしたのだ。
「読唇術ってやつだ。正確性は低いがな」
先手を打つようにテディは何故あんな事を呟いたのかをエバに説明した。
そうこうしている間にネックレスの男は出口へ向かってるんだろう。テディとエバの方へ向かって足を進めていた。
するとテディはエバの両腕を掴み強制的に自分とその男との間へ割り込ませるような位置に移動させた。
「んだよ」
「――そんなに怒んなって。俺はお前を愛してるんだ」
突然、そんなことを言ったかと思うとテディはエバを抱き締めた。彼の行動に怒りを遥かに凌ぐ動揺に支配され思わず言葉を失うエバ。
そんな彼女を他所に少しの間、抱き締めたテディがエバから離れる。
「何すんだよ」
「急にすまんな。ドキドキさせちまったか? だが安心しろただアイツの写真を撮っただけだ」
そう言ってテディが見せたスマホには先程の男を正面から撮影した写真が写っていた。
「そう言うのは言ってからや――」
「それじゃあもう一回言うぞ? 愛してるエバ」
エバを遮った言葉の後、テディはつい先程を再現するように彼女へ腕を回した。数秒の間、抱き締め続け彼の腕から解放されたエバの視界ではポーカーの男がネックレスの男を追うように出口へ向かっていた。
「撮れたのか?」
「あぁ、バッチリな」
そう言って向けられたスマホには男がハッキリと写っていた。
「で? 次は?」
「アイツを追う。ちゃんと次する行動は伝えたぞ」
「そりゃどーも」
「それじゃ行こうか。愛しのエバちゃん」
「捜査は片腕があれば十分か?」
「おい。冗談だって」
笑いながらエバの背を叩くテディと足並みを揃え二人はカジノの出口へと歩き出した。
「ちなみに捜査は片足があれば十分だ」
「ならあと三回は言えるな」
「さっきのはおまけか? 優しいな」
そんな冗談を交わしながら。




