04
「あ、本当だ。これは酷いね」
資料の中から、運動部の項目を見つけ出し、ジュンはミドリに対して同情の視線を向ける。
陸上部の来年度予算はゼロ円。早い話が、なし、ということである。
「例年通りっていやぁそれまでだけどさ、自由に活動できないってのがムカツクぜ。予算がゼロだから、こうやって部室で菓子を食うこともままならない」
ミドリの家とて姫宮とは比較にならないが、そこそこの名門だ。
お菓子を買うくらい、造作もない。
だが、クラブの活動は予算の範囲内でしか認められないのである。
各自がおやつを持ち寄ってささやかなパーティを開くことすらも、御法度なのだ。
万が一生徒会にバレてしまえば即退学、となる。
「いいじゃん、どうせここに来ていつもおやつ食べてってるんだから」
カプリチョに飽きたのか、ジュンはミドリが食べているのと同じビスケットに手を伸ばす。
「あー、私は別にいいんだけどさ。こんな素敵な友人を持ってるから。でも、ウチの部員を始め、ほかの運動部の連中の間には結構不満がくすぶってるぜ? この前もほら、バスケ部のなんだっけ。名前忘れたけど、とにかくアイツさ、退学になったじゃんか」
「飯島さんッスか?」
名前を思い出そうと頭をひねっていたミドリに対し、リーさん(姉)がチョコレートをかじりながらフォローを入れる。
「そうそう、飯島だ。外で男と密会したってだけなのに、風紀を乱したとかで退学だぜ? 絶対ありえねぇって。この学院には恋愛の自由すらないのか、と!」
ミドリは腰を浮かせ、テーブルをバン、と叩く。
その振動で、コップの中のオレンジジュースが少しこぼれた。
「男と密会なぁ。それは基本的に校則違反だろ、運動部だからってのは関係ないんじゃないか?」
リーさん(妹)がこぼれたジュースを布巾で拭いている様子を横目で追いながら、ジュンはミドリをなだめるように言う。
確かに校則には、異性との交際禁止の旨が記されているのだ。
「関係大あり、だぜ?」
そんなジュンの反応が不満だったのか、ミドリはぐぐーっと逆三角の目を、ジュンの顔に近づけた。
「ジュンは寮じゃないから知らないかもしれないけどな。文化系のヤツら、密会どころじゃねぇぞ。部屋に男を連れ込んだりとか日常茶飯事だ。それでも風紀委員は見て見ぬ振り、お咎めナシ!」
「は、はぁ。そうなんだ……」
ミドリの迫力に押されて、ジュンは椅子に座ったまま大きく身を引く。
「お前だって他人事じゃねぇだろ。生徒会長と婚約者だ許嫁だって。それが風紀を乱さずして、なにが風紀を乱しているのか、と私は問いた――――い!」
ミドリのバックにババーン、と、岸壁に当たり砕け散る日本海の荒波が現れた。
「そっか、そんなに酷いんだ……」
一応知ってはいたものの、ジュンは改めて、学院内の文化系と運動系、譜代と外様の間にある、大きな差別を思い知らされた。
そのなかに、自分とスミカのことも含まれていると考えると、思いはちょっと複雑である。
「部長、どうしたッスか?」
「ミドリさんのバカデカい声で鼓膜破れちゃたッスか?」
「リー、なぜそうなる!」
うーん、と考え込んでしまった部長を見て、副部長のリーさんたちが心配そうに声を掛けた。
「あ、うん。大丈夫だよ。ありがとう。鼓膜も大丈夫」
ジュンはひと呼吸置いて、顔をあげる。
ミドリも興奮が収まったのか、浮かせていた腰を椅子に下ろした。
「ミドリちゃんの言うことも、もっともかも。恋愛とかそのことだけじゃないけどさ、やっぱ、現状の外様差別って、ちょっと酷いよな」
「その通り! 酷い!」
ミドリは、ヤー、と右手を挙げ、ジュンの言葉に呼応してみせる。
「じゃあさ、明日、スミカに掛け合ってみるよ。俺も今まで安穏と暮らしてたけど、今の状況はやっぱどうかと思うし。アイツだって、周りから怨まれるのも本意じゃないだろう」
「おお、ジュン! さすがだぜ! 私は良い友を持ったなぁ!」
ミドリはジュンにガシ、と抱きついた。
「ちょっと馬鹿、やめろってば!」
「ミドリさん、離れるッスよ!」
「そうッス! 抱きついているのが生徒会長に見つかったら打ち首じゃ済まないッス!」
ミドリは、リーさんたちに引っぺがされ放送室の外に放られると、「じゃ、よろしくな!」と言い残してどこかに行ってしまった。