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姫宮の血統  作者: yuzumiya
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03

 ◆


「ただいまー」

 放課後の放送室。ガチャ、という音を立てて、入り口のドアが開かれる。

「「あ、おかえりなさいッス!」」

 ドアの向こうから現れたのは放送部部長――紺野ジュンの姿だった。

 それを女生徒ふたりがハモった声で出迎える。少し幼い彼女たちの見た目はまったくの瓜二つ。

 放送部副部長を務める、双子のリーさん姉妹だ。ふたりとも中等部三年である。

「リーさんたち、留守番ありがとう。ちょっとスミカに捕まっちゃってさ……」

 テーブルには、食べ散らかされたおやつの山が乗っかっている。

 ジュンはその上に予算委員会で使った資料を無造作に放り置くと、空いてある椅子に腰を下ろした。

「気にしない気にしない! 部長が予算取って来てくれなきゃ、こうやってお菓子を買うこともままならないッスね」

「そうッスよ」

 全く同じ顔を上下にコクコクと振りながら、ふたりはコップにペットボトルのオレンジジュースを注いでジュンに差し出す。

「ありがとう、リーさん。えーっと今日のおやつは、なにがあるのかな?」

「今日は、部長の好きなカプリチョエビセンを大量に仕入れてきたッスよ」

「塩味とワサビ味、両方ともあるッスね」

 コップのオレンジジュースに口をつけながら、ジュンは姉妹に勧められたカプリチョエビセンワサビ味の封を切る。

「それで、予算はどうだったッスか?」

「満額出たッス?」

「うん、満額出たよ。ウチは、ね」

 ジュンが予算会議の成果を報告すると、リーさん姉妹はヤッタネ! といった具合にふたりでパチン、と手を合わせる。

「さっすが部長ッス! 四月からもおやつ食べ放題!」

「部長が生徒会長の許嫁でいてくれて放送部は大助かり!」

 歓声を上げるふたりとは裏腹に、部長のジュンは少し浮かない顔をしていた。

 許嫁だから、という理由で優遇されている事実と、周りにそう思われてしまうこと、どちらも彼にとっては面白くないことなのである。

「許嫁、なぁ……」

 ジュンは小さく溜息をつくが、リーさんたちはそれを見逃しはしなかった。

「部長。なに、不服そうに溜息ついてるッス? 姫宮女学院生徒会長の許嫁なんて、なりたくてもなれるものじゃないッスよ」

「そうは言ってもなぁ、俺は別にスミカのこと、好きってワケじゃないし――」

 だが、かといって、言うほどに嫌いなワケでもない。

 むしろ、許嫁になることを知らされる前までは、ジュンもまた、スミカに少なからぬ好意を抱いていた。

 しかし、自分のいないところで進められた許嫁の話が、ジュンとしては非常に面白くなかったのである。

 そしてこの年齢で許嫁を決めてしまうことに対して、漠然とした不安を感じてもいた……。

 そういった『許嫁』という名の有形無形の呪縛によって、ジュンのスミカに対する好意も一瞬にして冷めてしまった……ということなのである。

「私は、生徒会長は美人さんだと思うッスけどね。まったく部長はえり好みが激しすぎて贅沢ッス」


「ああ、リーの言う通りだ。そいつは贅沢ってモンだぜ」

 リーさんの言葉を引き継ぐ形で、放送室の入り口の方から声が聞こえてくる。

 ジュン、それにリーさんたちがそちらの方へ視線を向けると、ドアの前にはひとりの女生徒が立っていた。

 陸上部副部長の平沢ミドリである。

「ドア、開けっ放しだったからな。カプリチョのワサビの匂いにつられて、ここまで来ちまったぞ?」

「あ、いけね。俺、閉めるの忘れてたか。せっかくだから、ミドリちゃんも食べてく? カプリチョエビセン」

「チョコとか、ほかにもいろいろあるッスよー」

「んじゃ、お言葉に甘えさせてもらいましょうか、っと」

 ミドリは、開け放たれていたドアをパタム、と勢いよく閉じると、放送部メンバーがお菓子を囲んでいるテーブルまでやってきた。

 今まで練習でもしていたのか、彼女は制服姿の三人とは違い、Tシャツにスパッツという格好だ。

 ジュンよりも短いサッパリとしたショートヘア。

 よく引き締まった二の腕や太ももが、彼女にスポーティな雰囲気を漂わせている。

 ミドリはジュンと同学年で、特に親しくしている友人のひとりでもあるのだ。

 そのため、時々こうやって放送室に遊びに来たりもすることも多い。

「相変わらず放送部さまは軍資金が潤沢なようで、こんな豪勢なおやつも用意できるとは。さて、どれをいただこうかな――」

 ミドリは卓上のおやつの山に目を這わせ、えり好みを始めた。

 その間に、リーさんたちは追加のコップを用意し、お客さんのためにオレンジジュースをなみなみと注ぐ。

「お、悪いね」

 ミドリはテーブルの中央にあったクリームビスケットをつまみ、口に放り込みながら、オレンジジュースを受け取る。

「ミドリちゃんのところの部長、誰だっけ。えーっと――」

「ルカ先輩」

「ああ、そうそう。ルカ先輩。先輩から来年度の予算についての報告は聞いた?」

 ジュンは予算委員会の資料をパラパラとめくり、陸上部の予算が載っているページを探す。

「聞いてないけど、そんなの聞かなくたってわかってるさ。なんせ、ウチはジュンのとこと違って外様だからねぇ」

 二枚目のクリームビスケットをはむ、と噛みながら、ミドリは言う。

 外様――かつて江戸時代に、徳川幕府が各地の大名に対して行ったランク付けに由来する呼称だ。

 幕府に近く、優遇されていた大名は譜代と呼ばれ、そしてそれ以外、優遇されなかった大名は外様と呼ばれていたのである。

 本来、学院の部活動などに外様も譜代もないのではあるが、実際問題として、生徒会によるあからさまな扱いの差が存在することから、学院内では時折、このような呼称がなされていだ。

 姫宮の一族の者や、またはそうでなくとも、従来より姫宮に縁の深い家柄の者が部長を務めているクラブは譜代と称され、これは文化系のものに多い。

 逆に、姫宮とは縁の薄い家柄の者、あるいは必ずしも良い家柄だといえない者たちが部長を務めているクラブは外様と称され、運動系のクラブがその多くを占めていた。

 この譜代と外様とでは、予算や発言力、そのクラブ自体に対する扱いなど、全ての面において差異が設けられているのだ。

 ミドリの陸上部は伝統的な外様であり、そしてジュンの放送部も歴史的には運動部に近い外様なのではあるが、部長がスミカの許嫁ということもあって、今では譜代の位置づけになっていたりする。

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