09
「……それ、いくらだ?」
「許嫁殿の全裸写真、一枚で」
「却下」
ジュンは真顔で返す。それはスミカとの結婚並に、無理な相談であった。
「わ、わかりました。でしたら、許嫁殿の女装写真、でどうでしょう?」
「女装――?」
「ええ、こちらで女子の制服を用意しますんで、許嫁殿にはそれを着て、被写体になっていただきたい!」
ミアはググ、と拳に力を込めて力説する。
目は真剣そのものだ。
「うーん……」
ジュンは悩んだ。
スミカの弱み。これを握れば以降、婚約だ結婚だと迫られなくなるかも知れない。
だがしかし、女装、である。別に全裸ではなく女装なので妥協できないこともないのだが、ジュンとしても男のプライドというものがある。
数瞬悩んだ末、ジュンは結論を出した。
「――わかった。いいよ。でもその代わり、俺が既に知っていることだったり、くだらないことだったら、女装はしないからな」
「商談成立、ですね」
ふたりはガチ、と手を握った。そしてミアはジュンの耳元に口を近づける。
「で、早速ですが、生徒会長の弱み――恥ずかしい秘密です。実はですね、生徒会長は常にノーパンなんですよ」
耳元から顔を離し、ジュンの顔を見つめるミア。ジュンはキョトン、とした顔をしている。
「俺、それ知ってるんだけど」
ジュンはポツリ、と呟く。
「……へ?」
予想外の返答だったのか、ミアはえらくマヌケな表情だった。
「アイツ、昔っから下着はつけないらしいんだ。健康のためだとかなんとか言って。というか、なんでそれが弱みになるんだよ?」
「えーっと、それはですね……。そんなことが、ほかの人にバレたら、普通恥ずかしくないですか?」
「そっかな。健康のためなら、仕方ないんじゃないか? どっちにしろ、俺が知ってることだったから、女装の話はナシ、だな」
ガックリと肩を落とすミアに、ジュンは素っ気なく返す。
ジュンとしても、スミカの弱みは知りたかったので残念ではあるが、女装しなくても良くなった、ということでそれはそれでペイされていたりもするのだ。
「じゃ、そういうことで。早く寮に帰れよ」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
帰れと言われて、ハイそうですか、とは引き下がれないとばかりに、ミアはババン、と待ったをかける。
「まだ、なにかあるの?」
「あ、ありますよ! 生徒会長のとびっきりのネタが!」
ミアはそう言いながら、うろたえた視線を宙に這わせた。
「なに?」
「えーっと、ですね。少し待ってください、今思い出しますから――」
ミアは、えーっとえーっと、と、頭を抱えながら思考を巡らせる。
そんな様子を、ジュンは冷ややかな目で見つめていた。
「まだなの?」
「いや、いやいやいや! ありましたよ、今思い出しました。生徒会長のとびっきりの秘密を!」
「じゃあ、早く言いなよ」
早く言いなよ。と、その割にジュンは別段期待しているような風でもない。
ゴクリ、と唾を飲み込み、ミアは口をひらく。
「――実は、生徒会長には生き別れの姉がいるのです」
たっぷりとした時間、お風呂場は沈黙に支配された。
額に汗を滲ませているミアと、すっかり湯冷めしてしまったジュン。
対照的なふたりは黙って見つめ合う。やがてジュンはひとつ、大きな溜息をついた。
「ほら、もう帰れよ。俺はもう一回、湯に浸かる」
ジュンはミアを無理矢理に回れ右させると、その背中をポン、と叩く。
「あ、あ――ッ! その顔は、信じてないですね! 本当なんですよ、このネタ! ちょっとド忘れしてただけなんですってば! これが学院内に広まったら、生徒会長は本当に大変なことに――って、聞いてないですね! ちょっと、女装写真の約束――」
一生懸命にまくし立てるも、ミアは強制的にお風呂場から退場させられる。
そして、長く居座り続けた闖入者をようやっと排除させたジュンは、冷めた身体を今一度、湯船に浸からせた。
「あー、いい湯だなぁ……」