05
「いい人なんだけど、ちょっと感情表現がオーバーッスね」
「全くッス」
ドアを閉め、手をパシパシとはたきながら、リーさんたちがジュンの元へ戻ってくる。
「うー。ミドリちゃん筋力あるから、ああやって抱きつかれると背骨がミシミシいっちゃうんだよな。リーさん、助けてくれてありがとう。彼女は帰った?」
「よろしく、と言っていたッス」
戻ってきたリーさんたちは、テーブルの上のコップや、おやつの空き包装を手際よく片づけ始めた。
「部長、口直しはロンジンでいいッスか?」
「うん、よろしく」
リーさん(姉)はジュンの返事を確認すると、放送室の奥に備え付けられているキッチンで、お湯を沸かし始めた。
その間に(妹)が戸棚からロンジン茶の茶葉の袋と湯飲み三つを取り出す。
「でも、部長。あんな約束してしまて良かったッスか?」
リーさん(妹)が、茶葉を急須に入れながらジュンに尋ねる。
「あんな、って?」
「生徒会長に掛け合う、ってことッスよ」
やかんに火をかけ戻ってきたリーさん(姉)が、ジュンの横に座る。
「だってほら、恋愛はともかくとしても、こうやって自由におやつを食べられないのって、かわいそうじゃん。差別とか、ない方がいいと思うよ。それに、学院内でスミカになにか意見言えるとしたら、俺しかいないだろ」
「でも、差別――というか、譜代と外様の区別がなくなったら、私たちの自由な恋愛や豊富なおやつもなくなってしまうかもッスよ?」
「え、なんで?」
思いがけないリーさん(妹)の言葉に、ジュンは思わず聞き返す。
「だってそうッス。もし全校生徒に、こんなおやつパーティだとか男の連れ込みを認めてしまったら、学院秩序は確実に崩壊するッス」
「だから差別をなくすとしたら、今の私たちの部活動水準も、大きく押し下げられることになると思うッスよ」
「えーっと……あ、そうなんだ」
ジュンとしてはただ単に、ミドリの話す外様部活の現状が不憫に思えたので、格差が大き過ぎるのは良くない。
どうにかして、自分たちと同じくらいの自由を手に入れさせてあげられないだろうか、そう考えていただけなのである。
それが、今の自分たちの部活動にも影響を及ぼす可能性があるとは想像だにしていなかった。
「でもまあ、今はやっぱり酷いからさ、その差を小さくするだけでも意味はあると思うんだ」
ジュンはちょっと逡巡してから、そう答えた。
完全な公平を求めるのではなく、現状からの多少の是正なら、そう大事にもならないハズであろう。
「それなら大丈夫と思うッスけどね」
やかんがピー、と鳴って、お湯が沸いたことを知らせる。
リーさん(姉)はキッチンへ戻り、そのやかんを持ってくると、(妹)の用意した急須へカポカポ、とお湯を注ぎ始めた。
「でもいくら部長の進言でも、生徒会長がそれを聞いてくれるかどうかはわからないッスよ」
唐物の急須をいっぱいにして、やかんのお湯はちょうど、カラとなった。
リーさん(妹)は、湯飲みそれぞれに濃さが均一になるよう、少しづつお茶を淹れていく。
「いい香りだ。美味しそうだね」
ジュンは目をとじて、淹れたての中国茶の香りに鼻を近づけて深呼吸する。
リーさん姉妹の実家から送られて来るというロンジン茶。
日本では売っていないものらしい。
その豊かな香りが、ジュンの鼻孔をくすぐる。
そうやってジュンが遠く中国の大地に思いを馳せていると、校舎のチャイムがキンコーン、と、大きな音をたてて鳴り出した。
「おっと、もうこんな時間か」
ジュンは目をあけ、壁に掛けられた時計を見上げる。その針は6時45分を示していた。
一部のクラブ活動を除き、生徒たちは7時までに校舎から退出しなければいけない決まりとなっている。
「それじゃ、これ飲んだら今日はお開きにしよっか」
「「りょーかいッス!」」
ジュンの言葉に、双子は元気よく返事をした。