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姫宮の血統  作者: yuzumiya
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06

 ◆


「ただいまー……っとまあ、誰もいないんだけどね」

 ジュンはカギを開けて、自宅の玄関へと上がった。

 ここは学院の敷地内にある、ジュン専用の一軒家だ。4LDKという、一人暮らしするには申し分のないスペックのものである。

 姫宮女学院は女学院なので、寮は女生徒専用のものしかない。

 そこに男ひとりを放り込むのも不味かろうということで、ジュンが入学するときにこの家が建てられたのだ。

 学院で専用の住まいを持っているのは、スミカとジュンのふたりだけである。

 当初は許嫁ということもあり、ジュンをスミカの暮らす生徒会長邸に一緒に住まわせよう、という案も持ち上がった。

 だがそれはジュンの頑なな反対により退けられ、現状に落ち着いたというワケである。

「俺も来年で高二かぁ。学院に入ってから、だいぶ経つけど、やっぱこの広さは落ち着かないよなぁ」

 ジュンはリビングの明かりを点けると、制服のジャケットとスラックスを脱ぎ捨てて、バサ、とソファの上に寝転んだ。

「夕飯を食うならそろそろ、か」

 75インチテレビの下に備え付けられているブルーレイプレイヤーの時刻表示を見て、ジュンは呟いた。

 どうせなら食堂で食べてくれば良かったと考えるものの、食堂とジュンの自宅は正反対の方向にあるので、帰り際に寄ってみるか、という気持ちにはなかなかなりにくい。

 だからこうして、家に辿り着いてから食事のことに思いを馳せる状況となってしまう。

「食事、面倒なんだよなぁ」

 憂鬱そうに寝返りを打ちながら、ジュンはもう一度呟く。

 彼の言う『面倒』というのは、つくるのが面倒、という意味ではない。

 そもそもジュンは自分で料理をつくったことがないので、そのことが面倒かどうかすら、知るよしもないのである。

 ジュンの言う『面倒』とは、デリバリーを頼むのが面倒、ということなのだ。

 学院の敷地内は部外者立ち入り禁止となっているため、外のお店にデリバリーを頼む、ということは不可能である。

 どうしても頼むというのであれば、頼んだ本人が校門まで取りに行かなければならない。

 しかしそんな手間をかけずとも、この学院には料理研究会の運営する『よるでり』という、便利なデリバリーシステムが備わっていた。

 平日であれば毎日夜8時まで、夕食のデリバリーを頼むことができるのだ。

 一食2,000円とリーズナブルな価格で、料理研究会の部員が寮の部屋まで食事を届けに来てくれる。

 もちろんジュンの場合は自宅まで、ということになる。

 このサービスは、賑やかな食堂ではあまり食事をしたくないという生徒から結構な評判を得ていた。

 だがそんな便利なシステムも、ジュンにとっては『面倒』以外の、なにものでもなかった。

 本来、デリバリー業務を担当するのは料理研究会でも下っ端の者だ。

 ここで言う下っ端とは下級生という意味ではなく、血統や家柄の面から見て身分の低い者を指す。

 しかし、ジュンが夕食を注文した場合にはそのような者たちではなく、料理研究会の会長が直々にデリバリーしてくれるのである。

 本来ならば、デリバリーする人間が別に誰であろうと特に問題はないのであるが、ジュンにとってはそれが大いに問題となってしまうのであった。

 なぜなら料理研究会会長というのは、生徒会長を兼任しているスミカのことであるからだ。

 つまり、ジュンが『よるでり』を頼むと、それを口実にスミカが自宅までやってくる。

 そして家の中にまで上がり込まれ、小一時間ほど疲れる話に付き合うことになってしまうのである。

 生徒会長には校則で決まっている門限などもあってないようなものなので、どうにか追い返すまで居座られることになってしまう。

 ジュンにとっては、それがとても『面倒』なことこの上ないのだ。


「うーん、やっぱり面倒だ。でも、夕方のことも話さなくちゃいけないし……」

 今更ながらジュンは、ミドリと軽はずみに約束してしまったことを、少し後悔していた。

 先ほどリーさんたちに指摘された件もあるのだが、そのことをジュン自身がスミカにお願いするしかない、というのも非常に悩ましい問題なのである。

 話をするだけならばそれほど難はない。

 一度だけ、一緒にご飯を食べればいいのである。

 今までも、家でどうしようもなくお腹が空いたとき、ジュンはそうやって切り抜けてきた。

 ハラペコになったらスミカの元に戻ってくる。

 それはまるで、ペットと飼い主のような関係であり、ジュンとしてはあまり面白くないのだが、背に腹はなんとやらなので仕方がないと割り切ることにしていた。

 しかし今回はいつもと違い、頼み事をするのである。

 ジュン自身に関係がないとはいえ、向こうからしてみればジュン自身の頼み事であろう。

 なにかしらの見返りを要求されるのは必然なのだ。

 それがもし「今すぐ結婚してくれ」などだったりした場合、それを了承できるだろうか。

 ジュンはそこまで考えてみたが、出てきた答えは明確だった。

「いや、絶対無理だな。とにかく、今日は夕飯いらないや。おやつもいっぱい食べたし。ミドリの言ってたことは明日考えよう」

 ジュンはソファからサッと起きあがると、リビングを出て、お風呂場へと向かった。

 夕飯を食べないのならば、お腹が空く前にお風呂に入ってとっとと寝てしまうのが一番なのである。

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