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姫宮の血統  作者: yuzumiya
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07

 ◆


 脱衣所の籠に衣服を放り込む。そしてジュンはタオルを手に持ち、浴室の扉を開けた。

 浴室とはいっても壁は竹垣、天井は星空となっている、十二畳程度の露天風呂ではあるのだが。

 日はとうに落ちてしまっているので、浴場全体がスポットライトでライトアップされている。

「男なんか風呂にこだわらないんだから、こんなのつくらなくてもいいのになぁ……」

 ジュンは洗い場の椅子に腰を下ろしながら独り、文句を言う。

 しかし、普通の浴室も用意されているのに、雨の日と冬場の寒い日以外は大概こちらを使うのを見ると、あながち気に入っていないワケでも、なさそうではある。

 桶になみなみと注いだぬるめのお湯をザブン、とひとつ頭からかぶると、ジュンは湯船の前に移動した。

「――よし」

 かけ声をかける。

 そして湯気がもうもうと立ち上がる湯船に、ジュンは一気に身体を沈めた。

「――ッ」

 誰が管理しているのかは知らないが、お湯の温度は大体いつも熱めに設定されている。

 ジュンはそれに対し、片足ずつゆっくりと挑むようなことはせず、とにかく全力で行く。

 その方が気持ち良いし、なにより結果として、お湯を熱いと感じる時間が短くて済むからである。

「くー、いい湯だ。この風呂をつくってくれたことだけは、スミカに感謝だな」

 さっきとは、まったく逆のことを言いながら、ジュンは頭の上にタオルを乗せて、極楽気分を味わい始めた。

「許嫁殿、お湯加減はいかがですか?」

「うん、ちょっち熱いけどこれがまたいいんだ――って、うわぁ!」

 自分しかいないはずの浴場。

 それなのに背後から不意に声をかけられ、ジュンは慌ててそちらの方を振り向いた。

「はい、シャッターチャンス~」

 パシャ、という音とともにフラッシュが焚かれた。

 ジュンは思わず、眼をとじる。

 そしてゆっくりと眼をあけたときには、ジュンの正面。湯船の縁に、カメラを構えたクセ毛パーマの女生徒がしゃがみ込んでいるのが見てとれた。


「な、なにやってんだよ、大久保!」

 ジュンが抗議の声をあげると、大久保と呼ばれた制服姿の少女は、あどけないその顔に、にま、と不敵な笑みを浮かべる。

「決まってるじゃないですか、新聞のネタにするための写真撮影ですよ。許嫁殿は一部のマニアに人気があるんですからね」

 そうしれっと言いのけながら、クセ毛パーマの少女はもう一度パシャリ、とシャッターを切った。

 彼女、名前は大久保ミアといい、ジュンと同学年で新聞部の部長を務めている。

「マニアに人気って、あのなぁ……」

「おっと、こちとら遊びでやってるワケじゃないですからね。物事の真実を伝えるのがいわば、ジャーナリストの宿命。ですから、許嫁殿の半裸の写真や全裸の写真を撮るのも――」

 ジュンはミアの持っていたカメラを無言で奪い取ると、そのままズブズブ、とお風呂のお湯に沈めた。

「ああ――ッ! せっかくのスクープ写真が! ――なにするんですかッ!」

「いや、それはこっちの台詞だ。いつもいつもよく飽きないな。どこから侵入してくるのか知らないけど、とにかく風呂はやめろ」

 湯に二十秒浸したカメラをミアの手に返しながら、ジュンは諦めにも似た表情を浮かべる。

 浴場に侵入されるのはまだ三回程度だが、ジュンが彼女のレンズに狙われるのは日常茶飯事の出来事だった。

 ミアによって撮影されたジュンの写真は、新聞部の発行する『裏・姫宮ジャーナル』という海賊版の情報誌に掲載される。

 これは、正規の学内新聞とは別に発行され、取り扱われる内容も、生徒会の検閲を通せば却下されるであろうものばかり……ということらしい。

 ちなみに、発行部数も購読者も不明で、ジュンは一度も見たことがない。

「まあまあ、許嫁殿。需要があるから供給も生まれるってモンです。お背中でも流しましょうか?」

 ミアはダメになったカメラを竹垣の外へポイ、と投げ捨てる。

「いいよ別に。それより、寮へ戻らなくていいのか? もう、8時になるぞ」

 浴場の一角に掲げられた時計は7時54分を指し、寮の門限である8時が間近に迫っていることを示していた。

 ここから寮へ行くのには自転車を使っても五分程度かかるので、今から戻ったとしてもギリギリなのである。

「私がそんな門限に拘束される女に見えまして?」

 ミアはパチ、とジュンに向かってウィンクをした。

「お前なー。いくら譜代だからって、あんまりあからさまに校則破ってると、そのうち首が飛ぶぞ」

 首が飛ぶ、つまりは退学ということだ。

 ジュンはミアに向かってクイッ、と、首をかっきるジェスチャーをする。

「大丈夫ですよ、生徒会にバレないように上手くやりますから。というか、許嫁殿の風呂に忍び込んだってのがバレる方が、よっぽどヤバいです。本当の意味で首が飛ぶかも」

「じゃあ、さっさと帰れよ」

 ジュンがツッコミを入れると、ミアはヒョイ、と立ち上がった。

「それもそうですね。どうも、お邪魔しましたー。またそのうち来ますんで」

「もう来なくていい」

 ミアは竹垣の方へ助走をつけると、ピョン、と跳躍ひとつ。

 2メートルはあろうかという高さをいとも簡単に飛び越え、外へ出て行ってしまった。

「……ったく、迷惑なヤツだな」

 ジュンはミアの後ろ姿が見えなくなったのを確認するとタオルを手に持ち、湯船からあがった。

 やっと身体が洗えるのである。

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