3
その日はそのまま、本部の宿泊室に泊まるよう言われた。宿泊室、なんて言うが、高級ホテルさながらの一室だった。
そんな環境を与えられても、頭の中は例の命令のことでいっぱいだった。
ーーなにか、引っかかる。
そもそも、停戦協定の場に魔物なんてやってくるだろうか。各国の長官なんて、相当な実力者たちの集まりだ。負の感情を露呈するような馬鹿はいない。もちろんそれは、首脳陣にもいえることだった。
ただ、首脳陣が冷静であれば、戦争などが起きることはない、というのも、当初からの疑問だった。
第三大陸の第五大陸の、戦争。
正直、自分には無関係だと思っていた。
戦争が勃発した当初は、メディアがこぞって取り上げ、ニュースといえばその話題、悲痛な内容に、遠い国の出来事とはいえ、世の中が暗い雰囲気になったものだが、今は規制が入り、ニュースに組み入れられる時間が大幅に減った。
人々の悲しみや不安で、魔物が大量発生したのだ。
当時は朝も夜もなく働き詰めだったと、第一部隊の先輩は言っていた。
戦場では、負の感情が大量に発生すると思っていた。復讐心や悲しみ、死への恐怖、怒り、そんな思いが魔物を生み出すのだ。
お偉いさん方の協定の場ではなく。
自分は騙されているのか、戦争にかこつけて、自分を抹消するのが本来の目的なんじゃないか。
そこで、思考を止めた。
これまでだって、さんざん騙されてきた。
ずっと、信じられるのは自分だけだった。
傷つけられたから、傷つけたし、盗みも、騙しもした。
これまでもそうしてきた。
なんのために生きたらいいのかも、わからなくなっていた。
そんな自分をごまかしつつ、今日まできた。
そうやって生きている自分が今日死のうが、明日死のうが、そう大差ないな。
そうやって、無駄にやわらかいベットの上で思考していると、いつのまにか眠りについていた。
正確には、微力な電力を流されて、強制的に眠らされていたのだが、ルミエールはそれに気づくことはなかった。
ーーー
朝の支度は、何もかも準備されていた。
目覚ましから湯浴み、着替え、朝食、など。
こんな待遇を受けられるのは、どこぞの貴族か何かくらいだろう。
小ざっぱりと身なりを整えられ、真っ白な軍服に着替えたルミエールを見て、マニエーテも満足げにうなづいた。
ルミエールの心境としては、猫がやっている料理店を訪れて生クリームを塗りたくられた男のようだったが。
対戦協定を結ぶ場所までは、マニエーテの異動魔法で行くらしかった。今朝口にした朝食が込み上げてこないかと心配になった。
「合図をするから、昨日と同じようになさい。自分を自分の魔法で包むの。感情の制御さえできていれば、負担はないわよ。」
言われた通り、自分の周りに光を纏わせた。
その姿を確認したマニエーテが、にこりと微笑んだことは、知らない。
ーーー
「もういいわ。」
その声を聞いて魔力を消す。
昨日のように砂に吸い込まれる感覚はなかった。
自分の光に酔うこともなかった。
顔を上げると、金髪の王子様がいた。
「来たね。」
タダラならぬオーラは、マニエーテの出すものと似ていた。
他の誰も、追随できないと、感じさせるのだ。
「無理を言ってすまなかった。」
「ほんとよ。私はもう少しピヨちゃんの成長を待つつもりだったのに。」
「あの人に同じこと言うのか?」
「言えないからあなたに言ってるんじゃない。バカなの?」
「暴言はやめてくれ、彼が戸惑ってる。紹介してもらえるか?」
「ルミエール、この胡散臭いのがフォイア。第三の長官。」
「フォイア長官。第一大陸国軍第一部隊ルミエールと申します。」
「うん。噂には聞いてるよ。マニエーテにいじめられてない?」
「失礼な。私がいじめるのはあんたくらいよ。向こうでは強くて優しい女神様で通ってるから。」
「女神?カカア天下の間違いじゃないか。」
なんだこれ。
夫婦の痴話喧嘩でも聞かされてるのか。
魔力のコントロールで手にしたスルースキルで、ふたりのやりとりをぼんやりと眺める。
マニエーテがこうも気を許す姿から察するに、彼も同じ立場の人間だろうと思った。
「会議のことだけど。場所は第四大陸のハオ島。参加者は各首脳と長官…たぶん9人かな。クロック氏はいつも来ないから。」
「わからないわよ、あいつだって、あの人が大事でしょう。ピヨちゃんのことも、興味がないわけじゃないと思うわ。」
「まあ、居るにこしたことはない。最終的には合流しないといけないし。探す手間が省ける。」
不参加とか、あり得るんだ、と内心思った。
「あなたに頼みたいのは昨日言った通りね。魔力の調整は不要よ。自分の身くらい自分で守れないと長には相応しくないしね。」
そんな長が9人もいるなら、万が一の時の自分は不要では?とはいわなかった。
「首脳陣のことは無視して。あなたはただ、魔物を殲滅させることだけを考えなさい。」
まるで、魔物が現れることは決定事項のことのように言うのだ。
「はい。」
思うところは多々あるが、断ったところで自分の首が飛ぶだけだ。
何より、自分の中にどれだけの魔力があるのか、知りたかった。




