luck1
次の日の朝。MaGへ出勤したエバは建物前にいた怪しい人物に足を止めた。
建物の壁に曲げた足を着け凭れるその男は深く被ったジップパーカーのフードにレザージャケットを着ている。俯かせた顔は地面を向いておりフードからはみ出たドレッドヘアに交じりイヤホンの線がジャケットのポケットへ伸びていた。両手もポケットに入れており微動だにしない。
そんな男に対しエバは訝しげな視線を向けるが、気付いていないのか気付いていながら無視を決め込んでいるのか、まるで時間でも止まっているようだった。
だが続くその状況が時間を喰えば喰う程に、段々と根競べでもしているような気分になり始めたエバは、それを馬鹿らしく感じ溜息をひとつ零した。
そしてその後に、男へ声を掛けた。
「おい」
しかし男は姿勢は変えず声も返さずただポケットから出した片手を「待て」と向けただけ。声と同時に近づこうとしていたエバだったがその手に思わず足は止められた。
一、二、三と秒針が決められた速度で進む中、停止した世界を沈黙が闊歩する。
そしてそれは秒針が六歩目を踏み出した時。
「あぁー! くそっ!」
悔し気な声を荒げた男は同時にエバへ向けていた手を握りしめ空に叩きつけた。
そして壁から離れながらイヤホンを外し、フードを外した男は顔をエバへ。ボストンサングラスを掛け顎鬚を生やした男と刀を左手に持ったエバは初めて面と向かい顔を見合わせた。
「MaGに依頼? なら俺じゃなく中の美人に言ってくれ。生憎、俺は解決専門でね」
「待て。お前もMaGか?」
エバの言葉に男は数秒だけ間を空けてから口を開いた。
「――あぁー。さては四阿が言ってた新人だな。名前は確か……」
自分で自分を急かすように指をクルクルと回していた男は思い出すと指を鳴らした。
「エバだ。合ってるか?」
「あぁ」
「よし! 俺様はオリー・パープだ」
ガッツポーズの後そう自己紹介するとオリーは手を差し出した。少々テンションの高い彼に若干ながら圧されながらもエバは握手を交わす。
「で、何やってたんだ?」
「これか?」
エバの問いかけに対しオリーはポケットから出したイヤホンを見せた。
「そう」
「競馬だよ。昨日の聞き逃した分のな。まぁ残念ながら大外れだったがな。にしても今日はツいてねぇ」
溜息交じりにそう言いながらオリーはポケットから紙束(十数枚)を取り出した。
「今朝買ったスクラッチも全部外れ、ちょろっとやったスロットも当たり無しハーフワンも十一回全部負けだ」
「まだ朝だぞ?」
「それがどうした? ギャンブルするのに時間は関係ない。だってカジノの中はいつでも同じ明るさだ。くじとか競馬は違うがな」
名前を聞いてからまだ一分未満。エバは昨日の事を思い出した。
「なるほど。お前がテディか」
「オリー・パープだ。まぁ周りはそう呼ぶけどな。誰かが俺様の事でも話してたか?」
「あぁ。リサが言ってた。ギャンブル中毒だってな」
「中毒ってのは言い過ぎだが大好きってのはあってるな」
「嘘つけ」
「おいおい。おたくはまだ俺様の事は知らないだろって。仕事はちゃんとするさ」
「仕事中にもしてんだろ?」
「してない。――普段と比べれば」
初対面のはずだがエバの中でテディは呆れた男として記憶された。
「わーったよ。そうだ。確かに俺は止められない。だが仕事はちゃんとする。それは本当だ。じゃなきゃここにはいない。分かったか?」
「説得力はある」
「とりあえず新人がこんなに仕事熱心な奴だとは思わなかったよ」
「別にお前がサボろうがどーだっていい。俺だって極力面倒な事はしたくないしな」
「なんだ。馬が合いそうだな。よーし! 歓迎の証として朝飯奢ってやる。食ったか?」
「いや」
「よし、ついてこい」
緑マットの上で表向きになったスペードの絵柄と二という数字が描かれた一枚のカード。ゆっくり伸びてきた手はそのカードに触れると、ピタリと動きを止めた。少しの間その状態を保っていた手だったが何の前触れもなく微動しカードを僅かにずらした。そしてスペードの二の下から姿を見せたスペードのエース。
「おーっと。こりゃエースだ。とういことは、二、二、二、エース、エース。こういうのはフルハウスって言うんだっけか? まぁそっちのフラッシュよりは強そうだ」
そう言うとテディは煽るような笑みを浮かべ立ち上がるとチップを自分のところへ集めた。
「さーて、次はどの手で勝てるか楽しみだ」
すっかり得意げになっていたテディはテーブルに両腕を乗せ前のめりで次のホールカードを受け取った。そんなテディを横目に(刀は持っていない)エバは近くのバーカウンターで溜息をひとつ。
それからもゲームは続きテディはガッツポーズをしたり肩を落としたりとその都度しっかりとポーカーを楽しんでいた。




